農業環境技術研究所プレスリリース

プレスリリース
NIAES
平成23年11月25日
独立行政法人 農業環境技術研究所

生分解性プラスチックを分解する酵素の大量生産に成功
−農業現場に設置したマルチフィルムを短時間で分解−

ポイント

・ 生分解性プラスチックを速やかに分解する酵素を作物の葉に生息する微生物から大量生産することに成功しました。

・ 酵素液を直接散布することで、農地に置かれた生分解性プラスチック製のマルチフィルムが1日で崩壊します。

・ この方法によって、使用済みの生分解性プラスチック製の農業資材を速やかに分解する技術の実用化が期待できます。

概要

独立行政法人農業環境技術研究所 (農環研)[理事長 宮下C貴] では、これまでに作物の葉の表面から、生分解性プラスチック (生プラ) を効率よく分解するイネ由来の酵母とオオムギ由来のカビを分離しました。今回、これらの微生物から高濃度の分解酵素液を連続生産する技術を開発しました。

この酵素液を農地に張った生プラ製のマルチフィルムの表面に、散布すると、急速に劣化し、半日程度で、穴が数カ所も開くほどに分解しました。また、市販の吸水性ポリマーと併用すると、マルチフィルムに2時間程度で穴が開き、翌日には表面全体に亀裂が生じるほど分解が早まります。

この成果を利用し、使用済みの生プラ製品を短時間で分解する技術の実用化が期待できます。

なお、この成果は11月30日〜12月2日に幕張メッセで開催されるアグリビジネス創出フェア2011に出展されます。

予算: 環境省公害防止等試験研究費 「バイオマスプラスチックのオンサイト分解制御技術の開発と環境リスク評価」 (2010-2011)、 農業環境技術研究所運営費交付金研究 (2006-2011)

特許: 生分解性プラスチック分解菌およびその分解酵素製造方法. 特開2008-237212、 新規微生物及び生分解性プラスチック分解酵素.特開2010-099066

問い合わせ先など

研究推進責任者:

(独)農業環境技術研究所 茨城県つくば市観音台3-1-3

理事長    宮下  C貴

研究担当者:

(独)農業環境技術研究所 生物生態機能研究領域

主任研究員 農学博士   北本 宏子

主任研究員 農学博士   小板橋基夫

農環研特別研究員(現在JSPS特別研究員) 渡部 貴志

TEL 029-838-8355

広報担当者:

(独)農業環境技術研究所 広報情報室 広報グループリーダー

小野寺達也

TEL 029-838-8191

FAX 029-838-8299

電子メール kouhou@niaes.affrc.go.jp

開発の社会的背景と研究の経緯

近年、使用期間の短いプラスチック製品や農業、土木、医療など使用後に回収が困難な用途の製品では、回収する労力とゴミの量 1) を減らす目的で、生プラが使われ始めました。

農業資材では、生プラ素材のマルチフィルム 2)、クリップ、ポット、ひも、ネット、除草シートなどが、すでに市販されています。しかし、普及が進むにつれ、「生プラ」 の組成や、加工後の形状、環境条件などにより、期待した速度で分解が進まない事例も報告されはじめました。農環研では、微生物の酵素を利用して分解を早める研究に取り組み、これまでに、植物の表面で生活する常在菌の中に分解菌が多数いることを見いだし、イネやオオムギから強力な分解菌を選抜しました。今回、これらの微生物から酵素を大量生産し、使用済みの生プラを農業現場で速やかに分解する方法を開発しました。

研究の内容・意義

1. 分解菌の培地にキシロースを加えると分解酵素を大量に分泌することを見つけました。キシロースは、セルロース系バイオマスの分解物に含まれており、低価格で容易に手に入れられることから、酵素を安価に生産できます。

2. 三角フラスコレベルの培養から、ジャー培養装置にスケールアップして、 従来の100倍濃度が高い酵素液が生産できるようになりました(図1A)。

3. 毎日、一定量の酵素液を回収し、新たな培地を加える連続培養で、三角フラスコ培養の4万倍の生産効率 (濃度 × 生産量 ÷ 培養時間) で、酵素を生産できるようになりました(図1B)。

4. 遺伝子組み換え技術を用いないため、単純な施設で安価な生プラ分解酵酵素製造への道が開かれました。容量5Lのジャー培養装置を用いると、毎日2Lの酵素液を生産できます。

5. シャーレの中に入れた様々な生分解性フィルムの表面が湿る程度に酵素液を散布し、分解力を調べました。PBSA (ポリブチレンサクシネートアジペート) フィルム 3) に従来の酵素液を散布すると、室温2週間で22%分解しました。一方、今回生産した濃い酵素液では、2日間で同じ程度の分解ができるようになり、処理後5日目には、市販の生プラ製マルチフィルムでも33%も分解しました。ビニールハウス内の畝に張った3種類のマルチフィルム (PBSA 製、PBS (ポリブチレンサクシネート) 製、および市販の生プラ製) の表面に、酵素液を400ml/m散布したところ、マルチフィルムは速やかに劣化し半日以内に穴が開き始め、その後ひび割れて崩壊しました。

6. カルボキシメチルセルロース粉末(CMC)などの市販の吸水性ポリマーを散布すると、初期の分解速度が急速に早まり、1日後には市販の生プラマルチ全面に亀裂が生じ、崩壊が進みました(図2)。

今後の予定・期待

今後、様々な環境条件の現場で、生プラ製農業資材を速やかに分解させる技術の開発に取り組みます。本技術はプラスチック資材の処理労力を軽減するため、高年齢化が進む農家の労力削減に役立つとともに規模拡大にも対応できます。また、ゴミを出さずに、安全な作物を安定して生産するために役立つと期待しています。

用語解説

1) プラスチック製品は私たちの生活に欠かせない便利な素材ですが、使用後ゴミになると、かさばり、分解が遅いという問題があります。使用済みプラスチックの排出量は、国内の総計で912万tもあり、このうち農林・水産業からは、年間17万tのプラスチックゴミが排出されます (2009年 社団法人プラスチック処理促進協会)。

2) マルチフィルムは、農作物を栽培するときに、雑草を防ぎ地温の維持や保水の役割をして、農薬や除草剤の使用量を減らしながら、品質が良い作物を安定して生産するために欠かせません。一般的にはポリエチレン製マルチフィルム (ポリマルチ) が用いられており、国内の消費量は年間4万〜4万5千tと言われています。ポリマルチは使用後に農地から回収し、付着している土を取り除き、産業廃棄物として処理する必要があります。生プラ製マルチの普及率は現在数%ですが、使用後に回収・処分費がかからないため、栽培に要するトータルコストはポリマルチとほぼ同等であり(坂井 施設と園芸(2010))、農家には好評です。さらに、最近は生物素材由来の生プラ農業資材が市販される計画もあり、今後、生プラ製マルチの市場は拡大が見込まれています。

3) この研究で用いた PBS と PBSA は昭和電工株式会社から提供されました。

上(培養方法):「フラスコ培養」 → (A)「ジャー培養」(酵素濃度100倍) → (B)「連続培養」(毎日生産)、 下(1日当り酵素生産量の比):「フラスコ培養」(1) → (A)「ジャー培養」(1万) → (B)「連続培養」(4万) (図)

図1 生分解性プラスチック分解酵素の大量生産

酵素液を散布されたマルチフィルム(左写真)はヨレヨレになり1日で穴だらけになるが、水をまいただけのマルチフィルム(右写真)はツルツルのままで変化がみられない (写真)

図2 畑に設置した市販の生プラ製マルチフィルムが酵素液の処理で分解する様子
(酵素液と吸水性ポリマー(CMC)同時処理から1日後)

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