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お知らせ
NIAES
平成24年7月26日
独立行政法人 農業環境技術研究所

農地、森林での放射性セシウムの挙動に関する農環研のレビューに高い関心
―農作物汚染の低減と農地除染のための基礎的知見を整理・提供―

ポイント

・ 独立行政法人農業環境技術研究所は、放射性セシウムの土壌中での動きと、それに影響する環境要因に関連する学術文献をとりまとめた総説(レビュー)をウェブサイトで公表しました。

・ このレビューの内容は、放射性セシウムによる農作物の汚染を防ぎ、汚染された農地土壌を浄化する技術を開発するための基礎となります。

・ これまで報告されている大気核実験やチェルノブイリ事故由来の放射性セシウムに関する知見等をとりまとめて解説するとともに、放射性セシウムの挙動に影響を及ぼす粘土鉱物組成やカリウムイオンの挙動についても解説しています。

・ この総説は、広い範囲の方から高い関心を受け、本年4月ウェブサイト公開後のダウンロードは約 6,000 回に達しています。これは、本研究所が公開している他の学術論文の10倍以上に当たります。

概要

1. 独立行政法人農業環境技術研究所(農環研)は、2011年3月の東京電力福島第一原子力発電所の事故後、農産物中の放射性物質の緊急調査、農地の広域的な汚染状況を把握するためのモニタリング調査と農地土壌の放射性セシウム濃度マップの作成、放射性セシウムで汚染された土壌の除染技術開発のための研究などを実施してきました。

2. 研究所内の、土壌環境、物質循環、農業生態系など各部門の中堅・若手研究者が協力して、土壌中の放射性セシウムの動態と環境要因、農地から放射性物質を除去する手法等に関連する既往の学術文献をとりまとめ、総説「土壌−植物系における放射性セシウムの挙動とその変動要因」(55ページ、引用文献数221)として、農業環境技術研究所報告第31号(2012年3月)に収録・公開しました。

3. このレビューでは、これまで報告されている大気圏内核実験に由来するグローバルフォールアウト(地球規模の放射性降下物)、チェルノブイリ事故由来の放射性セシウムあるいはモデル的な放射性セシウム添加実験による知見をとりまとめて解説するとともに、放射性セシウムの挙動に影響を及ぼす因子として重要な粘土鉱物組成や農地を取り巻く生態系におけるカリウムイオンやアンモニウムイオンの挙動についても解説しています。

4. このレビューの冊子(約600部)を関係機関や大学などに配布したほか、総説のPDFァイルを農環研ウェブサイト ( http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/ ) で公開しており、誰でも自由にダウンロードできます。ダウンロードの回数は4月の公開から最初の1か月で 3,000 を超え、その後も月 1,000 回以上のダウンロードが続いています。これは、農環研のウェブサイトに同時に公開した他の学術論文の10倍以上であり、広い範囲の利用者から注目を受けていることがうかがわれます。

予算: (独)農業環境技術研究所運営費交付金 (2011)

問い合わせ先など

発行責任者:

(独)農業環境技術研究所 茨城県つくば市観音台3-1-3

理事長   宮下  C貴

執筆担当者:

(独)農業環境技術研究所

土壌環境研究領域      主任研究員  山口  紀子
農業環境インベントリーセンター 研究員  高田  裕介
物質循環研究領域      主任研究員  林  健太郎
土壌環境研究領域      主任研究員  石川    覚
土壌環境研究領域  農環研特別研究員  倉俣  正人
物質循環研究領域      主任研究員  江口  定夫
物質循環研究領域      上席研究員  吉川  省子
物質循環研究領域      契約研究員  坂口    敦
物質循環研究領域  農環研特別研究員  朝田    景
物質循環研究領域     任期付研究員  和穎  朗太
土壌環境研究領域      主任研究員  牧野  知之
土壌環境研究領域     任期付研究員  赤羽  幾子
生物多様性研究領域     上席研究員  平舘俊太郎
TEL 029-838-8246(平舘)

広報担当者:

(独)農業環境技術研究所 広報情報室

広報グループリーダー         小野寺達也

TEL 029-838-8191 FAX 029-838-8299

電子メール kouhou@niaes.affrc.go.jp

社会的背景

東京電力福島第一原子力発電所の事故によって放出された放射性物質は、広く環境中に拡散し、日本の農業にも大きな打撃を与えており、半減期の長い放射性セシウムによる影響が、今後も長期にわたって懸念されます。

放射性セシウムによる農作物汚染を確実に低減する技術、あるいは農地土壌を効果的に除染する技術の開発には、対象地域での植物の生育特性や生育環境、土壌環境を把握することが必要です。さらに、中長期的な動態を予測するためには、より基礎的な現象の理解が必要となります。

原発事故の発生後、多くの総説や解説が発表されていますが、これまでの経過報告や現状把握、あるいは過去の事例報告の紹介などがほとんどで、放射性セシウムの挙動に影響する環境要因などの情報は十分ではありませんでした。

レビューの各章の紹介

I はじめに

環境中には過去の大気圏内核実験に由来する放射性セシウムが原発事故の前から存在していました。また放射性カリウムなど天然の放射性物質も存在します。本章では環境中の放射性物質の分布と基本的な特性について解説しています。また、移行係数など、農作物による放射性セシウムの吸収や土壌中での動きを理解するうえで必要な考え方を解説しています。

II 土壌中のセシウムの挙動と福島の土壌汚染状況

土壌がセシウムを吸着する仕組み、吸着の程度を左右する土壌鉱物の特性とわが国における分布、および福島県の土壌特性を、汚染の状況とあわせて紹介しています。放射性セシウムが土壌にどの程度強く吸着されるかは土壌中に含まれる粘土鉱物の種類など土壌の特性によって大きく異なります。

III 土壌固相−液相間におけるセシウムの分配に関わる要因

農地土壌によるセシウムの吸着反応に対しては、アンモニウムイオンとカリウムイオンの影響が大きいことが知られています。そこで本章では、土壌中におけるアンモニウムイオンとカリウムイオンの一般的な動態を解説するとともに、土壌中の固相-液相間のセシウムの分配に対するアンモニウムイオンとカリウムイオンの影響について解説しています。

IV 植物のセシウム吸収メカニズム、植物種・品種間差

植物が根からセシウムを吸収し、葉などに移動させる経路、植物種・品種によるセシウム吸収量の違いについて説明します。イネの体内でのセシウムの分布やイネによる放射性セシウム吸収の特徴についても解説しています。

V 土壌‐地下水‐流域における放射性セシウムの輸送過程

森林と農地を含む流域内で、放射性セシウムがどのように移動するかを紹介しています。環境中の放射性セシウムは、水に溶けて移動するだけでなく、微細な土壌粒子に吸着されて水中に浮遊したり風で飛ばされたりします。そのため、農地からの表面排水や暗きょ排水を通じた流出、あるいは風による飛散にも注意する必要があります。

VI 森林生態系における放射性セシウムの動態

農地に比べ森林では放射性セシウムは長期間滞留しやすいと言われています。この理由は森林生態系内部において養分循環が活発に行われているため、植物栄養元素であるカリウムに似た特性を持つセシウム(放射性セシウムを含む)の系外への流出が遅いことなどによると考えられます。この森林生態系内部での放射性セシウムの動態のメカニズムや長期滞留を制御する要因について解説しています。

VII 農地における放射性セシウムの除染対策

主にチェルノブイリ事故後の対策として行われてきた農地の除染手法についてとりまとめ、植物による浄化(ファイトレメディエーション)および化学洗浄の研究についても紹介しています。また、前章までの基礎的情報をもとに、わが国におけるこれらの手法の有効性について考察しています。

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