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プレスリリース
NIAESJAMSTEC
平成25年7月19日
独立行政法人 農業環境技術研究所
独立行政法人 海洋研究開発機構  

世界のコムギとコメの不作を収穫3か月前に予測する手法の開発
―季節予測による穀物の世界的豊凶予測―

ポイント

・ 独立行政法人農業環境技術研究所と独立行政法人海洋研究開発機構は、3か月先の短期気候予測 (季節予測) による穀物の世界的豊凶予測 1 の手法開発を行いました。

・ 気温と土壌水分量の季節予測データを用いることで、コムギとコメの豊凶を世界の栽培面積の約2割について、収穫3か月前に予測できることが示されました。

・ 穀物輸出国の不作 2 は国際市場価格に大きく影響するため、この予測技術の精度を向上させ世界の穀物生産の動向を監視するために利用することが期待されます。

・ この研究成果は、全球レベルでの定量的な豊凶予測が可能になったことが評価され、7月21日に Nature Climate Change 誌のオンライン版に掲載されます。

概要

1. コムギとコメについて、観測された生育後期3か月間の気象条件 (気温・土壌水分量) の前年差から、当該年の収量の前年に対する比を推定できる重回帰式を構築しました。これにより、従来はオーストラリアなど限られた地域で行われていた気象条件のみに基づく豊凶推定が、世界規模で可能となり、世界の栽培面積の30%(コムギ)、33%(コメ)で精度良く推定できました。

2. 海洋研究開発機構が収穫の3か月前に予測した生育後期の気温と土壌水分量を、1.で得られた重回帰式に入力したところ、栽培中のコムギとコメの豊凶 (前年よりも5%以上収量が低下するかどうか) を、世界の栽培面積の約2割 (コムギ 18%、コメ 19%) で、予測できました。

3. 本研究成果は、英国科学誌 「 Nature Climate Change 」 に受理され、2013年7月21日発行のオンライン版に発表されます。

予算:

・ 科学研究補助金 「研究活動スタート支援」(独立行政法人日本学術振興会)(2011-2012)

・ 環境研究総合推進費 「作物モデルの開発と水資源・土地利用との相互作用の分析」(環境省)(2012-現在)

問い合わせ先など

研究推進責任者:

独立行政法人 農業環境技術研究所 茨城県つくば市観音台 3-1-3

理事長  宮下 C貴

独立行政法人 海洋研究開発機構 神奈川県横須賀市夏島町 2-15

理事長  平   朝彦

研究担当者:

独立行政法人 農業環境技術研究所 大気環境研究領域

任期付研究員  飯泉 仁之直

TEL: 029-838-8236

E-mail: iizumit@affrc.go.jp

独立行政法人 海洋研究開発機構横浜研究所 アプリケーションラボ 兼 地球環境変動領域

主任研究員  佐久間 弘文

TEL: 045-778-5591

E-mail: sakuma@jamstec.go.jp

広報担当者:

独立行政法人 農業環境技術研究所 広報情報室

広報グループリーダー  小野寺 達也

TEL 029-838-8191
FAX 029-838-8299
E-mail kouhou@niaes.affrc.go.jp

独立行政法人 海洋研究開発機構 経営企画部 報道室

室長 菊地  一成

TEL 046-867-9198
FAX 046-867-9195
E-mail press@jamstec.go.jp

研究(開発)の社会的背景

近年、多くの国でコムギやコメなどの輸入量が増加しており、輸出国での不作や国際市場価格の上昇が、特に開発途上地域の低所得層の栄養状態を悪化させる一因となっています。このため、世界の穀物生産の動向を監視するシステムが国連食糧農業機関 (FAO - Food and Agriculture Organization of the United Nations) や米国国際開発庁 (USAID - United States Agency for International Development) などで運用されていますが、こうしたシステムに、短期気候変動による影響の予測を取り入れ、生産動向の監視を強化することが望まれています。世界の穀物生産の豊凶予測は、各国の備蓄量の調節や輸入先の選択などについての判断材料の一つとして利用でき、より効果的な飢餓対策への道が拓けると期待されます。

研究の経緯

これまでの季節予測による主要穀物の豊凶予測は特定の地域 (オーストラリアなど) が対象で、全世界を対象とする予測は例がありませんでした。そこで、農業環境技術研究所と海洋研究開発機構を中心とする研究チームは、豪・英・米の研究者と協力して、海洋研究開発機構によって開発された短期気候変動予測モデルを活用し、全世界を対象とする豊凶予測を行いました。

研究の内容・意義

コムギとコメについて、観測された生育後期3か月間の気象条件 (気温と土壌水分量の前年差) と、当該年の収量と前年の収量との比を重回帰分析したところ、世界の栽培面積の30% (コムギ) と33% (コメ) で、気象条件から収量の前年比を精度良く推定できることが分かりました (図1)。豊凶予測が可能な地域が、世界全体でどの程度あるのかを定量化できたことは本研究の大きな成果です。

また、収穫3か月前に短期気候変動予測モデルで予測した生育後期の気温と土壌水分量のデータを、得られた重回帰式に入力したところ、豊凶を予測し得る地域の約半分で、観測された不作 (当該年の収量が前年よりも5%以上低下する場合) を再現できました (図2)。また、前年に比べて豊作 (当該年の収量が前年よりも5%以上増加) になる場合についても、不作と同様に、再現できました。不作が再現できた地域は世界の栽培面積の18% (コムギ) と19% (コメ) に相当しました。例えば、コムギでは、図3 に示すように、米国やオーストラリアの一部で、またコメではタイやウルグアイなどの一部で (図4) 収量前年比を収穫3か月前に予測できました。

今後の予定・期待

気候変動に関する政府間パネル (IPCC - Intergovernmental Panel on Climate Change) の報告では、気候変化に伴い、干ばつや熱波などが将来、増加する可能性が高いとされており、長期的な気候変化による異常気象の増加も考慮しつつ、年々の異常気象による穀物輸出国の不作に輸入国が対応する必要性が高まっています。

気温と土壌水分量について季節予測の精度が向上すれば、さらに広範な地域で精度の高い豊凶予測が可能になると見込まれます。また、収量変動予測モデルを精緻化すれば、気象条件から収量の前年比を精度良く説明できる地域はさらに広がります。

こうした予測技術を、FAO などが運用している既存の食糧動向の監視システムに組み込むことができれば、世界の穀物の生産動向の監視を強化することが可能です。例えば、開発途上国では、予測情報に基づいて、国内の備蓄量を積み増す、あるいは食糧の緊急援助の申請時期を早めるといった、より効果的な対応を促し、干ばつなどに起因する飢餓や貧栄養の危険にさらされる人口を減らす上で有効と期待されます。

用語の解説

1. 豊凶予測: 作柄の良し悪し、特に単位面積当たりの生産量 (収量) の良否を収穫前に見積もること

2. 不作 (豊作): ここでは、前年に比べて、当該年の収量が5%以上、低下 (増加) すること

図1 観測された気象条件のみから豊凶を予測できた地域

コメとコムギについて、生育後期3か月間に観測された気象条件 (気温と土壌水分量) から、 当該年と前年の収量比を精度良く推定できた地域 (オレンジ色)。 推定できなかった地域(白色)。 栽培暦がないため解析できなかった地域(薄灰色)。 非栽培地域(濃灰色)。

図2 季節予測により豊凶を予測できた地域

収穫3か月前に海洋研究開発機構が予測した生育後期3か月の気温と土壌水分量を、得られた重回帰式に入力した結果、 観測された不作 (当該年の収量が前年よりも5%以上低下する場合) を再現できた地域 (オレンジ色)。 当該年と前年の収量比を観測された気象データから精度良く推定できた地域のうち、季節予測から観測された不作を再現できなかった地域(青色)。 観測された気象条件から豊凶を再現できなかった地域(白色、地理分布は図1と同じ)、 栽培暦がないため予測できなかった地域(薄灰色)および 非栽培地域(濃灰色)。

図3 収穫3か月前の季節予測によるコムギの主要輸出国での豊凶予測

米国とオーストラリアにおける実際のコムギの豊凶 (黒線) と収穫3か月前時点のデータを用いて生育後期3か月の気温と土壌水分量の予測値を計算し、豊凶の算出を行った数値 (赤線)。 国名の脇の数字は、当該国のコムギの全栽培面積に占める豊凶を予測できた栽培面積の割合。示した図は豊凶が予測できた地域のデータのみを集計して使用。なお、米国は2008年におけるコムギの輸出量が世界第1位、オーストラリアは第6位です (参考図)。

図4 収穫3か月前の季節予測によるコメの主要輸出国での豊凶予測

タイとウルグアイにおける実際のコメの豊凶 (黒線) と収穫3か月前時点のデータを用いて生育後期3か月の気温と土壌水分量の予測値を計算し、豊凶の算出を行った数値(赤線)。 国名の脇の数字は、当該国のコメの全栽培面積に占める豊凶を予測できた栽培面積の割合。 示した図は豊凶が予測できた地域のデータのみを集計して使用。 なお、タイは2008年におけるコメの輸出量が世界第2位、ウルグアイは第3位です (参考図)。

参考図 2008年におけるコメ(玄米)とコムギ輸出量の国別シェア

データは FAOSTAT。

新聞掲載: 化学工業日報、毎日新聞(夕刊)(7月22日)、日本農業新聞、日刊工業新聞(7月23日)

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