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プレスリリース
NIAES
平成28年3月28日
国立研究開発法人農業環境技術研究所

過去30年間に穀物収量が不安定化した地域と気候要因の寄与を明らかに

ポイント

・ 過去 30 年間の世界各地の穀物収量データを解析し、一部の地域・穀物で収量が不安定化 したことを明らかにしました。

・ 世界の収穫面積のうち、コムギ 22 %、コメ 16 %、トウモロコシ 13 %、ダイズ 9 %で収量が不安定化しました。

・ 日別気象データを合わせて解析した結果、収量の不安定化のうち気候要因の変化によるものが 28〜34 %であることが明らかになりました。また、この中の 2〜10 %が高温日数割合の増加によるものでした。

・ 収量が不安定化している地域では収量を安定化するために高温耐性品種の開発・導入、播種日の見直し、灌漑の導入が重要と考えられます。

概要

1. 国立研究開発法人農業環境技術研究所(以下、農環研)では、1981 年から 2010 年までの 30 年間の各地の気象データと穀物収量データから、世界の穀物収量の安定性の変化と気候の変化との関連を明らかにしました。

2. コムギでは収量が不安定化した面積の方が安定化した面積より大きく、不安定化した地域は世界の収穫面積の 22 %、安定化した地域は 21 %でした。

3. 他の主要穀物では、収量が安定化した地域より面積は小さいものの、過去 30 年間に世界の収穫面積のうちコメ 16 %、トウモロコシ 13 %、ダイズ 9 %で収量が不安定化しました。

4. 収量が不安定化した地域には、アルゼンチン (トウモロコシ・ダイズ)、オーストラリア (コムギ) など穀物の主要輸出国、中国東部、インドネシアなど、近年輸入量が増大している国が含まれています。

5. 不安定化をもたらした要因のうち、気候の変化によるものが 28〜34 %であることが分かりました。さらにこの中で 2〜10 %が高温日数割合の変化によるものであることが示唆されました。

6. 穀物輸入国の経済的損失や開発途上国の貧困層の栄養状態の悪化を回避するためには、高温耐性品種の開発・導入、播種日の見直し、灌漑の導入により収量の安定化を図ることが重要です。

7. 本研究成果は、英国科学誌 「Environmental Research Letters」 に受理され、2016 年 2 月 26 日発行のオンライン版に掲載されました。

予算: 環境省 環境研究総合推進費S-10(2012-現在)、S-14(2015-現在)、科学研究費助成事業(2014-現在)

問い合わせ先など

研究推進責任者:

国立研究開発法人 農業環境技術研究所 茨城県つくば市観音台 3-1-3

理事長   宮下 C貴

研究担当者:

国立研究開発法人 農業環境技術研究所 大気環境研究領域

主任研究員  飯泉 仁之直

広報担当者:

国立研究開発法人 農業環境技術研究所 広報情報室

広報グループリーダー   小野寺 達也

TEL 029-838-8191
FAX 029-838-8299
E-mail kouhou@niaes.affrc.go.jp

研究(開発)の社会的背景

技術発展に伴い穀物収量は年々増加する傾向にあります。一方、気候変動により熱波や干ばつ、洪水などが世界的に増加・甚大化すると予測されており、穀物の収量が良い年と悪い年の差が拡大することが懸念されています。収量の不安定化は穀物価格を変動させ、穀物輸入国の経済的損失や開発途上地域の貧困層の栄養状態の悪化をもたらします。将来の穀物生産の安定化に役立つ技術を開発するためには将来予測に加えて実態解明が重要であり、過去の気候変動が実際の収量の安定性にどのような影響を与えてきたかを評価する研究が求められています。

研究の経緯

長期的な平均気温の上昇に加えて、気候変動に伴う高温日数の増加や低温日数の減少といった変化や極端現象の増加がすでに観測されています。しかし、こうした変化が穀物収量の不安定性に及ぼす影響はこれまで明らかではありませんでした。そこで、農環研はカナダのブリティシュ・コロンビア大学の研究者と協力して、過去 30 年間における世界各地の穀物収量の安定性の変化を調べ、さらに気候要因との関連を明らかにしました。

研究の内容・意義

1. 一般に、農業分野では、年代とともに灌漑などの生産基盤の整備が進み、病虫害対策などの栽培技術も向上することで収量は安定化していく傾向があります。そのため、気候の変化は観測されていても、穀物収量への影響を検出することは、解析技術上困難でした。農環研で開発された世界の日別気象・収量のデータベース と広域作物モデルを組み合わせることで、極端現象の変化の影響を検出できるようになりました。

2. 本研究では、過去 30 年間の各地の日別気象データと穀物収量データを用いることで、世界の穀物収量の安定性の変化と気候の変化との関連を初めて明らかにしました。

3. トウモロコシ、コメ、コムギ、ダイズのいずれについても、過去 30 年間に世界の多くの地域(世界の収穫面積の 19〜33 %)で収量が安定化してきました。その一方で、世界の収穫面積の 9〜22 %では収量が不安定化してきており、特にコムギでは世界の収穫面積の 22 %で不安定化が見られました(図1)。

4. 収量の安定性の変化のうち28〜34%に気候要因の変化(気温上昇による生殖生長期間 の移動とそれに伴う積算有効日射量の変化)が影響していることが示されました(図2)。さらにこの中で 2〜10 %が高温日数割合の変化の影響であることが示唆されました(図3)。低温日数割合や作物が乾燥ストレスを受けた日数の割合についても解析しましたが、収量安定性の変化への影響は高温日数割合よりも小さいとの結果でした。残り 66〜72 %の収量の安定性の変化は政治や経済情勢の変化など気候以外の要因によってもたらされていると考えられます。

5. 主要生産国での収量の不安定化は、我が国を含む穀物輸入国における安定的な食料供給に悪影響をもたらします。収量が不安定化した地域にはアルゼンチン(トウモロコシ・ダイズ)、オーストラリア、フランス、ウクライナ(コムギ)などの主要輸出国が含まれます。また、中国東北部(トウモロコシ・ダイズ)、インドネシア、中国南部(コメ)など近年、輸入量が増大し、世界の穀物需給への影響を増している国でも収量の不安定化が見られました。このほか、ケニア、タンザニア(トウモロコシ)、バングラディシュ、ミャンマー(コメ)など栄養不足の問題を抱える国々 で収量が不安定化しています。

6. 収量の安定化を図る方策として、高温耐性品種の開発・導入、播種日の見直し、天水農地への灌漑の導入が重要と考えられます。

今後の予定・期待

世界的に見て、穀物収量は安定化してきており、今回、検出された収量の不安定化は、世界の収穫面積の 20 %程度と限られた地域についての傾向です。しかし、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次報告書によると、地上気温は21世紀にわたって引き続き上昇し、極端な高温もより頻繁になると予測されていることから、様々な対応が必要になると考えられます。このため、今後、世界の穀物収量データを継続的に収集・解析し、状況の推移を注視するとともに適応技術の開発・導入が必要となります。

用語の解説

1. 収量の不安定化・安定化: 30 年間に収量の年々変動が統計的に有意に増大した場合を 「不安定化」、収量の年々変動が有意に縮小した場合を 「安定化」 としています。計算上の詳細な定義については参考図を参照してください。

2. 世界の日別気象・穀物収量データベース: 農業環境技術研究所 『平成 25 年度 研究成果情報(第 30 集)』(http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/sinfo/result/result30/) に収録されている 「世界の主要生産地域における過去 25 年間の主要作物の推定収量データベース」 および 「世界の食料生産予測に利用できる過去 50 年間の全球日別気象データベース」。

3. 生殖生長期間: 作物の生育段階のうち開花から登熟までの穀物収量が形成される期間。

4. 栄養不足の問題を抱える国: 国連食糧農業機関の 「The FAO Hunger Map 2015 (http://www.fao.org/hunger/en/)」 において栄養不足人口割合が 5 %より大きい国。

図1 1981〜2010 年における穀物収量の安定性の変化

濃い緑色は過去 30 年間に収量が統計的に有意に安定化した地域。薄い緑色(オレンジ色)は収量が安定化(不安定化)する傾向にあるが、有意ではない地域。赤色は収量が有意に不安定化した地域。なお、円グラフは 2000 年の世界の収穫面積(円グラフ中央に記載)に占める各地域の割合を示します。

図2 穀物収量の安定性の変化と生殖生長期間の積算有効日射量の年々変動の変化の関係

縦軸は過去 30 年間の収量の安定性の変化(参考図に示す回帰直線の傾きから計算)。横軸は生殖生長期間の積算有効日射量の年々変動の変化(収量と同じ手法で計算)。積算有効日射量の計算では一定の温度・湿度条件を満たす日のみ日射量を積算するため、日射量以外にも高温や低温、乾燥の影響も考慮されます。図中のデータのばらつきは地点(約 120km のメッシュ)の違いを表します。決定係数の値から、収量の安定性の変化の地点間のばらつきのうち、28〜34 %を気候の変化で説明できることがわかりました。説明できなかった 66〜72 %のばらつきは、技術発展や政治・経済情勢の変化といった気候以外の要因によると考えられます。

図3 穀物収量の安定性の変化と生殖生長期間の高温日数割合の年々変動の変化の関係

縦軸は過去 30 年間の収量の安定性の変化。横軸は生殖生長期間における高温日数割合の年々変動の変化。穀物・地域により若干異なるものの、ここでは 33 ℃以上を高温としています。図中のデータのばらつきは地点の違いを表します。このことから、気候変動による収量の安定性の変化の地点間のばらつきのうち、2〜10 %を高温日数割合の年々変動の変化で説明できました。

参考図 収量の不安定化・安定化についての定義

一般に、穀物収量の時系列データには技術発展などによる増加傾向があり、収量データを収量偏差データに変換せずに、年々変動の指標である標準偏差を計算すると、収量が高い近年ほど収量の標準偏差の値が大きくなり、収量の年々変動が増加したという誤った結果が得られます。これを避けるために、収量データを平年収量に対する相対値である収量偏差データに変換してから標準偏差を計算し、その長期変化に基づいて収量の「不安定化」と「安定化」を定義します。図では説明のため、オーストラリア南西部のコムギ生産地域であるゲアードナー付近(34.205°S、119.250°E)のコムギ収量データを例に用いました。なお、回帰直線の傾きの値は地域や穀物により異なります。このため、図2図3 に示す際には、見やすくするため、傾きの値を収量偏差の標準偏差の平均値で除して規格化し、さらにその自然対数値を用いています。

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