研究成果速報
NIAES
平成21年10月27日
独立行政法人 農業環境技術研究所
(気候変動影響リサーチプロジェクト)

2009年夏の低日照が水稲作況低下に影響
北海道では低温による障害型冷害も発生
−農業環境技術研究所が「モデル結合型作物気象データベース」で解析−

ポイント

・ 記録的な低日照であった2009年夏の天候が水稲作況に及ぼした影響を解析。

・ 本州日本海側地域では著しい日照不足により作況指数が低下。

・ 北海道では低日照に加えて低温による障害型冷害が発生。

概要

記録的な低日照であった2009年夏の天候が水稲の作況にどのように影響したかを、当研究所が開発した 「モデル結合型作物気象データベース:MeteoCrop」 を用いて解析しました。

2009年7〜8月に著しい日照不足となった本州日本海側地域では、広い範囲にわたり作況指数が低下したこと、また日照不足に加えて7月に強い冷え込みに見舞われた北海道では、障害型の冷害の発生により、作況が 「不良」 となったことが示されました。

さらに、日本海側の地域では過去30年にわたり、「高温または低日照の夏」 が多くなる傾向が明らかになりました。地球温暖化との関連は必ずしも明らかではありませんが、今後、気温の上昇だけでなく、日照の少ない年が増加することによる作況への悪影響が心配されます。

問い合わせ先など

研究担当者:

(独)農業環境技術研究所 大気環境研究領域

主任研究員 博士(理学)  西森  基貴
電話 029-838-8236

主任研究員 農学博士   長谷川 利拡

主任研究員 理学博士    桑形  恒男

主任研究員 博士(農学) 石郷岡 康史

広報担当者:

(独)農業環境技術研究所 広報情報室

広報グループリーダー   田丸  政男
電話 029-838-8191
FAX 029-838-8299
電子メール kouhou@niaes.affrc.go.jp

研究の背景

2009年の夏は、北日本日本海側での日照時間が1946年の統計開始以来もっとも少ないなど、ほぼ全国的に日照の少ない夏になりました。過去30年間の統計で水稲作況が「著しく不良」となった年 (1980、1993、および2003年) は、いずれも冷夏年でした。本年のような全国的な低日照が、水稲の作況にどのような影響を与えたかは、今後の地球温暖化など気候変動の影響を評価する上で、たいへん重要です。そこで、当研究所が開発した 「モデル結合型作物気象データベース: MeteoCrop」(*1)を用い、本年の気象状況と作況への影響を解析し、過去の事例と統計的に比較しました。

研究の内容・意義

1.2009年夏(7〜8月)の平均気温偏差は北日本 −0.7℃、東日本 −0.2℃、西日本 −0.1℃で、北日本はやや低温、その他の地域では平年並みでした 1)。しかし日照時間は本土全域が80%以下で、とくに7月の日本海側は50%以下と、大冷害年 (1980/1993/2003年) と同程度の低日照でした 1)。また本年の水稲作況は、9月15日現在で全国平均 「やや不良」 の98ですが、北海道では 「不良」 の91と推定されています 2)図1左)。以前の冷害年では北日本の太平洋側地域で作況が悪化したのに対し、本年は北海道のほか西日本日本海側地域で低下しました。過去30年で、地域的な低日照での作況低下例はありますが、大冷害年以外で、全国的な低日照による作況の低下事例はありませんでした。

2.MeteoCrop を用い、気象庁が公表している気温と日照時間から、障害型冷害と関連の深い気温冷却量(*2)と作物の生長量に影響する全天日射量を推定し、過去の冷害年と本年の温度・日射環境を比較しました。気温冷却量からは、本年は北海道北部でのみ冷却が強かったことがわかりました(図1中)。大冷害年には、北海道のほか、東北の太平洋側や関東・中部の内陸部でも強い冷却が起きていますが、本年は北海道北部を除いて障害型冷害 (*3) が発生する温度にはなりませんでした。次に全天日射量を見ると、過去の冷夏年は太平洋側で低日射だったのですが、本年は日本海側地域における日射量の不足が目立ちました(図1右)。

3.近年の高温もしくは低日照の傾向が水稲作況に与える影響を解明するため、北日本日本海側地域と山陰・北九州地域における気温・日照時間と作柄の関係を図示しました(図2)。これによると2009年は、両地域で気温と日照の関係が大きく低日照側にずれ、気温に比べてより低日照であったこと、そして北日本日本海側の2002年(図2上)、山陰・北九州の1999年(図2下)など、同じような低日照年は、いずれも作柄不良となっていたことがわかりました。

4.III期(1998年以降)(赤)では I 期(青)・II 期(黒)に比べ、同程度の気温偏差でも低日照の傾向にあります(図2)。III期では2003年を除き全国的な冷夏は起こっていませんが、地域ごとに数年に一度の割合で低日照となるなど、両地域での気温と日照時間の対応関係は低日照側に移動し、過去30年にわたり徐々に「高温または低日照の夏」、いいかえると「曇りがちで蒸し暑い夏」の傾向が進んでいます。地球温暖化との関連は即断できないものの、コメの生産に関しては今後、台風など気象災害がなくとも地域的な作況低下が懸念されます。

図1 (左)2009年9月15日現在の水稲作況、および2009年7月の(中)気温冷却量と(右)日射量の平年(1989-2008年)偏差の地域分布 (全国分布図)

図1 (左)2009年9月15日現在の水稲作況、および2009年7月の(中)気温冷却量と(右)日射量の平年(1989-2008年)偏差の地域分布

水稲作況は文献 2)、気温冷却量および全天日射量は MeteoCrop による解析値を、それぞれ使用。

図2 地域ごとに見た夏季(7-8月)の平均気温/日照時間偏差と作況指数の関係(分散図)

図2 地域ごとに見た夏季(7-8月)の平均気温/日照時間偏差と作況指数の関係
(上)北日本日本海側地域 (気象:寿都・山形/作況:石狩・空知・上川・留萌・渡島・後志の各支庁と青森・秋田・山形県の平均)、 (下)山陰・北九州地域 (気象:境・浜田/作況:鳥取・島根・山口・福岡・佐賀県の平均)

作況指数は、◎:良,○:やや良,□:平年、■:やや不良、▼:不良、×:著しい不良。また1979-87年、1988-97年、1998-2009年を、それぞれ I 期(青)、II 期(黒)、III期(赤)として色分けした。

今後の予定・期待

1.今後は、低日照と低温の影響をより詳細に解析し、本年の作況に及ぼした気象要素の定量化を行う予定です。

2.来年以降も同様に速報的な解析を行い、作況に及ぼした気象要因をすばやく特定するとともに、MeteoCrop データベースにその知見を蓄積します。そのことにより、気象庁の長期予報やエルニーニョ予測を考慮することで、気候モデルによる温暖化予測値を用いた将来の平均的な生産量の予測だけでなく、翌年以降の数年にわたる作況とその変動の見通しを立てることが可能になります。

3.当研究所では、予測される地球温暖化の条件で、収量だけでなく品質も考慮した水稲の生産量予測を行うほか、気象災害や水資源の不足などを統合したモデルを作成し、研究を進めていきます。

引用文献

1) 気象庁 「気候系監視速報」
http://www.data.jma.go.jp/gmd/cpd/diag/sokuho/index.html

2) 農林水産省 「平成21年産水稲の作付面積及び9月15日現在における作柄概況」(PDF)
http://www.maff.go.jp/j/press/tokei/seiryu/091002.html (ページのURLが変更されています。2015年1月)

用語の解説

*1 モデル結合型作物気象データベース MeteoCrop: 地球温暖化などの気候変動がイネ生産に及ぼす影響を推定するための気象データベースとして、農業環境技術研究所が平成21年3月に公開した(http://MeteoCrop.dc.affrc.go.jp)。アメダス気象データに加え、気候変動がイネの生育に及ぼす影響の予測や評価に必要な、水田の微気象環境のデータを提供する。このデータベースから得られるデータの解析により、温暖化対策技術の開発などに貢献できる。

*2 気温冷却量: 日平均気温で20℃以下の値を毎日、一定の期間にわたり積算したもので、水稲栽培における障害型冷害(*3)の発生と関係している。

*3 障害型冷害: イネの減数分裂期あるいは出穂・開花期の低温により不稔が多発し、収量が減収するもの。冷害にはこのほかに、イネの生育初期から登熟期までのさまざまな時期に、低温や日照不足により生育が遅れ、最終的には秋の低温により登熟不良となる遅延型冷害がある。

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