研究成果速報
NIAES
2012年9月18日
独立行政法人 農業環境技術研究所
(食料生産変動予測リサーチプロジェクト)

地球温暖化が進行すると世界の穀物主産地の収量は低下する
−4つの気候変化シナリオで米国、ブラジル、中国における2070年までのトウモロコシとダイズの生産性を予測−

概要

(1) 将来の気候変化によって、世界の主要生産国である米国、中国、ブラジルにおけるトウモロコシとダイズの生産性が2070年までにどう変わるかを、大気中の温室効果ガス濃度の増加程度が異なる4つの気候変化シナリオ*1 のもとで予測しました。

(2) トウモロコシの収量は、温室効果ガス濃度の増加のもっとも多いシナリオで3か国ともに20%程度低下すると予測されました。ダイズの収量は、温室効果ガス濃度の増加が中程度あるいは大きいシナリオで、米国とブラジルにおいて特に大きく(約30%と約50%)低下することが示されました。

(3) 3か国が同時に不作となる確率を推計したところ、トウモロコシでは、温室効果ガス濃度が大きく増加するシナリオにおいて、同時不作確率が現在の約1.5倍に増加すること、ダイズでは温室効果ガス濃度の増加が大きいシナリオほど同時不作確率が高まり、約2倍になることが示されました。

(4) これらの収量低下に対して、どの地域においても気温の上昇が主な要因となっていると考えられました。気温の上昇に伴う呼吸量の増加と生育期間の短縮による減収効果が、大気中の二酸化炭素濃度の上昇による増収効果を上回るため、収量の低下傾向と3か国の同時不作確率の増大が引き起こされると考えられます。

問い合わせ先など

研究担当者:

(独)農業環境技術研究所 大気環境研究領域

上席研究員      博士(学術)  横沢  正幸
電話 029-838-8435

農環研特別研究員  博士(理学)  櫻井    玄

任期付き研究員   博士(理学)  飯泉 仁之直

広報担当者:

(独)農業環境技術研究所 広報情報室

広報グループリーダー       小野寺 達也
電話 029-838-8191
FAX 029-838-8299
電子メール kouhou@niaes.affrc.go.jp

研究の背景

トウモロコシとダイズは、新興国での食生活の変化やバイオマスエネルギーへの利用などによって、今後の、世界の需要が急激に増大すると見通されている穀物ですが、米国、中国、ブラジルの3か国が世界の生産量の約8割を占め、生産地域が極めて局在しています。一方、気候変化・温暖化に伴って異常気象が多発することが懸念されており、局在する生産地域の穀物生産がどのような影響を受けるかを予測することは、食料の安定的供給の面から非常に重要な課題です。

研究の内容・意義

1.対象とする3か国(米国、中国、ブラジル)における農業統計データを収集し、過去の気象データ(気象庁 JRA-25)とあわせて、「生産性データベース」を作成しました。米国、ブラジルでは統計情報が整備されているため、ほぼ全国をカバーできましたが、中国は統計データが分散しているため、生産量の多い省を対象として統計資料を収集しました。

2.トウモロコシとダイズの「生産性環境応答モデル」を用いて、上記の「生産性データベース」や実験データをパラメータとして入力し、米国、中国、ブラジルにおける穀物の生産性を推定しました。「生産性環境応答モデル」は、作物の生育過程、光合成過程および温度・水ストレス影響を取り込んだプロセスベースのモデルです。農業生産の地域的不均一性を反映させるため、パラメータはグリッドごとに推定し、データなどの不確実性を反映させてパラメータ値は確率分布として与えました。

3.将来の大気中二酸化炭素濃度の上昇に対する作物の応答を精度良くモデルに組み入れるために、米国イリノイ州で行われたダイズの FACE ( Free Air CO2 Enrichment; 開放系大気 CO2 増加) の実験データを利用しました。一般に大気中の二酸化炭素濃度の上昇は光合成速度を増加させますが(施肥効果)、二酸化炭素濃度がある程度まで高くなるとその効果はだんだん小さくなることが知られています(ダウンレギュレーション効果)。この効果をモデルに取り入れて二酸化炭素濃度に対する応答を高度化しました。

4.穀物の生産性環境応答モデルに 「気候変化シナリオ」*1 を入力して2010年から2070年までの生産性(収量)の変動を推計しました(図1図2)。トウモロコシについては、低位の(温室効果ガス濃度の増加が小さい)シナリオ( RCP 2.6 および RCP 4.5 )では収量の変化はあまり見られませんが、高位の(温室効果ガス濃度の増加が大きい)シナリオ( RCP 8.5 )では3か国とも20%程度低下すると予測されました。ダイズについては、低位のシナリオ( RCP 2.6 および RCP 4.5 )では、2030年頃までは収量のわずかな増加が見られますが、それ以降は減少傾向に転じることが示されました。高位のシナリオ( RCP 6.0 および RCP 8.5 )では、アメリカとブラジルにおいて特に大きく(約30%と約50%)低下することが示されました。

5.3か国において同時に不作になる確率を推計しました(図3)。トウモロコシでは高位のシナリオ(RCP 8.5)において、同時不作確率が現在の約1.5倍に増加すると推計されました。ダイズでは低位から高位のシナリオにおいて徐々に同時不作確率が高まり、約2倍にまでなると推計されました。

6.以上の影響を引き起こす要因を解析した結果、トウモロコシとダイズの収量低下に対して、どの地域でも気温上昇の影響がもっとも大きいと考えられました。すなわち、気温の上昇に伴う呼吸量の増加と生育期間の短縮による積算日射量の減少が複合的に影響し、大気中の二酸化炭素濃度の上昇による増収効果を上回り、収量の低下傾向と3か国の同時不作確率の増大が引き起こされると考えられます。

7.これらの推計は栽培管理、品種などが現状のままであると仮定した場合であり、播種日の移動や品種の変更などの適応策が取られることは考慮していません。

(グラフ)

図1 3か国のトウモロコシ収量の将来推計 (2010年〜2070年)

実線は1981年〜2006年の平均収量(直線)からの偏差の推定値、色塗り部分は不確実性の分布をそれぞれ示す。

(グラフ)

図2 3か国のダイズ収量の将来推計 (2010年〜2070年)

実線は1981年〜2006年の平均収量(直線)からの偏差の推定値、色塗り部分は不確実性の分布をそれぞれ示す。

(グラフ)

図3 3か国同時の減収が発生する確率

黒線は過去(1981年〜2006年)の確率を表す。実線は2010年から2070年までの確率、色塗り部分は不確実性の分布をそれぞれ表す。

今後の予定・期待

1.今後は、3か国以外の世界各国における生産性変動の予測も行う予定です。

2.最新の生産性データと環境データを入手して、生産性の環境応答モデルを更新し、生産性予測を精緻化するとともに、世界気象の季節予報データなども利用して、近未来からさらに長期にわたる生産性変動の見通しを示すシステムを作成します。

3.生産性の環境応答モデルに、水資源量の変化や土地利用の変化を推計するモデルを統合し、世界の食料生産システムの解明と将来見通しに関する研究を進めます。

用語の説明

*1 気候変化シナリオ: 気候モデルを使用して計算した長期の気候変化予測値のこと。気候変化や温暖化の程度は大気中の温室効果ガス濃度によって異なり、またその変化(濃度パス)は社会経済の発展や排出削減の程度によっても異なることから、仮定する将来の温室効果ガス濃度ごとに複数のシナリオを使う必要がある。ここで利用した気候変化シナリオは、IPCC第5次報告書で使用される4つの代表的濃度パス( RCP2.6、RCP4.5、 RCP6.0、 RCP8.5 )に基づいて、気候モデル MIROC-ESM によって出力された将来気候変化値データである。RCP の数字は温室効果ガスによる温暖化の強さ(放射強制力)を表し、数字が大きいほど温暖化の度合いも大きい。

参考文献

1) 国立環境研究所「論文誌 Climatic Change に掲載された IPCC 第5次評価報告書に向けた代表的濃度パス(RCP)シナリオについて」
http://www.nies.go.jp/whatsnew/2011/20110926/20110926.html

2) 21世紀気候変動予測革新プログラム 「地球システム統合モデルによる長期気候変動予測実験」(PDF)
http://www.jamstec.go.jp/kakushin21/jp/meeting/2011/PDF/01tokioka.pdf

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