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 目 次
  前 書 き
  花粉症の発症の仕組み
  組換えイネで花粉症を緩和できる理論的説明
  研究の現状
  今後の問題点
  前 書 き

 996年に最初の遺伝子組換え作物(GMO:Genetically Modified Organisms)が商業化されて以来、すでに(2005年現在)世界のGMO栽培面積は9000万haに達している。現在栽培されているGMOは、ほとんどすべてが除草剤抵抗性と害虫抵抗性の作物であるが、今後は食品としての機能性を高めたり、環境の浄化を目的とした新しいタイプの GMOの開発も進むであろう。前者は主に生産者にメリットの大きいGMOであり、後者は主に消費者にとってメリットのあるGMOである。

 ずれのGMOも、生物のもつ多様な機能を高度に利用できる植物であり、従来の育種法では得ることができないものである。たとえば、GMOの1例である害虫抵抗性のトウモロコシでは、ある種の微生物のつくるタンパク質が害虫の消化管細胞を破壊することに着目し、タンパク質をつくる微生物の遺伝子が利用された。この微生物の害虫に対する殺虫効果は古くからよく知られ、製剤化した微生物が農薬としてすでに実用化されていた。しかし、植物自身にこのタンパク質を作らせ、害虫抵抗性をもたせることは、遺伝子組換えの技術によって初めて可能となった。利用できる遺伝子は微生物に限らない。今ある植物が本来もっている遺伝子の働きを詳しく調べ、その遺伝子を改変して新しい成分を作らせたり、成分の量を調節してこれまでにない植物を作るのも、GMOに期待される分野である。この例には、すでに市場に出回っている青色系のカーネーションがある。

 MOをつくる時に、遺伝子の導入された細胞を選び出すのに、抗生物質耐性の遺伝子がマーカーとして用いられる。現在市販されているGMOに使われているマーカー遺伝子は安全性が確かめられているが、抗生物質は元来病気の治療に使うものであるから、GMOがこれを含まないにこしたことはない。そこで、マーカーを最終的に除いたり、抗生物質以外のものに置き換えるための研究が行われている。現在の組換え技術では、目的の遺伝子が入る場所まで制御することはできない。しかし、将来は、遺伝子を望んだ位置に組み込む究極の組換え技術の開発が進む可能性もある。このように、生活用品の製造技術と同様に、遺伝子組換え技術も研究の進展に応じてよりよいものへと改良が続けられている。生物研では、GMOをつくる基盤となるこうした技術の研究にも力を入れている。

 近、食品を含むあらゆる生活関連製品で、安全・安心であることへの要望が大きくなった。GMOの安全性に関しては、マーカー以外にも、花粉を通じた遺伝子の環境への拡散が懸念材料として取り上げられる。作物の花粉の飛散はこれまでにも研究されているが、GMOという新しい素材の利用を想定して、農水省ではより精密なデータを収集する試験を行っている。また、葉緑体など花粉で伝達されない細胞の器官に外来の遺伝子を入れる方法などの新しい方法も研究されている。いずれにせよ、花粉飛散が生態系に大きな影響を及ぼさないように、遺伝子拡散防止のための、植物の特性に応じた栽培法やその他の工夫が必要なことはいうまでもない。

 002年にイネのゲノム情報がほぼ明らかになり、それをもとに、イネ遺伝子の機能解明をより早く、より効率的に進めることができる基盤ができた。今後、その成果を実用的な作物開発に結びつけることがいっそう期待されている。生物研ではこれまで、光合成、養分の転流や吸収、草型、耐病性、耐冷性などに関係する遺伝子を利用して、生産性を高めたり環境負荷を少なくできるGMOの開発をめざした研究を行ってきている。これらは生産者メリットのGMOであるが、それに加え、花粉症緩和米やコレステロール低下米などの健康機能性を付与した消費者メリットのGMO開発にも力を入れている。ここでは、その中から、食べることによってスギ花粉症を緩和しようとするコメの開発状況を詳しく紹介する。また、参考のため、諸外国を含む各機関が提供している、GMOの安全性に関連する情報(リンク集参照)も併せて記した。
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 花粉症の発症の仕組み

 ギ花粉症はスギ花粉抗原とIgE抗体との反応よる代表的なT型アレルギー反応に分類される。ハウスダスト・ダニ、カビなどが原因でおこるアレルギーもT型アレルギーの仲間に分類される。発症に至るには以下のような経過をたどる。

 ずスギ花粉を鼻から吸収すると、吸収された花粉粒子(直径約30um)が粘膜に付着する。粘膜層に付着した花粉からは水溶性の抗原成分が粘膜に浸透していく。このように溶け出した抗原は粘膜の上皮下層に分布している抗原提示細胞に取り込まれる。取り込まれた抗原は、プロセシングにより断片化され、その一部は主要組織抗原分子Uと特異的に結合して、細胞膜上に抗原ペプチドとしてT細胞の抗原レセプターに抗原提示される。その結果、ナイーブT細胞からT細胞が分化成熟し、活性化される。なかでも花粉症に大きく関係するのはタイプ2といわれるヘルパーT細胞(Th2細胞)で、これが活性化されると、IgE抗体産生を導くインターロイキン(IL)-4やIL-13などを分泌する。これらインターロイキンと抗原刺激により、B細胞の増殖・分化が促進され、抗体産生細胞である形質細胞となり、IgE抗体を細胞外へ放出する。またヘルパーT細胞とB細胞の一部は抗原記憶細胞になる。

 生されたIgE抗体は、抗体のFc部分に対する高親和性のレセプター(FceRI)を介して肥満細胞(マスト細胞)の膜表面に結合する。このように、肥満細胞にIgE抗体が結合した状態が感作の成立で、次に入ってきた同じ花粉アレルゲンに反応する準備状態が完了したといえる。

 作されている人の鼻粘膜上にスギ花粉が再吸入されると、鼻粘膜上皮細胞間隙を通過した抗原は、鼻粘膜上皮に分布する肥満細胞の表面でIgE抗体と結合し、抗原抗体反応の結果、Fcレセプターの架橋形成が細胞刺激となり、Caの細胞内流入を促進する。その結果、肥満細胞の脱顆粒によるヒスタミン類の放出、アラキドン酸代謝によるロイコトリエン、プロスタグランジンなどが合成・放出される。また、アレルギー性炎症に関係するサイトカイン類も分泌される。これらの結果として、目のかゆみ・充血、くしゃみ、鼻汁、鼻つまりなどの症状が現れる。
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 組換えイネで花粉症を緩和できる理論的説明

 レルギーの治療法は、化学伝達物質の作用や合成・放出を抑える薬物や免疫抑制剤を利用した対症療法的な治療法が一般的である。持続的な療法、予防法としては、抗原(アレルゲン)を利用した減感作療法がある。この場合には、アレルゲンそのものの濃度を薄めて、これを週2〜3回注射で、次第に濃度を濃くしながら2〜3年続ける必要がある。しかし、この抗原特異的免疫療法はアナフィラキシーショックといった副作用の可能性や治療の煩わしさから、利用する患者数が少ない。

 年、アレルゲンやアレルゲン由来のT細胞抗原決定基(T細胞エピトープ)を注射や経鼻、経口により投与すると、アレルギー反応が軽減することが報告されている。その機構としては、T細胞応答性の抑制・不応答や、T細胞自身がアポトーシスにより死滅することが示唆されている。

 こで、この現象を利用しT細胞抗原決定基(エピトープ)を用いたペプチド免疫療法が提案されている。この療法は、アレルゲン自体を用いず、T細胞エピトープ部分にIgE抗体やB細胞抗原決定基を含まないようにして投与するもので、アナフィラキシーショックといった副作用がなく、簡便に適用できるという特徴をもっており、第2世代の抗原特異的免疫療法として注目されている。

 らに、経口で抗原(アレルゲン)が投与された場合には、経口免疫寛容現象と呼ばれる、有効な免疫機構が生体には備わっている。例えば、生体にとって異物である食物に対して、多くの場合、害のある免疫反応が起きないのは、この現象によって免疫応答が抑制されるからに他ならない。この現象は、T細胞エピトープを用いた場合にも起きることが実験動物では確かめられている。

 ギ花粉アレルギーを引き起こす抗原として、Cry j 1とCry j 2と命名された2種類のスギ花粉中に含まれているタンパク質が主要なアレルゲンとして同定されている。さらに、スギアレルゲン特異的なT細胞によって認識されるT細胞エピトープ(11-19アミノ酸)も詳細に調べられている。そこでスギアレルゲンのT細胞エピトープを毎日食べるコメの中に蓄積させることができれば、経口免疫寛容現象を利用して、“食べることでスギ花粉症の緩和や治療効果の期待できるイネ”を開発できるのはないかというアイデアに基づき、エピトープペプチド集積米の開発に着手した。

 メの中で発現させるT細胞エピトープとして、すでに報告のあるCryj1から3個、Cry j 2から4個のヒト認識エピトープを連結した7連結ペプチドを利用した。同じアレルゲンから複数のエピトープを用いるのは、ヒトの遺伝子型によって認識されるエピトープが異なることから、それぞれのアレルゲンに対して、3個および4個用いることで、エピトープとして認識される確率を高め、治療できるスギ花粉症患者の幅を増やす効果が期待できるからである。

 うした7連続ペプチドは、もともとのCryj1やCryj2と同様90%以上の患者でスギ花粉特異的なT細胞に認識されることが報告されている。またスギ花粉アレルギー特異的なIgE抗体との結合性がないことも明らかになっており、安全に経口免疫寛容を起こすためには、アレルゲンそのものを用いるよりはるかに適切と言える。
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 研究の現状

 ネの主要な貯蔵タンパク質であるグルテリンの胚乳特異的プロモーターを用いて、7連続ペプチド遺伝子をコメの胚乳中に蓄積させた。集積を高めるため、グルテリンのシグナル配列や小胞体係留シグナル、また7連続ペプチドの人工遺伝子の配列には、イネの貯蔵タンパク質で使用されるコドンを用いて作成するなど工夫を行った。 7連続エピトープペプチドを種子中で発現させたイネでは、最高で1粒あたり約50マイクログラムのペプチドが集積していた。ペプチドはコメの可食部の胚乳中に特異的に発現し、他の組織では発現しなかった。また細胞内では貯蔵タンパク質顆粒中に中心的に局在して集積していた。

 のエピトープペプチドの発現・集積量は、マウスにエピトープペプチドを経口投与して免疫寛容を引き起こす量をもとに換算すると、体重60kgのヒトが毎日1合(150g)を食べると想定した場合、十分効果が期待できる量に相当する。

 こで、有効性を調べる試験の一つとして、コメに集積させたエピトープペプチドを抽出し、マウスに対してT細胞増殖反応性を調べた結果、本来のアレルゲンと同様な反応性を示した。さらに7個のエピトープの1個をエピトープとして認識するマウスに、このエピトープ集積米を毎日5,6粒ずつ食べさせ、その後スギアレルゲンを感作させたところ、普通のコメを食べさせたマウスに比べてIgE抗体のレベルが約30%程度に低下することも確認できた。

 らに、通常の炊飯による摂取形態を考慮して、このコメに蓄積されたエピトープペプチドの高温安定性を、100C、20分沸騰水中で処理して調べたところ、安定であることが明らかになった。また、このエピトープペプチドを発現することで、コメに本来含まれているアレルゲンタンパク質発現にも影響がないことも確かめた。

 のエピトープペプチド集積米については、消費者の安全性に対する懸念に配慮して、抗生物質耐性遺伝子など選抜マーカー遺伝子を含まない形質転換イネも開発している。
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 今後の問題点

 ピトープペプチド集積米については、この形質転換体の花粉が飛んで、普通のコメに混入するのではないかという懸念もある。 そこで花粉が周囲に及ぼす影響を評価するため、現在環境安全性の調査を進めている。2002年に、閉鎖系の温室で環境安全性を 確かめ、2003年には非閉鎖系の温室での調査を行っている。この非閉鎖系での環境安全性に問題がなければ、2004年には野 外の隔離圃場で栽培し、周囲への影響を調べる予定である。

 「本花粉症緩和米は、2005年に農業生物資源研究所の隔離圃場で試験栽培を行い、生物多様性影響評価(環境に対する安全性を 調べる調査)をすると同時に、約300Kgのコメを収穫した。現在、このコメをマウス、ラット、サル(カニクイザル)等に食べさ せて、食品として利用した場合に影響がないかを調べるための安全性試験を行っている。2006年には、再度、隔離圃場における試験栽培を予定している。」

同研究機関との連携状況
 このエピトープペプチド集積米の開発は現在、生研機構の新事業創出研究プロジェクトの援助で進められている。マーカーフリーの遺伝子組換えイネの開発では、日本製紙と、環境安全性試験では全農との共同研究で進めている。またマウスを用いたエピトープペプチドの免疫系への効果については東京慈恵医大及び東京大学医科研との共同で進めている。
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