生物研ニュースNo.48
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【注】「農業生物資源研究所」の略としては、「生物研」を使用します。
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研究トピック:気象データからイネ全遺伝子の働きを予測するシステムを開発

遺伝子の働き方を予測し、水田のイネの生育状況を正確に把握

 生物研の上級研究員 井澤毅らの研究グループは、気象データから、「水田で育つイネの葉」で働くほぼ全ての遺伝子の働きを予測するシステムを構築しました。この成果は米国の科学雑誌Cellで公表され、また多くの新聞でも取り上げられました。その意義と今後の展開についてご紹介します。

研究の概要
複雑に変化する自然環境と作物の遺伝子の関係を大規模に調べ、ルール化し、予測する。解析システムやコンピューターの進歩により、そんなことが実現可能になりました。

実験室ではなく水田で

 この研究を始めたのは「水田で育つイネで、全ての遺伝子の働きをきちんと調べたい」という思いからでした。イネには、実際に働くか未確認のものを含め、約4万個の遺伝子があると推定されています。これらの遺伝子は特定の条件や器官で働いてはじめて、その機能を発揮します。遺伝子一つ一つが「いつ」「どこで(どんな条件で)」「どのくらい」働くか。その全体像がわかれば、イネの様々な生理現象の仕組みを理解することができ、イネの品種改良や栽培法の改善に役立ちます。過去にもイネの遺伝子の働きを大規模に調べた研究はありましたが、その多くは実験室内で行われていました。イネの栽培現場である水田は、天気が変わり風が吹く、変動する自然環境。そこでイネはどのように遺伝子を働かせ、生きているのか? それをきちんと捉えるためには、実験室を飛び出し、水田のイネを調べる必要があると考えました。

 2008年6月〜9月に茨城県のつくば市で、私たちの研究グループは「水田で生育するイネの葉」を様々なタイミングで461回採取しました。そして個々のサンプルについて、イネ全遺伝子のうち、ある程度以上の強さで働くことがわかっていた約2万7千個の働きを調べました。

遺伝子の働き方の「ルール」を探れ

 次に私たちは、得られた遺伝子の働きのデータと、変動する自然環境との関係を探りました。「遺伝子の働きのデータ」と気象庁が計測した「採取時の気象データ(風量、気温、湿度、日照、気圧、降水量)」を照らし合わせ、大型コンピューターで統計的な解析を行うことにより、遺伝子の「働き方のルール」を一つ一つ調べていきました。その結果、約2万7千個のうち、葉で働くほぼ全ての遺伝子(約1万7千個)について、ルールを明らかにすることができました。そこでルールに基づき、「気象データ」「田植え後の日数」「時刻」からイネの葉で働く約1万7千個の遺伝子の働きを予測するシステムを構築しました。

 システムの信頼性を検証するため、2009年にも2008年と同様の「全遺伝子の働きの解析」を行い、「実測値」と「システムが出した予測値」を比較しました。その結果、構築したシステムが高い精度で多くの遺伝子の働きを予測できることが確認されました。

遺伝子の働きを予測できると、何に役立つか?

 では遺伝子の働きが予測できると、何に役立つのでしょうか。まずできるのが農業研究への活用です。例えばシステムに過去の気象データを入力して、冷害や高温障害が起こった年と平年の遺伝子の働きを推測します。各年のデータの比較から、冷害や高温障害に関連する遺伝子をピックアップすることができます。また架空のデータを入力して、「温度が上がった場合どうなるか」などのシュミレーションも行えます。

 将来的には、さらに予測の精度を高め、栽培現場で活用することを考えています。気象データや栽培条件から遺伝子の働きを予測し、そのパターンから作物の生育状態を正確に把握する。それを元に農薬散布や施肥に最適なタイミングを推定し、農作業の効率化や作物の品質向上に役立てる。今後やるべきことはたくさんありますが、そんな「使える」システムへと発展させていきたいです。

ひとこと 枠
                  ひとこと
         次は、全国で育つイネを解析して この予測
   システムを実用的なものに仕上げ、個々の遺伝子の
働き方から、植物の健康状態を把握したり、出穂期や
収量を予測できるようにしたいです。将来的な目標は、品種、栽培条件、気象条件を入力するだけで、収量
      などの農業形質を正確に予測できるシステム
                  の実現です。
井澤 写真
研究グループのメンバー(前列中央が著者)

[植物科学研究領域 植物生産生理機能研究ユニット 井澤 毅]

関連リンク:
世界初!気象データからイネの葉で働くほぼ全ての遺伝子の働きを予測する
 システムを開発
  (平成24年12月5日プレスリリース)

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