生物研の安居拓恵らの研究グループと山崎俊正らの研究グループは、先月相次いで「虫たちの交信」に関わる成果を発表しました。その意義と今後の農薬開発への展開についてご紹介します。
ケブカアカチャコガネ
虫たちは、私たちヒトのように言葉を発することは出来ませんが、様々な方法で交信しています。その一つが「化学物質を使った交信」です。例えば、サトウキビの大害虫である「ケブカアカチャコガネ」というコガネムシは、オスはメスが出す特定の化学物質(性フェロモン)を頼りにメスを探し当てます。
では、あたり一面に性フェロモンが漂っていたらどうなるでしょう? オスはメスを見つけられないため交尾ができす、次の世代の子供も産まれません。つまり、虫たちの交信を妨害することによって害虫を減らし、作物の被害を防ぐことができるのです。この方法は「交信かく乱法」と呼ばれ、実際にチョウやガの仲間の害虫防除に利用され始めています。安居拓恵らのグループは、ケブカアカチャコガネの性フェロモンが「2-ブタノール」という化学物質であることを突き止めました。さらに性フェロモンを封入したチューブを畑一面に仕掛けたところ、ケブカアカチャコガネの交尾を阻害し、次の世代の子供の数を1/20に減らすことができました。交信かく乱法によるケブカアカチャコガネの防除に成功したのです。性フェロモン入りチューブは、共同研究者である信越化学工業(株)が実用化への手続きを進めています。
クロオオアリ
一方、山崎俊正らのグループは「アリ」の交信に注目しました。アリは社会性を持ち、様々な仕事を仲間と協調・分担して行います。アリたちは、500種類以上もの化学物質を触角でやりとりして交信し、複雑な社会システムを保っています。アリが情報を受け取るには、触角で受け取った化学物質が体内の適切な場所に運ばれる必要があります。その機能を担う「輸送タンパク質」はこれまで30種類ほどしか知られておらず、多数の化学物質を運ぶには足りないと考えられていました。山崎らのグループはクロオオアリから「NPC2」という新たな輸送タンパク質を発見しました。NPC2は1種類で幅広い種類の化学物質と結合し輸送することが可能で、アリたちの交信において非常に重要な役目を果たしていることがわかりました。今後は、NPC2と化学物質との結合を阻害する物質を探すことにより、不快害虫・農業害虫でもあるアリを、交信かく乱によって防除する方法の開発につなげたいと考えています。
交信かく乱法は、特定の害虫にだけ効いて人間や他の生物には影響を及ぼさず、また環境負荷も少ない防除法です。虫たちの交信や生態についてよく調べ、今後も環境と人間にやさしい防除法の開発に役立てていきたいと思います。
ケブカアカチャコガネについて:
[昆虫科学研究領域 昆虫相互作用研究ユニット 安居拓恵]
アリについて:
[農業生物先端ゲノム研究センター 生体分子研究ユニット 山崎俊正]
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