蚕糸昆虫研ニュース No.43(1999.6)  
<トピックス>
 再生研究の新しいモデル実験動物 −ヤマトヒメミミズ−

 「トカゲの尻尾切り」に代表される動物の再生現象は古くから人々の興味をかき立ててきた。しかし、近年では動物の再生に関する研究は世界的に非常に低調である。その原因の一つは、ショウジョウバエや線虫、マウスといった現代生物学で多用されている「モデル動物」ではほとんど再生が見られないことであろう。また、体の大規模な再生はヒドラやプラナリアのような下等動物にのみ見られる特殊な現象であって、高等動物への応用は夢物語であると見なされてきたことも一因であろうと思われる。しかし、最近のクローン羊等の誕生により、高等動物の分化した体細胞の核にも体中のどんな種類の細胞にも分化しうる情報が保持されていることが明らかになり、高等動物でも大規模な再生を誘導できるようになる可能性が開けてきた。

 再生力の低い生物の再生能力を高める方法を研究するにあたり、元来強い再生能力を持つ動物における再生のメカニズムを理解することは非常に重要である。そこで、ヒドラやプラナリアよりも遥かに高等な動物でありながら、これらと同等の強い再生力を持つヤマトヒメミミズを再生研究の新しいモデル実験動物として開発した。

 ヤマトヒメミミズは体長約1cmの小型のミミズで、1993年に東北農業試験場で発見された新種である。その特徴は、砕片分離と呼ばれる無性生殖によって増殖することで、成長した個体は一度に約10断片に分離し、各断片は約4日で頭部と尾部を再生してそれぞれ完全な個体になる。オートミール粉末を餌として寒天培地で飼育すると、さらに10日でまた元どおりの長さにまで成長して再び砕片分離を行うので、2週間ごとに約10倍に増殖することになる。従って、1個体を2〜3ヶ月間培養すると数万個体のクローン集団を得ることができる。このように、ヤマトヒメミミズは、寒天培地中では何年でも無性生殖だけで増殖できるので「不老不死」であるとも考えられ、動物の老化や幹細胞の維持機構の研究材料としても有用と思われる。
   

 砕片分離は個体を断頭することにより人為的に誘導できる。また、頭部・尾部の再生は、砕片分離断片ばかりでなく人為的に切断した断片でも全く同様に起こる。

 ヤマトヒメミミズは従来、砕片分離による無性生殖によってのみ増殖すると考えられてきたが、最近、培養条件を変化させることにより有性生殖が誘導できることが明らかになった。このことにより、再生(体の一部分からの個体形成)と胚発生(受精卵という単一細胞からの個体形成)における組織分化のメカニズムを比較解析することが可能になった。このような解析は、なぜ全ての動物が胚発生は行うのに、そのほとんどは非常に低い再生能力しかもたないのかを解明する手がかりを与えるものと期待される。また、有性生殖誘導法が確立したことにより突然変異体の誘導が可能になった。一度突然変異個体が得られれば、それを砕片分離で無性的に増殖させることにより、容易にクローン系統が樹立できる。これにより、再生メカニズムを遺伝学的に研究することが可能となり、また、実験動物としてのヤマトヒメミミズの有用性も飛躍的に高まるものと期待される。        

(遺伝育種部 茗原眞路子)
 
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