蚕糸昆虫研ニュース No.45(1999.12) 
<トピックス>
 
カイコのBAC(バクテリア人工染色体)ライブラリーの作成
 
 近年、ゲノム解析が様々な生物種について行われて、生命科学研究の方法論を根本的に変えつつあります。高等真核生物においてゲノム解析を進めていくためには、染色体を細分化したクローンからなるライブラリーを作成し、そのクローンを整列化していく必要があります。その際に、より大きなDNA断片を取り扱えれば解析に要する労力がそれだけ軽減されるので、宿主細胞中で巨大なDNA断片を安定的に保持できる人工染色体が開発されました。このうち、大腸菌を宿主とするものをバクテリア人工染色体(BAC, Bacterial Artificial Chromosome) といい、クローニング能力は100-200kb程度ですが、通常のプラスミドと同様に宿主の染色体と分離して精製できるので、クローンの解析をはるかに容易に行うことができます。そこで、カイコのBACライブラリーを作成することにしました。

 連鎖解析に用いた両親系統の支108号とp50(大造)からBACライブラリーを作成することとし、作成方法については農業生物資源研究所の川崎信二博士の助言を受けました。幼虫・蛹の各組織を比較検討した結果、カイコの5齢幼虫の後部糸腺を出発材料とすることにしました。後部糸腺を細かく切断してアガロースに包埋し、蛋白質分解酵素で処理してから制限酵素Hind IIIにより限定分解して、得られた高分子量DNAをBACベクターpBAC-lacに連結して、エレクロポレーションにより大腸菌に導入しました(詳細はWu C, et al., Mol. Gen. Gen. 261, 698)。その平均挿入断片長は120.8kb(支108号)と134.5kb (p50)であり(図)、カイコゲノムのそれぞれ約3.2倍と約5.8倍に相当する規模のライブラリーが完成しました。

 現在、これらのライブラリーを用いて既知遺伝子等を含むクローンをPCRスクリーニングにより単離すると共に、多型マーカーの作出にも活用しているほか、特定の領域については先行的にクローンの整列化を行っています。将来的には突然変異原因遺伝子の解明やカイコの遺伝的な改変、究極的には全ゲノムの塩基配列の決定など様々な用途への応用が期待されます。

 また、このBACライブラリーのスクリーニングサービスも提供しており(http://ss.nises.affrc.go.jp/~yaskoch/Top.htm)、既に国内外の研究グループにBACクローンを配布しています。ゲノムDNAからPCR断片を直接増幅可能なプライマーを送っていただければ、目的とする配列を有するBACクローンを単離します(通常2週間以内)。このサービスを積極的に活用していただくことにより、カイコを材料とした研究活動がより一層活性化することを期待しています。
  

  (企画連絡室 昆虫ゲノム研究チーム 安河内祐二)
 
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