蚕糸昆虫研ニュース No.45(1999.12) 
<トピックス>
 
抗菌性蛋白質カブトムシディフェンシンのタンパク質工学的改変
 

 近年、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)やバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)等、種々の薬剤耐性細菌の蔓延が問題になっています。新たな抗生物質が製産されても、すぐに耐性菌が生じるいたちごっこが繰り返されているため、抗生物質の濫用を防ぐとともに、薬剤耐性菌に対して効果を持つ抗生物質、特に耐性菌を生じにくい抗生物質が求められています。このような状況の下で、新たな抗生物質のリード化合物として、抗菌性蛋白質が脚光を浴びています。抗菌性蛋白質は、脊椎動物、無脊椎動物、植物等生物界に広く見られ、特に感染初期の急性免疫反応において重要な役割を果たしています。それらの多くは、塩基性が高く、微生物の細胞膜に作用して、穴を開け、溶菌させるという作用機構を持ち、耐性菌が生じにくいと考えられています。

 抗菌性蛋白質の利用に関する研究は、各地で進められています。私たちは昆虫由来の抗菌性蛋白質に改変を加え、抗菌活性の強化、抗菌スペクトルの変化、低分子量化による免疫源性の低減を試みています(Biochem. J., 338, 29-33, 1999、Eur. J. Biochem. 266, 616-623, 1999)
 カブトムシおよびタイワンカブトムシより得られたディフェンシンは、グラム陽性菌に対して活性を示す、43残基の抗菌性蛋白質であり、互いに高い相同性を持っています。まず、カブトムシディフェンシンの活性部位を明らかにするために、カブトムシディフェンシンの12残基の部分ペプチドを、全ての部分をカバーするように64種類合成し、スクリーニングを行ったところ、一つの部分ペプチドが特に強い抗菌活性を維持していました。さらにその部分ペプチドは、わずか8残基まで縮めても抗菌活性は維持されることを見出しました。ペプチド鎖を短くした中でも、強い活性と分子量の小ささを兼ね備える9残基の部分ペプチドを元に改変実験を行いました。アミノ酸の置換を行った9残基の改変ペプチドは、黄色ブドウ球菌に対して元のディフェンシンより強い抗菌活性を示すだけでなく、元のカブトムシディフェンシンが抗菌活性を示さなかった大腸菌、緑濃菌等のグラム陰性細菌に対しても非常に強い抗菌活性を示しました。

 また、タイワンカブトムシのディフェンシン由来の9残基の改変ペプチドも同様の抗菌活性を示しました。これらの改変ペプチドは、リン脂質膜に作用し、溶菌させることにより抗菌活性を示すことが確認されました。また、これらの改変ペプチドは、ウサギ赤血球に対して溶血活性を持たず、繊維芽細胞やマクロファージ由来の細胞に対して一部を除いて細胞毒性を持たないことが示されました。MRSA感染マウスに対する治療実験を行ったところ、改変ペプチドを注射しないコントロールでは一日で全てのマウスが死亡したのに対し、改変ペプチドを一頭あたり500μg注射した実験群は50%、1mg注射した実験群は75%の生存率を示し、MRSA感染マウスの治療にこの改変ペプチドが効果的であることが示されました。
 抗菌性蛋白質の利用研究はまだ始まったばかりで、これから解決すべき点は多いのですが、今後の研究の進展が期待されています。
   

 (生体情報部生体防御研究室 石橋 純)
  
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