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生物研
研究成果の紹介
平成26年11月28日
独立行政法人 農業生物資源研究所

精子に運ばれて子に伝わる共生細菌

〜昆虫共生細菌の新たな伝播様式を発見〜

本研究のポイント
  • ツマグロヨコバイの共生細菌の1種が、精子の中に入って子に伝わる現象を発見
  • 精子の細胞核に細菌が感染しても、精子機能は損なわれず受精が可能

独立行政法人農業生物資源研究所(生物研)は、独立行政法人産業技術総合研究所と共同で、イネの主要な害虫のひとつであるツマグロヨコバイの全身に感染する共生リケッチアが精子に運ばれて子に伝わることを発見しました。共生細菌の子への伝播様式としては、宿主である昆虫雌成虫の卵の細胞質とともに、雌親から子に伝わるのが一般的です。雄成虫が作る精子は核と鞭毛とからなり、細胞質がほとんど無いため、雄親から子へ共生細菌が伝わることはないと考えられてきました。この共生リケッチアもやはり雌親から子孫に伝わります。ところが、共生リケッチアは細胞の細胞質で増殖するだけでなく、細胞核のなかでも増えていました。そして、精子の核にも細菌が存在していました。細菌を持たない雌成虫と細菌を持つ雄成虫が交配すると、子の約60%に共生リケッチアが伝わっていました。すなわち、雄親から細菌が伝わったことになり、精子は細菌に感染したまま受精が可能で、その精子の機能は損なわれていないことが明らかとなりました。

  1. 背景
    •  昆虫類の体内、特に細胞の中には様々な微生物が共生し、宿主昆虫が生産できない栄養を供給したり、宿主昆虫の生殖活動に影響したりするものが数多く発見されています。農業上重要な害虫のなかにもこのような共生微生物に依存して生活が成り立っているものが多数存在するため、生物研では、害虫と共生微生物の相互作用メカニズムの解明に取り組んでいます。
    •  イネの害虫であるツマグロヨコバイ(図1)の体内には、サルシア1)、ナスイア2)、共生リケッチア3)の3種の共生細菌が棲みついています。このうちサルシアとナスイアはバクテリオームと呼ばれる特殊な組織内にだけ存在し、宿主であるヨコバイに栄養を供給していることが分かっています。一方、ヨコバイの全身の細胞内に感染している共生リケッチアは抗生物質処理で体内から除去しても、ヨコバイの生存には影響がなく、宿主昆虫にどのような影響を与えているかは今のところ分かっていません。昆虫の細胞内共生細菌は通常、宿主の細胞質に存在し、雌成虫の卵の細胞質に感染した状態で雌親から子へ伝播します。このような母性伝播によって子孫に伝えられることが共生関係の維持に重要です。一方、雄の精子には細胞質がほとんど存在しないことや、精子はサイズが小さいことなどから、共生微生物が精子を介して雄親から子へ伝播することはないと考えられていました。
  2. 研究の成果
    •  ツマグロヨコバイの共生リケッチアはヨコバイの細胞の細胞質だけでなく細胞核内にも侵入し、増殖していました。成熟した精子の核内にも、共生リケッチアが多数見つかりました(図2)。共生リケッチアを保持していないツマグロヨコバイの雌成虫と共生リケッチアを保持する雄成虫とを交配させたところ、産まれた次世代の幼虫の約60%が共生リケッチアを持っていました(図3)。これらの結果は雄親由来の共生リケッチアが子のヨコバイに伝わったことを示しており、雄親から子へ精子を介して共生細菌が伝播する現象が今回初めて発見されました(図4)。しかも、精子の細胞核の中に細菌を保持したまま、受精が可能で、その精子の機能は損なわれていないことが明らかとなりました。
  3. 今後の期待
    • 昆虫に共生するリケッチアには雄殺しや産雌性単為生殖など、宿主の生殖を操作するものが見つかっていますので、現在、ツマグロヨコバイの共生リケッチアが宿主の繁殖にどのような影響をもたらすかを調べています。本細菌は両方の親から子に伝わるので、非感染の個体へ素早く感染が拡大します。もし、生殖を操作する能力があれば、効率的な害虫制御技術の開発につながると考えています。また、共生リケッチアが精子核へ侵入する機構解明のために、共生細菌を遺伝子操作する技術等の開発も進めています。
本研究の一部は、独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 生物系特定産業技術研究支援センター「イノベーション創出基礎的研究推進事業(BRAIN)」(平成20年〜24年度)の助成を受けて行われました。
発表論文
Watanabe K, Yukuhiro F, Matsuura Y, Fukatsu T, Noda H (2014) Intrasperm vertical symbiont transmission Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 111(20):7433-7437 DOI:10.1073/pnas.1402476111
<研究担当者>
(独)農業生物資源研究所 昆虫研究科学領域 昆虫微生物機能研究ユニット
主任研究員 渡部 賢司
電話:029-838-6166 E-mail : nabek@affrc.go.jp
(独)産業技術総合研究所 生物プロセス研究部門 生物共生進化機構研究グループ
首席研究員(兼)研究グループ長 深津 武馬
用語の説明
1)サルシア
バクテロイデス網に属する細菌で、学名はCandidatus Sulcia muelleri。ヨコバイ類および近縁な半翅目昆虫に広く共生する細菌で、バクテリオームと呼ばれる特殊な組織内に局在する。
2)ナスイア
βプロテオバクテリア網に属する細菌で、学名はCandidatus Nasuia deltocephalinicola。ヨコバイ類に共生する細菌で、サルシアとともにバクテリオームと呼ばれる特殊な組織内に局在する。
3)共生リケッチア
αプロテオバクテリア網のリケッチア属に属する細菌でウイルスと同じように宿主の細胞外では増殖できない。リケッチア属にはヒトに発疹チフスあるいは各種リケッチア症を引き起こす病原細菌のグループが含まれるが、ツマグロヨコバイの共生リケッチアは病原性を持たない。
図1 イネを加害するツマグロヨコバイ雄成虫
図2 精子の中に侵入した共生リケッチア
(A)共焦点レーザー顕微鏡像:蛍光 in situハイブリダイゼ-ション法(FISH法、核酸に蛍光色素を付けて特定の核酸を識別する)による細菌の観察。精子核(青色)の中の細菌(ピンク色)を可視化した。(B)電子顕微鏡像:長細い精子の核の中に卵型の細菌がみられる。
図3 共生リケッチア感染虫(R+)と共生リケッチア非感染虫(R-)との交配実験
非感染雌と感染雄の交配(R- x R+、左から3番目)でも約60%の次世代幼虫に共生リケッチアが伝播した。
図4.従来分かっていた共生細菌の伝搬方法は、細胞質にある細菌が卵子を通じて子に伝わる。新しく見つかった、ツマグロヨコバイの共生リケッチアの伝搬方法は、精子の核を通じても子に伝わる。

【掲載新聞】12月10日:化学工業日報

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