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プレスリリース

平成13年4月25日
独立行政法人 農業生物資源研究所

トノサマバッタの生息密度(大発生時や通常の低密度下)に応じて変わる体色を制御するホルモン機構の解明

〜 一世紀にわたる謎を解く 〜

[背景・ねらい]

20世紀初頭まで、群飛して作物に被害をもたらす黒化した集団と通常の低密度下で現れる体色の薄いトノサマバッタとは別種であるとみなされていた。1921年にイギリスの研究者B. ウバロフによって、二つの集団は棲息条件の違いによって起こる多型現象であるという理論が提唱された。それ以来、棲息密度に応じて変化する相変異の研究はヨーロッパを中心に盛んに行われてきたが、条件次第で著しく変化する体色のホルモン機構は謎のままであった。本研究は、この機構を明らかにし、大発生の要となる相変異の解明を目指す。
相変異棲息密度の変化に応じて、行動、体色、形態等が変化する現象で、低密度バッタを孤独相、高密度バッタを群生相と呼ぶ。

[成果の内容:特徴]

ホルモンの検定には体色の薄いバッタが大量に必要であった。それには大量に幼虫を個体飼育する必要があり、研究推進上最大の障害となっていた。本研究では、集団飼育しても白色のアルビノ突然変異系統(図1)を利用し、脳とその近くにある側心体という器官に黒化誘導物質があることを突き止め、2年前にその化学構造を突き止めた。そのホルモン(H−コラゾニン)をアルビノ幼虫に注射することにより、投与する濃度とそのタイミングに応じて、低密度条件下で見られる様々な幼虫期の隠蔽色(茶、紫、黒、褐色、赤褐色等)や大発生時に見られる黒とオレンジ色の体色を誘導できることが、今回明らかとなった(図2)。また、緑色型幼虫の体色には、今まで知られていた緑色を誘導する幼若ホルモンに加えて、H−コラゾニンが必要であることも証明された(図2A)。黒とオレンジ色の大発生時特有の(群生相)体色は、高密度条件下のみで発現する(図2E)。野外で採集した低密度(孤独相)幼虫にH-コラゾニンを注射することによって、その群生相特有の体色を誘導することにも成功し(図3)、体色多型のホルモン制御機構のモデルを提唱した。また、60種の昆虫でテストした結果、H-コラゾニンと同様の活性を持つ物質が、カナブンやカミキリ等の甲虫目を除く10の昆虫目(直翅目、ハサミムシ目、シロアリ目、ゴキブリ目、同翅目、半翅目、鱗翅目、双翅目、トンボ目、膜翅目)にも広く存在することが判明し、その一部からはもう一つのコラゾニン(A-コラゾニン)の存在が明らかとなった。
H−コラゾニン1991年にアメリカの研究者によって別のバッタから単離されたペプチドで、機能は不明とされていた。

[今後の課題]

  1. H−コラゾニンの相変異における役割(体色以外の行動や形態形成における機能)を解明する。
  2. H-コラゾニンの遺伝子の単離と発現機構の解明
  3. アルビノ突然変異の機構解明
  4. 他の昆虫に存在するコラゾニン様物質の正体とその機能を解明する。

[期待される成果]

  1. トノサマバッタやアフリカサバクトビバッタの相変異におけるH−コラゾニンの機能が解明され、新防除法が開発される。
  2. 様々な昆虫のコラゾニン様物質の構造と機能の解明を通して、ペプチドホルモンの進化を理解するモデルとなる。

 

研究責任者独立行政法人 農業生物資源研究所 理事長桂 直樹
研究推進責任者同研究所 生体機能研究グループ長新保 博TEL 0298-38-6102
研究担当者同研究所 生体機能研究グループ
生活史制御研究チーム長
田中誠二TEL 0298-38-6110
広報担当者同研究所 企画調整部 広報普及課長宮前正義TEL 0298-38-6011


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