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プレスリリース
平成13年8月29日
独立行政法人 農業技術研究機構 畜産草地研究所
大分県畜産試験場
独立行政法人 農業生物資源研究所






体細胞クローン雄牛の精子テロメア長の正常性



[背景・ねらい]

 独立行政法人農業技術研究機構畜産草地研究所、独立行政法人農業生物資源研究所および大分県畜産試験場は共同で、体細胞核移植技術によるクローン牛の作出およびそのテロメア解析に関する研究を行っている。
 テロメアは染色体の末端にある遺伝子配列で、細胞の分裂回数や寿命に関係しているとされている。世界最初のクローン羊ドリーではこのテロメア長が短かったと報告され、クローン動物におけるテロメア長が関心を集めている。
 大分県所有の種雄牛・糸福号から12歳時に採取した筋肉由来細胞の核を用いて作出されたクローン牛(夢福号および第二夢福号)が平成10年11月24日および11年4月16日に誕生した。その後、これら体細胞クローン牛の発育状況や繁殖能力等について詳細な調査試験を実施しており、既に生時体重や発育曲線、精液の性状が正常であることが示され、平成12年秋に人工授精により産子が数頭生まれている。
 今回、加齢した細胞から作出された体細胞クローン牛やその精子によって生産された子牛のテロメア長が、ドリーのように短くなっているのか、あるいは正常な長さに戻っているのか明らかにするために、ドナー細胞や白血球、精子のテロメア長を測定した。
 本研究は、農林水産省委託プロジェクトである21世紀グリーンフロンティア研究「体細胞クローン動物における個体発生機構に関する研究」による成果である。

[成果の内容・特徴]

 1.体細胞クローン牛・夢福号と第二夢福号の生時の白血球テロメア長は19.6、19.9kbであり、ドナー細胞とほぼ同じ長さであった。それらの2歳時の精子テロメア長はそれぞれ26.0、20.7kbであり、通常の精子のテロメア長と同等であった。生殖系列細胞のテロメアはテロメラーゼの作用によって常に長さが維持されているということが定説となっており、体細胞クローン牛においてもそのメカニズムが正常に機能していることが判明した。
 2.体細胞クローン牛・夢福号の精液を通常の雌牛に人工授精して得られた産子の白血球テロメア長は、17.4〜21.9kbであった。ウシのテロメア短縮の極限値は、長期間継代培養を繰り返して増殖停止に至った細胞を用いて9.6kbであることを明らかにしており、それと比較するといずれの後代産子のテロメア長も充分に長いものであった。さらに、いずれの産子においても、生時体重や発育に関して現在のところ正常である。
 なお、体細胞クローン牛のテロメア長のデータについて、一部は既に学会等で発表を行っているが、今回の成果は平成13年9月6日に日本繁殖生物学会(東京都府中市)で発表予定である。

[今後の計画]

 上記クローン牛および生まれた子牛については、今後も定期的な観察・調査を継続して基礎データの集積を図り、老化の程度や生産性とテロメア長変化との関連を明らかにして、クローン牛の健全性などの解明を行う。

老齢の細胞提供牛においても、精子テロメア長は短縮することなく維持されている。クローン牛の精子テロメア長も正常であった。

D:糸福(7歳時)22.2kb
A:夢福(2歳時)26.0kb
B:第二福夢(2歳時)20.7kb
C:一般牛(参考)23.5kb

図1 細胞提供牛、クローン牛の精子テロメア長


細胞提供牛の白血球テロメア長は老齢ゆえ短縮しているが、クローン牛とその産子8頭は正常な子牛の長さのテロメア長を有していた。レーン2の産子のみテロメアが短い。
D:糸福(14歳時)17.2kb,
A:夢福(0歳時)19.6kb,B:第二夢福(0歳時)19.9kb
1〜9:クローン牛の精液を人工授精して得た産子
1:20.4kb,2:17.4kb,3:20.0kb,4:21.4kb,5:21.9kb,
6:21.0kb,7:19.9kb,8:19.0kb,9:19.5kb
図2 細胞提供牛、クローン牛とその産子の白血球テロメア長


[用語解説]

【テロメア】  染色体末端に特有なDNA・タンパク質複合体構造で、DNAはTTAGGGの繰り返し構造で構成されている。細胞分裂に伴い末端から短縮するため、細胞老化の指標となる。極限まで短縮すると、細胞増殖を停止させる機構がある。癌化した細胞ではこの機構が壊れているために、増殖を続けることができる。

【テロメラーゼ】  テロメアの末端を伸長する方向に作用する酵素。特に生殖細胞ではきわめて多数回の細胞分裂が行われているが、この酵素の作用によりテロメア長は一定に維持されている。体細胞においては、一部の幹細胞を除き、ほとんど活性がない。

【種雄牛】  いわゆる繁殖用種オスの牛。大多数の雄牛は去勢・肥育されて2〜3歳でと畜され食肉となるが、遺伝的能力に優れた雄牛は特別に選ばれて種雄牛となり生涯精液を採取され、人工授精により多いものでは数万頭の子畜を生産する。通常10〜15年の寿命であるが、24歳9ヶ月という長命記録もある。


研究責任者:独立行政法人 農業技術研究機構 畜産草地研究所 所長 横内圀生
研究推進責任者:独立行政法人 農業技術研究機構 畜産草地研究所
育種繁殖部長 塩谷康生 電話:0298-38-8630
大分県畜産試験場 肉用牛生産技術部長 志賀一穂 電話:0974-76-1216
独立行政法人 農業生物資源研究所
生体機能研究グループ長 新保 博 電話:0298-38-6102
研究担当者:独立行政法人 農業生物資源研究所 生体機能研究グループ
動物細胞機能研究チーム 宮下範和 電話:0298-38-8689
広報担当者:独立行政法人 畜産草地研究所 企画調整部
情報資料第1課長 宮沼健夫 電話:0298-38-8611
独立行政法人 農業生物資源研究所 企画調整部
広報普及課長 宮前正義 電話:0298-38-7004


















[掲載新聞]
2001/08/30日本農業新聞、産経新聞、日本工業新聞、毎日新聞
2001/09/03化學工業日報
2001/09/04日経産業新聞、日刊工業新聞