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プレスリリース
平成14年4月26日
独立行政法人 農業生物資源研究所
麻布大学 獣医学部





顕微授精により子豚が誕生!!

〜 体外成熟卵子での世界初の成功例 〜



[背景・ねらい]

 農業生物資源研究所のジーンバンク事業では、家畜をはじめとする動物遺伝資源の保存を目的として、精子の凍結保存が行われています。しかし、豚では融解後の精子の受精能には個体差があり、中には運動性が劣り人工授精や体外受精を行っても受精・受胎しないものがあります。運動能力の低下によって受精能力の失われた精子を用いて家畜の妊娠・出産を可能とする技術は、希少動物・品種すなわち遺伝資源の維持・利用に必要・不可欠な技術としてその開発が望まれています。その一つの方法として顕微授精が開発されており、一部の家畜やヒトで妊娠・出産の成功例が報告されています。豚の場合、成功例は安定した受精・受胎の結果が得られる体内成熟卵子を用いた場合に限られており、多量に作出できる体外成熟卵子を用いて子豚を得ることはできませんでした。そこで、私たちは、労力・コスト面で優れた体外成熟卵子を用いた顕微授精による豚の妊娠・出産を可能とする技術の開発に取り組みました。

[成果の内容・特徴]

 受精能力のない精子と、体外成熟卵子を用いた顕微授精によって、世界で初めて豚の妊娠・出産に成功しました。精巣上体精子を凍結保存の上、融解後に尾部を切断しその頭部を、屠場から入手した卵巣から未成熟卵子を採取し、培養によって成熟させた体外成熟卵子の細胞質内に注入しました。この組み合わせでは、これまでは出産に至ることはありませんでしたが、私たちは、低酸素下で成熟培養を行い、体外成熟卵子の品質を向上させることで一連の技術を確立することができました。出産に至った経緯は次のとおりです。精子頭部の顕微注入後、電気刺激によって活性化した受精卵をレシーピエント雌豚7頭に1頭あたり55〜150個移植しました(図1)。約2〜3か月後に2頭の妊娠が確認され、このうちの1頭(100個移植のもの)が出産予定日に達しました。出産の兆候がなかったことから帝王切開を行ったところ、元気な3頭の子豚(オス1頭1.3kg、メス2頭1.4ならびに1.5kg)が誕生しました(図2)。

[今後の展開]

 本技術は運動性が悪く受精能力の劣る精子と、省力・低コストで、屠畜材料からも得られる体外成熟卵子の組み合わせによって、家畜の繁殖を可能とするもので、次のような応用が期待されます。

  1. 凍結保存精子のほか、受精能力の劣る希少動物・稀少品種の精子の利用が可能となります。
  2. 複雑な操作を必要としない簡便な精子の保存法や凍結乾燥法など新たな精子の保存法が期待できます。
  3. 精子を介した形質転換動物の効率的な作製が可能となります。

農業生物資源研究所 理事長 桂 直樹
研究責任者:農業生物資源研究所 理事 井上 元
研究推進責任者:農業生物資源研究所 遺伝資源研究グループ長 栗ア純一
電話:0298-38-7431
研究担当者:農業生物資源研究所 遺伝資源研究グループ 生殖質保全研究チーム 主任研究官 菊地和弘
電話:0298-38-7447
麻布大学 獣医学部 動物応用科学科 助教授 柏崎直巳
電話:042-769-1762
広報担当者:農業生物資源研究所 企画調整部 広報普及課長 下川幸一
電話:0298-38-7004
共同研究機関:麻布大学 〒229-8501 神奈川県相模原市淵野辺1-17-7
電話:042-754-7111(代)



















[用語解説]
顕微授精顕微授精法の代表的なものは細胞質内精子注入法(ICSI)である。受精能力の劣る精子を、マイクロマニュプレータを用い直接卵子の細胞質に注入し、人為的に受精を成立させる手法。
体外成熟卵子屠畜や斃死した雌の卵巣から未成熟卵子を取り出し、体外で培養すると受精・発生能をもつ成熟卵子が得られる。これらは排卵卵子(体内成熟卵子)と区別して体外成熟卵子と呼ばれる。豚では、1卵巣あたり平均30個の体外成熟卵子が得られる(体内成熟卵子は1排卵1卵巣あたり7個前後)が、体内成熟卵子にくらべて受精・発生能が低いとされている。
精巣上体精子精巣上体中の精子。精巣上体は古くは副睾丸と呼ばれ、精巣で生産された精子を、射出前に一時的に貯留する、あるいは成熟させる器官である。この間に精子は受精能を獲得する。雄畜が事故等により斃死した際は、遺伝資源の保存の観点から精巣上体精子は凍結保存の対照となりうる。
レシーピエント雌豚体外操作卵子や胚を移植される雌豚。「借り腹」とも呼ばれる。ホルモン製剤を投与することでレシーピエント雌豚の性周期を卵子や胚の発生段階に同期化させて、移植が行われる。
形質転換動物哺乳動物の形質転換動物の作出法の代表的な手法として、前核注入がある。この手法は、受精直後の前核内にDNAを直接注入する方法であるが、その効率は極めて低い。最近、DNA懸濁液中に精子をさらし、あるいは精巣内にDNAを注入し、DNAがまとわりついた精子を体外受精あるいは顕微授精して形質転換動物を作出する方法が考案され、効率がよいと報告されている。

[掲載新聞]
2002/04/30:化学工業新聞、日本農業新聞、日本工業新聞、日経産業新聞
2002/05/02:日刊工業新聞
2002/05/17:日本農民新聞
2002/05/24:全国農業新聞