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プレスリリース
平成14年9月25日
独立行政法人 農業生物資源研究所
東京大学大学院 農学生命科学研究科






イネミトコンドリアゲノムの全構造解読

− トウモロコシ、コムギ等の主要穀類を含む単子葉植物で世界初の解読 −

【要約】

 農業生物資源研究所と東京大学大学院農学生命科学研究科は共同で、イネのミトコンドリアゲノムの全構造を決定し、その遺伝子情報の解読を完了した。この成果は、トウモロコシ、コムギ等の主要な穀類を含む単子葉植物で世界初の報告例であり、基礎科学および農学上の波及効果は大きい。

【背景とねらい】

 ゲノム解析手法を用い、生命の設計図であるゲノムの遺伝子情報をすべて解読する研究が、世界各国で精力的に実施されている。植物細胞には3つのゲノム(核、葉緑体、ミトコンドリア)が存在し、その協調発現により生命が営まれているため、植物の生命活動を理解するためには3つのゲノムすべてについての解読が求められている。研究材料のミトコンドリアは、細胞におけるエネルギー生産を担う小器官であり、ミトコンドリアゲノムの変異が花粉不稔や罹病性と関係していることがこれまでに証明されている。

 トウモロコシ、コムギなどの主要穀物を理解するためのモデル植物として、イネの遺伝子情報の一刻も早い全解読が期待されている。イネ葉緑体ゲノムの全構造は1989年に既に決定されており、本年(2002年)12月にはイネ核ゲノムの全貌が明らかになる予定である。しかし、もう一つのゲノムであるミトコンドリアゲノム用語解説の構造については、研究は断片的であり、全構造の報告例はなかった。なお世界中で穀類植物のミトコンドリアゲノム全構造決定について激しい一等賞争いが続いてきた。

【成果の内容・特徴】

 高等植物のミトコンドリアゲノムと遺伝子発現は以下のような特徴を有している。

  1. 動物などのミトコンドリアゲノムは単一の環状の構造をしているが、高等植物のミトコンドリアゲノムは複雑なマルチパータイトと呼ばれる構造用語解説をしていること。
  2. ゲノム上の遺伝子のいくつかはイントロン用語解説により分断され、シス用語解説、あるいはトランススプライシング用語解説という機構で成熟すること。
  3. さらに複雑なことに、ゲノム上のいくつかのシトシン塩基が、転写後にチミン塩基へと書き換えられるRNAエディティング用語解説(RNAの編集による遺伝子情報の書き換え)機構が高等植物のミトコンドリアゲノムに存在するため、ゲノム情報の決定だけでは遺伝子情報を理解することはできなかったこと。
 そのため全ゲノム構造の決定および解読は容易ではなかった。

 今回の成果は、ミトコンドリアゲノムのDNA塩基の配列の並び方を決定したことに加え、その後の転写後のRNA成熟情報も解析し、遺伝子情報の解読に成功したことである。

 主要な成果は以下のとおりである。

  1. 穀類植物を含む単子葉植物のミトコンドリアゲノムの全構造決定と解読に世界で初めて成功した。
  2. 農作物で初めて、細胞内の3つのすべてのゲノムの協調発現を解明することに道筋をつけた。
  3. 具体的には、ミトコンドリアゲノムの全長は 490,520 塩基であること、 491 ヶ所においてRNAエディティングが生じていることを明らかにした。
  4. これまでに全構造の決定された双子葉植物アラビドプシスと比較すると、アラビドプシスのミトコンドリアゲノムに存在する遺伝子のいくつかは、イネのミトコンドリアゲノムから消失しており、逆にイネのミトコンドリアゲノム上の遺伝子のいくつかはアラビドプシスから消失しているなどの、植物のミトコンドリアゲノムの著しい遺伝子多様性を発見した。
  5. 進化の過程でミトコンドリアゲノムから核ゲノムへDNA断片が流出していることや、逆にミトコンドリアゲノムの中へ、核や葉緑体ゲノムからDNA断片が流入してきていることを発見した。これらのことから、高等植物の3つのゲノムが流動的にDNA断片をやりとりしている動態(ダイナミズム)が明らかになった。
【研究の意義と今後の展開】

 本成果は、トウモロコシ、コムギ、オオムギなどの主要穀物および単子葉植物のミトコンドリアゲノム情報のスタンダードとして今後の解析に利用される。研究の進んでいるヒトではミトコンドリアに起因する遺伝疾病は数十パーセントに上ることが明らかにされているが、植物のミトコンドリアに起因する遺伝現象の報告は限られている。今回の成果は、植物のミトコンドリアが果たしているであろうさまざまな役割を今後詳細に解明するための基盤情報となる。ミトコンドリアゲノムは母親からしか遺伝しないため、穀類植物などの育種における母親の役割を、遺伝子レベルで議論することが初めて可能になった。

【実施プロジェクト】

 ミトコンドリアゲノムの全構造解読は農業生物資源研究所と東京大学大学院のそれぞれの成果を結集することで達成された。
 農業生物資源研究所は「パイオニア特別研究プロジェクト」(H13-15)により実施した。
 東京大学大学院は「科学研究費補助金」(H13-15)により実施した。

【問い合わせ先】

農業生物資源研究所 理事長岩渕雅樹
研究推進責任者:農業生物資源研究所 遺伝資源研究グループ長栗ア純一
電話:0298-38-7431
研究担当者:農業生物資源研究所 遺伝資源研究グループ 遺伝子多様性研究チーム長門脇光一
農業生物資源研究所 遺伝資源研究グループ 遺伝子多様性研究チーム 研究員西川智太郎
電話:0298-38-7449
研究担当者:東京大学大学院 農学生命科学研究科 植物分子遺伝学研究室 教授平井篤志
電話:03-5841-5073
(現 名城大学 農学部 遺伝育種学研究室 電話:052-832-1151 内線6052)
広報担当者:農業生物資源研究所 広報普及課長下川幸一
電話:0298-38-7004

【用語解説】

ミトコンドリア:真核細胞の細胞小器官の一つである。TCA回路と電子伝達機能を持ち、酸素を用いての糖質の酸化による生化学的エネルギーを生産する中心的器官である。エネルギー生産を担うことからしばしば細胞における発電所に例えられる。

マルチパータイト構造:動物のミトコンドリアゲノムは単一の環状の構造をしている。一方、高等植物のミトコンドリアゲノムは長さの異なるさまざまなサイズの環状構造DNAの集合体であることが知られており、この構造をマルチパータイト構造と呼ぶ。

イントロン:介在配列のこと。遺伝子と一次転写産物にあるが,成熟したmRNAには存在しない配列。転写されたRNAはそのままタンパク質に翻訳されるのではなく、イントロン部分を取り除きエキソン部分をつなぎあわせる、スプライシングが、翻訳には必要である。イントロンは高等生物で広く観察されている。

シススプライシング:スプライシングは大きく分けて、シスとトランススプライシングがある。シススプライシングとは、成熟メッセンジャーRNAが作られる際、同じ前駆体RNA分子内でイントロンが削除されるスプライシングのことを指す。

トランススプライシング:トランススプライシングとは、成熟メッセンジャーRNAが作られる際、別々に転写された前駆体RNA分子内でイントロンが削除されるスプライシングのことを指す。
RNAエディティング:転写されたRNAが、転写後翻訳前に修飾される現象の一つ。ここではスプライシングは含めず、塩基の挿入・置換による遺伝子情報の編集機構を指す。そのため、DNA配列上で、あるアミノ酸をコードしている塩基が、RNAエディティングにより、例えば翻訳終止コドンや翻訳開始コドンや別のアミノ酸をコードする塩基へ書き換えられることになる。

参考資料1

参考資料2

参考資料3

参考資料4

【掲載新聞】

2002/09/26日本工業新聞、毎日新聞、日刊工業新聞、日経産業新聞、日本農業新聞、化学工業日報
2002/09/29日本経済新聞
2002/09/30読売新聞(夕刊)
2002/10/02農業共済新聞
2002/10/04科学新聞
2002/10/08科学新聞
2002/10/14日経産業新聞