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プレスリリース
平成15年7月15日
独立行政法人 農業生物資源研究所




イネ種子における低グルテリン形質の発現メカニズム

− 腎臓病患者向けの、より優れた医療用低蛋白質米品種の開発 −

[要約]
  LGC1は、イネの種子蛋白質であるグルテリンの含量が低下した突然変異系統で、これをもとに農業生物資源研究所が平成13年に育成した「エルジーシー1」という水稲の新品種は、慢性腎不全患者の食事療法用主食米として期待されています。農業生物資源研究所では、さらに、この低グルテリン形質が、最近、分子生物学の分野で注目されている「RNA干渉」1)により引き起こされていることを明らかにし ( The Plant Cell 15:1455-1467, 2003 ) 、その内容は5月22日付けの英国の科学雑誌 Nature にも紹介されました。突然変異の利用とその原因の遺伝子レベルでの解明という、基礎から応用までの成果が得られたことから、今後、遺伝子発現の制御手法の開発につながるものと期待されます。

[背景]
  LGC1は、イネの主要な種子貯蔵蛋白質である易消化性2)のグルテリン含量が低下する一方、やはり種子貯蔵蛋白質であるプロラミンが増加した突然変異系統です。プロラミンは難消化性2)で人体ではほとんど消化されないことから、LGC1は実用上低蛋白質米として利用可能です。
  この突然変異系統をもとに育成された「エルジーシー1」(図1、平成13年命名登録、農業生物資源研究所・農研機構作物研究所)、「春陽」(平成13年命名登録、農研機構中央農業総合研究センター)、「LGCソフト」(平成14年命名登録、農研機構近畿中国四国農業研究センター・農業生物資源研究所)は、蛋白質摂取が制限される腎臓病患者への医療用米としての利用が始まっています。
  この低グルテリン形質は単一の優性突然変異遺伝子 Lgc1 により制御されていますが、農業生物資源研究所では、この遺伝子の働きの実態を解明しました。

[低グルテリンのメカニズムの解明]

  1. 正常型のイネでは、グルテリン蛋白質をコードしている二つの非常によく似た遺伝子グルテリンB4とグルテリンB5が逆方向を向いて並んでいますが、LGC1では、二つのグルテリン遺伝子の間に約3.5kbの欠失が生じていることが判明しました(図2)。
  2. この欠失により、グルテリンB5遺伝子の転写終結点が失われることで、グルテリンB5遺伝子からのRNAへの転写がグルテリンB4遺伝子にまで進んでしまいます。その結果、両側に相補的な塩基配列を持つRNAができ、この相補配列部分が結合して2重鎖RNA3)領域を持つヘアピン型のRNA4)が生産されるものと推測されます。
  3. このような2重鎖RNAは、RNA干渉 ( RNAi ) と呼ばれるmRNAの分解を引き起こすことが知られており、LGC1ではグルテリンを作るmRNAが分解されるためにグルテリン含量が低下するということが分かりました。
  4. グルテリンは多重遺伝子族5)を形成していますが、Lgc1はその本体であるグルテリンB4・B5遺伝子に対する相同性6)の程度に応じて遺伝子発現を抑制することが分かりました。
  5. この研究は、RNA干渉により突然変異形質が引き起こされることが示された最初の例です。
[今後の展開]
  1. RNA干渉は効率的な遺伝子発現抑制法として最近注目され、実験的に遺伝子発現を抑制してその機能を調べるために使われています。この研究ではRNA干渉は相同性に依存した形で遺伝子発現抑制することが分かりましたが、このことは標的となる遺伝子との相同性を調節することにより、遺伝子発現程度を制御出来る可能性を示しています。
  2. LGC1よりさらに易消化性蛋白質の含有率が少なく、食味が向上した系統を開発するために、放射線育種場(茨城県那珂郡大宮町)ではLGC1とαグロブリン欠失突然変異系統(コシヒカリ由来)との交配により、易消化性蛋白質が通常品種の半分近くまで減少した有望系統を育成しているところです。これは極めて近い将来、命名登録される見込みです。
[実施研究事業]
  以上の研究開発は、イネゲノム、次世代稲作および連携実用化のプロジェクト研究の一環として実施されたものです。

図1. 品種エルジーシー1の育成

図2. 低グルテリン形質発現のメカニズム


[用語解説]

  1. RNA干渉
    2重鎖RNAにより遺伝子発現が抑制されること。もともと線虫で発見された現象ですが、現在ではヒトや植物をはじめ様々な生物種がこのメカニズムを持っていることが明らかになっています。
  2. 難/易消化性
    白米は約7%の蛋白質を含みます。米の蛋白質はその大部分がプロティンボディ ( PB ) に局在しています。PBIにはプロラミンが、PBIIにはグルテリンやグロブリンが主に局在します。PBIはペプシンに対して難消化性を示すため、ヒトに摂取された場合、未消化のまま排泄されます。
  3. 2重鎖RNA
    mRNAなどは通常1本鎖ですが、対になる構造を持つとDNAのように2重鎖を形成することがあります。
  4. RNA
    遺伝子の本体であるDNAを鋳型に作られます。このことを「転写」と呼びます。RNAには様々なものがありますが、mRNAは蛋白質の「設計図」で「翻訳」され蛋白質になります。
  5. 多重遺伝子族
    複数の同じ種類の遺伝子から成る遺伝子群。
  6. 相同性
    塩基配列の類似性。


研究代表者農業生物資源研究所 理事長岩渕雅樹
研究推進責任者農業生物資源研究所 放射線育種場長永冨成紀
研究担当者農業生物資源研究所 放射線育種場 突然変異研究チーム長西村 実
農業生物資源研究所 放射線育種場 突然変異研究チーム 主任研究官草場 信
Tel:0295-52-1138, Fax:0295-53-1075
E-Mail: nisimura@affrc.go.jp, kusaba@affrc.go.jp
広報担当者農業生物資源研究所 企画調整部 情報広報課長下川幸一
Tel:029-838-7004











[掲載新聞]
2003/07/16日本工業新聞、日刊工業新聞、化学工業日報
2003/07/17日経産業新聞
2003/08/01科学新聞
2003/08/29科学新聞


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