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プレスリリース
平成15年8月27日
独立行政法人 農業生物資源研究所
科学技術振興事業団






大気中の二酸化炭素をカイコやクモが糸に取り込むこと
を世界で初めて実証

- 生物学の常識を覆すカイコやクモの特性に関する新たな知見 -

【要約】
  独立行政法人農業生物資源研究所(理事長:岩渕雅樹)と科学技術振興事業団(理事長:沖村憲樹)は、戦略的創造研究推進事業の研究テーマ「エネルギーミニマム型高分子形成システム技術の開発」(研究代表者:馬越 淳、独立行政法人農業生物資源研究所)が進めている研究において、カイコやクモが糸を形成する際に大気中の二酸化炭素を糸に取り込むことを、世界で初めて明らかにした。従来から、大気中の二酸化炭素を利用できるのは、植物、光合成細菌と一部の微生物だけと考えられていただけに、動物も同様のことができることを突き止めたことは、生物学、昆虫学の新たな発見である。

【背景】
  大気中の二酸化炭素を利用できるのは、植物と光合成細菌やサンゴなどの一部の微生物だけで、動物は利用できないと考えられてきた。炭素には質量数が12と13の同位体用語説明1)12Cと13C)が存在し、通常の大気条件での二酸化炭素には、99対1の比で含まれている。一般的に昆虫などの小動物の炭素同位体の割合は、食べ物と同じ値となる。しかしながら、カイコの繊維形成の研究を進めている中で、カイコの繭糸と食物中の炭素の同位体の割合には、0.2%程度の有意差が存在することが明らかになった。このことから、大気中の二酸化炭素をカイコが繭糸の中に取り込んでいることが推測された。

【研究成果の概要】
1)大気中の二酸化炭素を糸に取り込んでいることの実証
  13Cは安定性が高く、生物における炭素の取り込み並びに代謝を解析する研究においてマーカーとして広く用いられている。カイコやクモが大気中の二酸化炭素を糸に取り込むことを実証するために、二酸化炭素の濃度をほとんど変えずに、二酸化炭素に含まれる13Cの割合を高めた容器にカイコを入れて繭を作らせ、13Cトレーサー実験用語説明2)を行った(図1)。その結果、大気条件で作らせた繭糸(対照実験)に比べ、トレーサー実験の繭糸における13Cの割合は有意に高くなった(図2)。このことにより、大気中の二酸化炭素をカイコやクモが糸に取り込んでいることが判明した。
2)糸に取り込んだ二酸化炭素の同定
  どのような形で糸の中に二酸化炭素を取り込んでいるのかを調べるため、繭糸を構成するアミノ酸に分解し、核磁気共鳴測定用語説明3)を行った。この測定法は、得られるピークの高さにより特定の物質が13Cを含むかどうかを明らかにすることができ、その結果、大気中の13Cが、繭糸を構成しているアミノ酸(アラニン、アスパラギン酸、セリン及びグリシン)に取り込まれていることが判明した(図3)。
  [参考(図4):二酸化炭素がアミノ酸に取り込まれる代謝回路のモデル図]

【研究の意義と今後の展開】
  昆虫が大気中の二酸化炭素を糸の中に取り込むということは、生物学、昆虫学の常識を覆す発見であり、昆虫や動物の持つ新たな特性に関する研究の先鞭となると考えられる。更に生化学、分子生物学を用いた解析を進めることで、昆虫が大気中の二酸化炭素を固定する未知のメカニズムが明らかになることが期待される。

【実施プロジェクト研究等】
  交付金(独立行政法人農業生物資源研究所)
  戦略的創造研究推進事業(科学技術振興事業団)

【発表論文】
  Biomacromolecules 4,778-782,2003(アメリカ化学会発行の生体高分子関係国際誌)

 

独立行政法人農業生物資源研究所
研究代表者:農業生物資源研究所理事長岩渕雅樹
研究推進責任者:農業生物資源研究所
生体高分子研究グループ長小林幹彦
研究担当者:農業生物資源研究所
生体高分子グループ馬越 淳
電話:029-838-7463
科学技術振興事業団研究員田中稔久
農業生物資源研究所
生理機能研究グループ
物質代謝研究チーム石丸 健
広報担当者:農業生物資源研究所
企画調整部情報広報課長下川幸一
電話:029-838-7004
科学技術振興事業団 戦略的創造研究推進事業
研究領域:資源循環・エネルギーミニマム型システム技術
研究総括:芝浦工業大学客員教授平田 賢
研究期間:平成10年度〜平成15年度
研究代表者:農業生物資源研究所
生体高分子グループ馬越 淳
電話:029-838-7463
事業の問い合わせ先:科学技術振興事業団
研究推進部研究第一課森本茂雄
電話:048-226-5635

 

<用語説明>
1)同位体:同じ原子でも質量数が異なる原子を互いに同位体であると言い、動物は同位体を区別せずに利用している。自然条件下において炭素には、12C、13Cの2種類の同位体が存在する。13C同位体存在比(atom%)は(13C/(12C+13C)、モル比)より求められ、炭素の天然存在比は、12C:13=98.892:1.108である。
2)13Cトレーサー実験:13Cは安定性が高く反応特性が12Cと全く同じであることを利用して、生物における炭素の取り込み並びに代謝を解析する研究におけるマーカーとして広く用いられている。通常の実験方法としては、密閉した容器内に含まれる二酸化炭素を吸着した後、13Cを含む二酸化炭素を付加し、取り込み量並びに代謝物質を解析する。
3)核磁気共鳴測定(NMR)測定:13C原子の周りの情報から、試料の化学構造を決定するのに用いられる測定方法。同じ分子でも構成する同位体の差異によって、基準物質のスペクトルからの位置(化学シフト)が異なる。

 

図1.炭素の同位体(13C)を用いたカイコが大気中の二酸化炭素を糸に取り込むことの実証実験

 

図2.繭糸中の13C同位体存在比による取り込み量の測定
大気中の二酸化炭素が糸に取り込まれていることを定量的に明らかにした。
用いた全ての試料の対照実験と13C処理実験において、12Cに対する13Cの存在比には有意差が見られた。

 

図3.核磁気共鳴測定による繭糸に取り込まれた二酸化炭素の同定
*印は取り込まれた炭素を示す。
大気中の二酸化炭素の炭素は、繭糸を構成するアミノ酸のカルボニル基や、アスパラギン酸のCγ位の炭素として繭糸中に取り込まれている。

 

図4.大気中の二酸化炭素をカイコが繭糸を構成するアミノ酸の中へ取り込む代謝回路のモデル図
ピルビン酸からオキサロ酢酸へ変化するときに、大気中の二酸化炭素はオキサロ酢酸の炭素(COO−)として取り込まれ、トリカルボン酸(TCA)回路を経て、アスパラギン酸、セリン、グリシン、アラニンに取り込まれると考えられる。

 

[掲載新聞]
2003/08/28毎日新聞、日本農業新聞、産経新聞、朝日新聞、日本工業新聞、日刊工業新聞、化学工業新聞
2003/09/23世界日報
2003/09/28日本経済新聞
2003/10/13常陽新聞


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