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プレスリリース

平成15年12月22日
独立行政法人 農業・生物系特定産業技術研究機構
  中央農業総合研究センター 北陸研究センター
  作物ゲノム育種センター
独立行政法人 農業生物資源研究所
クミアイ化学工業株式会社








我が国独自の技術で安心な組換えイネを開発

- 大規模な減農薬栽培を実現する成果 -

  中央農業総合研究センター北陸研究センター、作物ゲノム育種センター、農業生物資源研究所およびクミアイ化学工業株式会社は、導入遺伝子を可食部で働かせない技術、イネ遺伝子を使った新しい組換え体の選抜技術および野菜から取り出した病気に強い遺伝子などの、我が国独自の遺伝子組換え技術を統合して、複合病害抵抗性が付与された組換えイネ系統の作出に成功しました。本研究成果は、大規模な減農薬栽培を実現する安心な組換えイネの実用化への貢献が期待されるものです。

【独自に開発した新技術】

  安全省力化と減農薬栽培を実現し高品質な米を生産するためには、より安心できる遺伝子組換え技術の開発とともに、病気に強い遺伝子組換えイネ系統の開発が重要な課題です。
  本研究では、作物由来の病気に強い遺伝子を用い、抗生物質耐性遺伝子を使用せず、導入遺伝子を可食部で働かせないという発想により、いもち病などのイネの重要病害に抵抗性を示す組換えイネの開発を目指しました。
  本研究では、国内で開発された遺伝子組換え体にかかわる様々な新技術を統合することにより( 図1 )、減農薬栽培を実現する安心な組換えイネの作出が可能になりました。
  具体的には、今回の組換えイネは皆さんの安心感に配慮し、導入遺伝子は可食部で働かないように、以下に示した我が国独自の要素技術を主体として作り出したものです。

  1. 可食部で遺伝子を働かせない技術
  2. イネ遺伝子を使った新しい組換え体の選抜技術
  3. 野菜から取り出した病気に強い遺伝子
1) 可食部で遺伝子を働かせない技術の詳細
  北陸研究センターでは、遺伝子の働きを制御する「スイッチ」の役割を果たすプロモーターをイネから独自に取り出すことに成功し(特許出願中)、可食部で発現しないように工夫しています。
  従来は、「導入したい遺伝子」と「組換え細胞を選抜できるマーカー遺伝子」をそれぞれ必要なタイミングで働かせるように工夫したプロモーターの組み合わせはありませんでした。

2) イネ遺伝子を使った新しい組換え体の選抜技術の詳細
  安心に配慮した選抜マーカー遺伝子として、イネ由来の除草剤抵抗性遺伝子(自然変異型アセト乳酸合成酵素遺伝子:mALS)を組換え体の選抜に用います。これらの遺伝子を導入したイネ細胞は、mALSの効果により除草剤(ビスピリバックナトリウム塩)を含む培地で生長できるため、非組換え細胞と容易に区別できることを確認しています。
  従来の組換え体作出には、微生物等から得た抗生物質耐性遺伝子をマーカー遺伝子として主に用いてきましたが、今回はイネ由来の全く新しい選抜マーカー遺伝子を用いました。

3) 野菜から取り出した病気に強い遺伝子の詳細
  北陸研究センターでは、複数のアブラナ科野菜からイネに複合病害抵抗性を付与できる抗菌蛋白質ディフェンシン遺伝子を独自に単離してきました。その中から、カラシナ由来のディフェンシン遺伝子が複合病害抵抗性付与に最も効果の高いことを確認し、本研究に用いています(特許出願公開中:特開2003−88379)。
  従来、イネへの病害抵抗性の付与効果が検証されている遺伝子は限られており、しかもそれには既存特許等の問題が残されていました。

【新技術の統合による組換えイネの開発】

  今回作出したイネ組換え体には、イネに複合病害抵抗性を付与できるカラシナ由来の抗菌蛋白質ディフェンシン遺伝子と、特定の除草剤に抵抗性を示すイネ由来の選抜マーカー遺伝子(自然変異型アセト乳酸合成酵素遺伝子:mALS)が組み込まれています。これらの遺伝子を導入したイネ細胞は、mALSの効果により除草剤(ビスピリバックナトリウム塩)を含む培地で生長できるため、非組換え細胞と容易に区別できます。また、ディフェンシンの効果によりイネの最重要病害であるいもち病と白葉枯病に強い抵抗性を示す組換えイネ系統を得ることができます( 図2、3 )。さらにmALS遺伝子は細胞選抜時、ディフェンシン遺伝子は緑色組織のみで発現し、いずれも可食部で発現しません。

【本成果の意義】

  本成果は、作物由来の導入遺伝子およびプロモーターを用い、導入遺伝子を必要なときにだけ働かせ、可食部で発現させないことで、より安心できる病害抵抗性組換え作物が開発可能なことを具体的に示した初めての成果として、減農薬栽培を実現する安心な組換えイネの実用化への貢献が期待されるものです。
  なお本研究は、作物ゲノム育種センター「重点事項研究強化費」、農林水産省交付金プロジェクト研究「遺伝子組換え技術を応用した次世代型植物の開発に関する研究 組換え1系の1 ディフェンシン遺伝子導入による実用的な複合病害抵抗性組換えイネ系統の開発」、農林水産省委託プロジェクト「パイオニア特別研究 バイオテクノロジー分野 いもち病菌等に対するアブラナ科抗菌遺伝子ディフェンシングの活性領域の解析と改変強化による複合病害抵抗性組換えイネ系統の開発」、独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構交付金プロジェクト研究「安全性に配慮した実用的な病害抵抗性組換えイネ系統の開発」によって行われました。

研究推進責任者:(独)農業・生物系特定産業技術研究機構 中央農業総合研究センター
北陸研究センター 北陸地域基盤研究部長 田中宥司
(独)農業・生物系特定産業技術研究機構 作物ゲノム育種センター
センター長 久保友明
(独)農業生物資源研究所 新生物資源創出研究グループ
グループ長 岡 成美
クミアイ化学工業株式会社
専務取締役 研究開発本部長 石原英助
研究担当者:(独)農業・生物系特定産業技術研究機構 中央農業総合研究センター
北陸研究センター 北陸地域基盤研究部
稲組換研究チーム長
 
川田元滋
Tel:025-526-8319
(独)農業・生物系特定産業技術研究機構 作物ゲノム育種センター
上席研究官 大島正弘
Tel:029-838-8162
(独)農業生物資源研究所 生理機能研究グループ
上席研究官 田中喜之
Tel:029-838-8376
クミアイ化学工業株式会社 研究開発本部 研究開発部 企画課
課長 井沢典彦
Tel:03-3822-5178
広報担当者:(独)農業・生物系特定産業技術研究機構
  中央農業総合研究センター 情報資料課長 前田榮一
Tel:029-838-8979
  北陸研究センター 情報管理係長 横田道子
Tel:025-526-3201
(独)農業生物資源研究所 情報広報課長 下川幸一
Tel:029-838-7004

図1図2図3

【用語解説】

作物ゲノム育種センター
  ゲノム研究の成果を作物育種に活用する研究を加速するため、独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構は平成15年4月1日に「作物ゲノム育種センター」を設置した。具体的には、農研機構内の3研究所(中央農業総合研究センター、作物研究所、北海道農業研究センター)に遺伝子組換え研究グループとして5チームを編成し、当面、稲、小麦、大豆を対象に、耐病性稲、機能性稲、穂発芽耐性小麦、耐寒性小麦、耐湿性大豆などの開発を行っている。また、DNAマーカー研究グループを設置し、品種開発に有用な新たな選抜技術の開発と実用品種の早期開発を目指している。また、研究開発の一元化と強化を図るため、作物ゲノム育種センター長として作物研究所に作物ゲノム研究官(久保友明)を設置すると共に、知的財産権担当の上席研究官を設置した。なお、作物ゲノム育種センターは機動性と柔軟性を確保するため、併任を活用したバーチャル研究所として運営されている。

可食部で導入遺伝子を働かせない技術
  遺伝子が働く場所や時期は、プロモーターという「スイッチ」の働きをするDNA配列によって制御されている。今回導入した遺伝子のうち「組換え細胞を選抜できるマーカー遺伝子」は植物体になる前段階(カルス)で、また「病気に強い遺伝子」は葉茎部で働くことによって目的を達成することができる。本技術は、「病気に強い遺伝子」と「組換え細胞を選抜できるマーカー遺伝子」をそれぞれ必要なタイミングで働かせるために、独自に取得したイネ由来のプロモーターの中から適当な性質を持つ組み合わせを選び出し、可食部で導入遺伝子を働かせない(導入遺伝子由来の蛋白質が米粒に蓄積することを抑制する)ように工夫したものである。

自然変異型アセト乳酸合成酵素
 アセト乳酸合成酵素はイソロイシン、バリン、ロイシン合成系の酵素であり、植物に広く存在する。除草剤ビスピリバックナトリウム塩はこの酵素の活性を阻害することによって除草効果を発揮する。通常のイネはこの除草剤によって枯れるが、イネの培養細胞の中に、これに対する耐性を獲得したものが自然変異として見いだされた。この耐性の原因を調査した結果、アセト乳酸合成酵素タンパク質に2カ所のアミノ酸置換が生じたことによってビスピリバックナトリウム塩による酵素活性の阻害が起きなくなったことが判明した。

イネゲノム研究との関連
 本研究で用いた「カルス状態で特異的に発現するプロモーター」はイネゲノムプロジェクトの一環として実施されたcDNAのランダムシーケンスの結果を参照して取得されたものである。


【掲載新聞】
2003/12/23日本農業新聞、常陽新聞
2003/12/24毎日新聞、日経産業新聞、日本工業新聞、化学工業日報

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