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プレスリリース
平成17年6月24日
独立行政法人 農業生物資源研究所




バイオメディカル産業に貢献する遺伝子組換え豚と山羊の生産に成功

【要約】
  (独)農業生物資源研究所では、家畜をバイオメディカル産業で利活用するため、(独)農業・生物系特定産業技術研究機構畜産草地研究所の協力のもと、体細胞クローン技術と遺伝子組換え技術を組み合わせた手法により、新たな家畜の開発に取り組んでいます。その成果の一つとして、このたび遺伝子組換え豚と山羊の生産に相次いで成功しました。
  今回誕生した遺伝子組換え豚は、名古屋大学医学部、プライムテック株式会社と共同研究による成果であり、医療用のモデル動物としての利用が期待されるものです。また、遺伝子組換え山羊は、生理活性物質を多く含む乳汁の生産を目的としたものであり、効率的な医薬品原料生産方法としての利用が期待されます。

【背景】
  医薬品開発や治療法の開発、再生医療研究などバイオメディカルの分野では、家畜の利用が強く期待されています。豚は解剖学的にも生理学的にも人間に近いため、疾患モデルを初めとする移植医療用のモデルとしての有利な点を多く有しています。また、山羊などの乳汁中に生理活性物質等を分泌させることができれば、医薬原料となる生理活性が高い、多種類のタンパク質を効率的にかつ大量に生産することが可能になると考えられています。ただし、これらを実現するためには、確実な遺伝子組換え技術が欠かせません。
  ところが、従来の受精直後の前核期の卵に外来遺伝子を注入する遺伝子導入法では、遺伝子組換え家畜の作出効率が1〜3%前後と低く、その遺伝子が実際に機能する割合は、さらにその1/5〜1/10にあるため、使用できる頭数や施設の規模の制約を考えると、わが国では実施しにくい状況でした。
  一方、遺伝子導入技術と体細胞クローン技術を組み合わせれば、培養体細胞への遺伝子の導入ならびに導入した遺伝子の発現確認が容易となり、期待する遺伝子組換え動物が得られる機会を飛躍的に増大させることが可能です。そのため、体細胞クローン技術を用いた遺伝子組換え家畜の作出に関する研究開発が注目を集めています。

【内容】

  1. 体細胞クローン技術を応用した遺伝子組換え豚と山羊の生産に成功しました。手法は、体細胞への遺伝子導入、導入された細胞の的確な選抜、体細胞核移植によるクローン胚の作出と借り親への移植からなります(図1)。この方法により導入遺伝子を発現する体細胞の確実な選択が可能となり、従来の前核卵への遺伝子注入法に比較して、格段に遺伝子組換え家畜の作出効率が向上しました。
  2. これまでに豚では標識遺伝子(EGFP)導入豚を初め、異種動物間移植のモデルとして免疫関連物質の補体制御因子の一つであるヒト由来DAF(Decay Accerelating Factor, CD55)を導入した豚等、4種類の遺伝子組換え豚を作成しました(図2)。また、一部は次世代を得るための交配を実施しています。
  3. 作出した遺伝子組換え豚由来の血管内皮細胞などにおける、ヒト型DAFの発現量を測定した結果、ヒト由来細胞の約30倍のDAFを発現していました。豚の細胞をヒトへ移植した場合、抗原抗体反応とそれに引き続く補体反応により細胞は速やかに破壊されます。ヒト型DAFは、その補体反応を抑制し、細胞の破壊を防ぐ働きをします。細胞培養試験によりその効果を調べた結果、遺伝子組換え豚はヒト型DAFを発現していることにより、細胞の破壊が十分に抑制されている量であることが明らかになりました。
  4. 乳汁中に有用物質を生産する目的で、遺伝子を導入した遺伝子組換え雄山羊が誕生しました。遺伝子組換え山羊の誕生は、我が国で最初の例です(図3)。
  5. 本実験は、生物多様性確保に関する法律に基づく、当研究所DNA遺伝子組換え実験安全委員会による承認、動物倫理委員会の承認を得て実施されています。

【今後の展開】

  1. 生産された遺伝子組換え豚と山羊の次世代を得て、導入遺伝子の安定性や発現形質などの調査を引き続き行います。
  2. 生活習慣病モデル豚や再生医療用モデル豚などの各種の遺伝子組換え豚の開発を進め、バイオメディカル分野での試験に供試できる体制を作ります。
  3. 次世代の山羊を用いて乳汁中に生産される有用物質の機能評価を行います。
  4. 大学、企業などと連携し、安全性の確認など実用化に向けた試験研究を実施します。

【実施研究事業】
21世紀グリーンフロンティア研究、植物・動物・昆虫を用いた有用物質生産系の確立(平成11〜16)
融合新領域研究戦略的アセス調査:始原生殖細胞・体細胞を利用した形質転換モデル動物の作出並びに新規医薬品等生産技術の関するアセス調査委託事業(平成16〜17)

【問い合わせ先】

研究代表者:農業生物資源研究所 理事長石毛光雄
研究推進責任者:農業生物資源研究所 発生分化研究グループ長居在家義昭
電話:029-838-8620
研究担当者:農業生物資源研究所 発生分化研究グループ 分化機構研究チーム徳永智之、大越勝広、古澤 軌
電話:029-838-7384
農業生物資源研究所 発生分化研究グループ 発生工学研究チーム大西 彰、渡部 聡、淵本大一郎、鈴木俊一
電話:029-838-8635
名古屋大学医学部門松健治、小林孝彰
プライムテック株式会社三松 淳、矢崎智子、橋本道子、岩本正樹
広報担当者:農業生物資源研究所 企画調整部 情報広報課長本間方生
電話:029-838-7004

【用語解説】

  1. EGFP(enhanced green fluorecencet protein)
    オワンクラゲから発見された発光タンパク(Green Fluorescent Protein : GFP)の改変タンパクの名称。外来遺伝子の細胞などへの導入状況を生きた細胞で観察することができるために用いられている。
  2. 補体
    正常血清中に存在する酵素タンパク質群で、抗原抗体反応と結合する作用を持ち、細胞を破壊する作用を持つ。
  3. DAF(Decay Accerelating Factor, CD55)
    補体制御因子の一つである。具体的には、補体系のC3転換酵素の解離失活を促進する。ブタ臓器をヒトに移植した場合、ブタ細胞表面上に存在する異種抗原とヒト自然抗体が結合し、それに引き続くヒト補体の反応により、移植した臓器は速やかに破壊され拒絶される。補体制御因子によりヒト補体反応を抑制した場合、移植したブタ臓器の拒絶が一定に抑制される。補体制御因子は、同種の補体系にのみ作用する。そのため、ヒトの補体反応を抑制するためには、ヒト由来の補体制御因子を強制的にブタ臓器に発現させる必要性が生じる。

参考資料1

図1.体細胞クローン技術を用いた遺伝子組換え家畜の作出
(画像をクリックすると拡大画像が表示されます)

参考資料2

遺伝子組換豚1 遺伝子組換豚2 遺伝子組換豚3

図2.遺伝子組換え豚
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参考資料3

遺伝子組換山羊1 遺伝子組換山羊2
遺伝子組換山羊3 遺伝子組換山羊4

図3. 遺伝子組換え山羊
(画像をクリックすると拡大画像が表示されます)

【掲載新聞】
2005/06/25 常陽新聞  茨城新聞  朝日新聞(夕刊)  日本農業新聞
2005/06/27 日経産業新聞  日刊工業新聞
2005/06/28 化学工業日報
2005/07/01 全国農業新聞