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 【要約】 【問い合わせ先】 【背景】 【詳細】 【実施研究事業】 【用語説明】

【背景】

    日本で栽培されているイネは、約1万年前に、中国の長江中流域で、栽培化され、その後日本に伝えられたと考えられています。自生していたイネ(野生イネ)が栽培イネになるまで、つまり、人間の手によるイネの栽培化の過程においては、草型の変化、稔性の向上、自殖性の獲得、種子の形・大きさの変化等、様々な望ましい農業形質が人為選抜を繰り返すことで改善され、収量性の向上が起こったと考えられています。なかでも、野生イネに特徴的な脱粒性の喪失は、イネの栽培化の上で、コメの収穫量を上昇させる重要な変化であったと考えられています。

【詳細】

    比較的脱粒しやすい品種であるインディカ型イネ品種のカサラスと、ほとんど脱粒しないジャポニカ型イネ品種の日本晴(図1)の品種間での脱粒性の差を利用して、これに関与する遺伝子をQTL解析という方法で同定しました(図2)。

    その中で、最も、脱粒性への効果が大きかった遺伝子をqSH1遺伝子と名づけ(図2)、その後の解析対象としました。qSH1遺伝子領域だけがカサラス品種タイプで、残りのゲノム領域がすべて日本晴タイプの系統(準同質置換系統と言う)(NIL(qSH1))を作成したところ(図3)、日本晴では、全く形成されない離層(脱粒時に組織が崩壊する層状の細胞群)がもみの基部に形成されるようになり、コメが実ると簡単に脱粒するようになりました(図4)。

    この結果は、カサラスでは、離層を形成する機能をもっていたqSH1遺伝子が、突然変異等により、その機能を失うことで、日本晴では脱粒性を失ったことを示しています。脱粒性が栽培化以前の野生イネに備わっていた性質だと考えると、カサラスのqSH1遺伝子は、インディカ型イネが祖先から引き継いでいる遺伝子と考えられます。

    次に、1万個体を超えるサンプルを用いて詳細な遺伝解析を行い、qSH1遺伝子の存在箇所をつきとめ、qSH1遺伝子の機能の有無を決めている塩基配列の変異を明らかにすることができました(図5)。さらに、同定した塩基配列の変異の場所から1万2千塩基(12kb)離れたところにある遺伝子がqSH1遺伝子そのものであることが分かりました。

    今回明らかにした変異が、野生イネをはじめ、いろいろなイネ系統・品種内にどのように分布しているかを調べた結果、ジャポニカ型イネ系統内にのみに見いだされました(図6)。

    このことは、約1万年前から3000年前(水稲が日本に伝来した時期)までに何らかの原因でイネに起きた塩基配列の変異を、イネを日々栽培し、観察した人間が、脱粒せず栽培に向いているイネとして、選抜したということを示しています(図7)。

    インディカ型イネの多くは、ジャポニカ型イネに比べると脱粒しやすいものが多く、収量を減らす原因のひとつとなっています。

    今回同定した変異を持つジャポニカ型イネのqSH1遺伝子領域を、交配によりインディカ型イネに導入すれば、アジアの熱帯圏を始め、世界の多くの人が主食として食しているインディカ型イネの収量増加に大きく貢献できると期待されます。

【実施研究事業】

    本研究成果は、農林水産省委託プロジェクト「遺伝地図とミュータントパネル利用型」及び「多様性ゲノム解析研究」を実施する中で得られたものです。

【用語説明】

QTL解析

    量的形質と呼ばれる、複数の遺伝子で決まる形質[例えば、イネの開花期(出穂期)]を解析する統計的な遺伝解析法です。

    この解析法を使うと、染色体のどの辺りに、大きな影響力を持つ遺伝子が存在しているかを知ることができます。


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