免疫抑制剤結合タンパク質FKBP6は精子形成における減数分裂を調節する


[要約]
  減数分裂前期で精子形成が停止する変異ラットの原因遺伝子はFkbp6である。免疫抑制剤結合タンパク質の一つであるFKBP6は、相同染色体の接着装置であるシナプトネマ構造の構成因子であり、対合を維持する機能を有する。

農業生物資源研究所・遺伝資源研究グループ・生殖質保全研究チーム

[連 絡 先]029−838−7447 [分   類]知的貢献 [キーワード]FKBP6、精子形成、減数分裂、シナプトネマ構造


[背景・ねらい]
  精子形成調節機構の解明は、ヒトを含む動物の雄性不妊の原因解明に貢献する。一方、精子を媒介する遺伝子導入手法開発においても、精子形成の人為的制御が不可欠であり、減数分裂を中心とした精子形成過程の詳細な解明が待たれている。そこで、本研究では精子形成における減数分裂制御機構の解明の一環として、減数分裂前期で精子形成が停止するミュータントラット(系統名:TTラット、原因遺伝子:as)について、原因遺伝子の特定と機能解明を行った。

[成果の内容・特徴]
  1. asホモ雄は減数分裂前期パキテン期で精子形成が停止し無精子症を発症する。ヘテロ雄およびホモ雌は正常である。asホモ精巣では、パキテン期精母細胞の細胞質にヘマトキシリン陽性の封入体様構造物が出現する特徴がある(図1)。
  2. 免疫抑制剤結合タンパク質をコードする遺伝子であるFkbp6の欠損マウスにも精子形成異常が見られ、その所見はasホモ精巣と良く一致したことから、TTラットではFkbp6の発現に異常がある可能性が示唆された。そこで、TTラット正常精巣および異常精巣におけるこの遺伝子のmRNA発現およびタンパク質の発現を検索した。その結果、異常精巣では正常と異なる分子量のmRNAの発現があり、タンパク質の発現は検出できなかった(図2)。TTラット異常個体のゲノムDNAを解析し、Fkbp6のエクソン8を含む領域の欠損を確認した(図3)。以上の結果から、asFkbp6の変異遺伝子であり、TTラットの精子形成異常はFKBP6の欠損によるものであると考えられた。
  3. FKBP6は減数分裂で相同染色体の対合を支持するシナプトネマ構造の構成因子であり、この遺伝子の欠損は染色体の対合異常を引き起こすことをマウスで確認した(図4)。さらに、XおよびY染色体の対合とX染色体の不活化に機能している可能性が示唆された。これらの所見から、asホモ精巣ではFKBP6の欠損により厚糸期精母細胞で起きる相同染色体の対合に異常が発生し、その結果、減数分裂が停止するため精子が形成されないものと考えられた。
  4. FKBP6は免疫抑制剤であるFK506(別名タクロリムス)の結合タンパク質の一つとして生体内に発見されたが、その生理的機能を初めて明らかにした。
   

図1

図2

図3

図4
[成果の活用上の留意点・波及効果・今後の展望等]
  1. FKBP6はシナプトネマ構造の構成因子であるとともにX染色体の不活化に関与している可能性が示されたことから、TTラットは減数分裂の機構解明に有力なモデル動物となるものと期待される。
  2. ヒトの遺伝子FKBP6は遺伝的疾患Williams-Beuren症候群の原因領域(第7染色体上)に位置する遺伝子のひとつであり、この疾患では精子形成障害の報告がある。ヒトの精子形成障害で原因遺伝子が特定された例は少ないが、FKBP6がその一例となるであろう。


[その他]

研究課題名    :精子形成における減数分裂に関与する因子の検索 予算区分     :交付金 中期計画課題コード:D151-5 研究期間     :02〜04年度 研究担当者    :野口純子,菊地和弘,金子浩之 発表論文等    :1)Crackower MA, Nadine NK, Noguchi J, Sarao R, Kikuchi K,            Kaneko H, Kobayashi E, Kawai Y, Kozieradzki I, Landers R,            Mo R, Hui C, Nieves E, Cohen PE, Osborne LR, Wada T,            Kunieda T, Moens PB, Penninger JM,(2003)Science, 300,            1291-1295.           2)Noguchi J, Toyama Y, Yuasa S, Kikuchi K, Kaneko H,(2002)            Biol. Reprod, 67, 880-888.           3)野口純子(2003)J Animal Genet, 31 : 13-19.           4)野口純子(2004)化学と生物, 42 : 6-8.

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