動物組織の切片を機能性培養担体として活用した新しい細胞培養法


[要約]
  生体組織の複雑な構造とその構成成分を保持している動物組織の切片を動物細胞の培養担体に応用することで、細胞の接着、増殖、分化などの挙動を制御できる新しい培養法を開発した。細胞と切片の組み合わせ方を工夫することで、細胞の分化誘導や無血清培養、有用生理活性物質の探索や生産、細胞特性の解析、遺伝子機能の予測、および組織再生等の応用研究に利用できる。

農業生物資源研究所・生体機能研究グループ・動物細胞機能研究チーム

[連 絡 先]029−838−8689 [分   類]知的貢献 [キーワード]細胞培養法、培養担体、動物組織切片、組織再生、細胞挙動


[背景・ねらい]
  細胞挙動を制御する培養担体は天然、人工、あるいは両者のハイブリッド素材から様々な形状のものが開発され、組織工学の分野ではオルガノイド(器官様構造体)を再構築するための細胞の足場として利用されている。しかし、任意の生体組織の複雑な構造とその構成成分を反映した培養担体は未開発である。そこで本研究では、組織病理学の分野で日常的に使用されている動物組織の切片を、動物細胞の培養担体に応用することを検討した。

[成果の内容・特徴]
  1. 動物組織の凍結切片をスライドグラス上に伸展した後、必要時には界面活性剤による脱細胞化処理を行い、さらにエタノールによる組織の固定および滅菌処理を行うことで、動物細胞を培養する切片担体を作製した(図1)。
  2. ウシ胎盤より作製した切片担体は、無血清培養で誘導されるPC-12細胞(ラット褐色細胞腫)のアポトーシスを阻害して細胞生存率を維持する環境を供給できること、さらに胎盤の絨毛領域には神経網様構造を形成する細胞分化誘導活性があることが分かった(図2)。
  3. ウシ胎盤より作製した脱細胞化切片担体上にヒト真皮由来線維芽細胞を培養して、担体由来の細胞外マトリックス成分を取り込んだ三次元組織を再構築する技術を確立した(図3)。
  4. 成熟ラットの各種臓器(肝臓、心臓、脾臓、肺臓、腎臓、および脳)より作製した切片担体上でPC-12細胞およびHepG2細胞(ヒト肝癌細胞株)を培養した結果、細胞の局在性と形態は、培養する細胞が同じ細胞でも切片に用いた臓器に依存して異なること、さらに切片に用いた臓器が同じ臓器でも培養する細胞に依存して異なることが分かった(表1)。
[成果の活用上の留意点・波及効果・今後の展望等]
  1. 切片に介在する有用生理活性物質の活用研究としては、細胞の分化誘導、無血清培養、および物質生産の向上が期待できる。
  2. 切片に介在する有用生理活性物質の探索研究としては、特定の細胞が切片の特定領域で接着、増殖(阻害)、分化等の挙動を示すので、その特定領域からリガンド、増殖(阻害)因子、分化誘導因子等の単離が期待できる。
  3. 細胞特性の解析研究としては、癌細胞の全身切片への親和性を利用した転移先予測システムの開発などが期待できる。
  4. 細胞特性を利用した遺伝子機能の解析研究としては、遺伝子を導入する前後の切片上培養細胞の挙動差から導入遺伝子の機能を予測するシステムの開発が期待できる。
  5. 組織再生研究としては、患者から採取した小さな正常組織片より切片と細胞を調製して切片を巻き込んだ大きな多細胞性三次元凝集塊を再構築して、同じ患者の欠損組織に移植する同種自家移植の再生医療システムの開発が期待できる。
   

図1

図2

図3

表1


[その他]

研究課題名    :多機能性培養担体を用いた組織再生の基盤技術の確立 予算区分     :委プロ・パイオニア 中期計画課題コード:A5214 研究期間     :01〜03年度 研究担当者    :竹澤俊明,竹之内敬人,今井敬,高橋透,橋爪一善 発表論文等    :1)竹澤俊明,今井敬,高橋透,橋爪一善,生物の組織を薄切した切片            からなる動物細胞の培養坦体と,この坦体を用いる動物細胞の培養            方法および移植方法. 特願2001-101961(外国出願済)           2)Takezawa T, Takenouchi T, Imai K, Takahashi T, Hashizume K,            (2002)Cell culture on thin tissue sections commonly            prepared for histopathology. FASEB J 16:1847-1849.           3)Takezawa T,(2003)A strategy for the development of tissue            engineering scaffolds that regulate cell behavior.            Biomaterials 24 : 2267-2275.

目次へ戻る