W.蚕業試験場から蚕業講習所(明治29年)へ

1.蚕業講習所設置の建議
 先に述べたように、急速に富国強兵策を推し進めようとした我が国にとって、国際貿易に占める蚕種や生糸、とりわけ欧米で微粒子病が克服されて後は生糸の重要性は増大しており、日清戦争の頃には、我が国の蚕糸業は急速な進展を見るに至った。このような情況の中で、“蚕業試験場の従来の組織・規模では不十分で、その試験研究や伝習事業を拡充する必要がある”、という世論が強くなった。これに関して、明治28(1895)年2月の衆議院において、新井 毫議員他4名によって蚕業講習所設置に関して、衆議院として政府に建議すべきであるとした次のような建議案が提出された。

  蠶業講習所設置建議案
 本邦の蠶絲は追年其の産額を増加し輸出品中重要の物産たるは論を俟たす然るに退て斯業の實況を視るに養蠶の方法未だ普からざるが如き實に其の弊に堪ふる能はざるものあり今これを救済して斯業の振興を圖り国益を増進せんと欲せば茲に大に蠶業教育を興さざるへからす依てその第一着手として二十八年度より東京西ヶ原蠶業試験場の規模を擴張し之を關東蠶業講習所とし之と同一なるものを西京に設置し之を關西蠶業講習所としその他各府縣に一箇所乃至數箇所の蠶業講習所を設立し養蠶家の師表たるべき適任者を養成し且蠶種製造の本源を定め又各種の試驗をもなさざるへからす近頃全國蠶絲業大會に於ても亦各府縣に蠶業試験場設置の事を議決したり全國當業者の與論業に巳に如此故に政府に於てもこの趣意に賛同し二十八年に於て速に豫算を提出せられんことを望む  右建議す

 この建議案は両院を通過したが、当時の状況は日清戦争直後ということもあり、京都蚕業講習所は認められず、明治29(1896)年3月18日「蠶業講習所官制」の発布により蚕業試験場は蚕業講習所となった。そして5月22日付けで、初代の蚕業講習所長には練木喜三、試験部長に松永伍作、伝習部長に本多岩次郎、教官(専任技師)に石渡繁胤、辻暢太郎、広瀬次郎、針塚長太郎、月田藤三郎が任命された。この間のいきさつについて、明治32年に設立された京都蚕業講習所の『明治36年度事跡報告』の「沿革」には、次のように記されている。

 明治19年地ヲ東京府北豊島郡西ヶ原ニ卜シテ名ヲ蚕業試験場ト改メ一方試験ノ方法ヲ拡張シテ蚕業全般ニ関スル諸項ニ亘リ一方多クノ伝習生ヲ募集シテ蚕種検査員ノ養成ニ勉メタリ。爾来蚕業ノ進歩益々旺盛ニシテ各地該場ノ規画ニ倣ヒ養蚕伝習所ヲ設クルモノ頗ル多ク斯業技術者ノ需用頓ニ増加セシカバ明治23年更ニ伝習ノ目的ヲ変更シテ稍其程度ヲ高メ地方養蚕伝習所教師若クハ同巡回教師トナルベキモノヲ養成セリ。然ルニ明治28年衆議院議員ハ当時蚕業ノ進運ヲ促成利導セシニハ唯一ノ蚕業試験場ヲ以て不足ナリトシ東京及京都ニ蚕業講習所ヲ設置スルノ建議案ヲ提出シ之レヲ可決セリ。然リト雖モ当時恰モ日清戦役ノ後国事多端ニシテ遂ニ之レガ増設ヲ許サズ。唯明治29年3月蚕業講習所官制ヲ発布セラレタルニヨリ蚕業試験場ヲ改メテ蚕業講習所ト称シ伝習の方法ヲ革新シテ本科別科ヲ置キ試験ノ方法ヲ密ニシテ益因果ノ関係ヲ明カニシ更ニ調査ノ項目ヲ新設シテ斯業改善ニ資スル所アリシト雖モ蚕業ノ発達益々盛ニ到底此改革ヲ以テ足レリトセズ実業大会等ノ開会アレバ毎ニ政府ニ建議シテ之レガ増設ヲ迫マリ国会議員中時々質問ヲ提出シテ之レガ実行ヲ促ス等一般当業者ノ希望愈々切ナルモノアリ。殊ニ年々入場ノ生徒ハ応募人員ノ半バニ及バズ巡回講話ノ為メ技術官ノ派遣ヲ請求スルモノ漸ク多キモ所員ノ不足ハ悉ク之レニ応ズルコト能ハザル等斯業奨励上遺憾尠ナカラザリシヲ以テ明治31年政府ハ茲ニ増設ノ議ヲ定メテ経費ノ予算ヲ編成シ時ノ議会ノ協賛ヲ経テ之レガ準備ニ着手シ事務漸ク進捗シテ明治32年3月勅令第89号ヲ以テ蚕業講習所官制ヲ改定セラレ次で同年6月告示第61号ヲ以テ蚕業講習所名称及位置ノ公布アリ。乃チ同年8月ヨリ本所ノ業務ヲ開始シ爾来着々規画スル所アリ。

2.蚕業講習所の業務
 明治29(1896)年に制定された「蠶業講習所處務規程」(農商務省訓令第九號)の第一條には、“蠶業講習所ハ左ノ項目ニ據リ蠶業ノ改良増殖ヲ圖ルベシ”として、蠶業ニ關スル傳習、蠶絲業ニ關スル學理、蠶絲業ニ關スル實地、蠶業ニ關スル試験○桑樹ノ種類栽培及病蟲害○蠶種養蠶及蠶病○殺蛹貯繭及繰絲、蠶具及製絲器械、蠶絲業ニ關スル巡回講話、蠶種ノ配布、蠶絲業ニ關スル質問應答、をあげている。ここに書かれているように、蚕業講習所においても蚕種の配布が義務付けられており、明治29年の法令規則整備の一環として、「蠶業講習所蠶種配付規則」が定められている。

   蠶業講習所蠶種配付規則    明治二十九年五月八日省令第五號
第一條 本所ニ於テ製造スル蠶種ハ原種用トシテ左ノ資格ヲ有スル者ニ限リ無代償ニテ配布ス
 二段歩以上ノ桑園ヲ有シ毎年二百枚以上ノ販賣用蠶種ヲ製造スル者
第二條 蠶種配付ヲ請求スル者ハ管轄廳ノ証明ヲ得テ四月十五日マデニ蠶業講習所ニ出願スベシ
  但本年ニ限リ六月三十日マデニ出願スベシ
第三條 配付スベキ蠶種ハ請求者一名ニ付五十蛾分以上五百蛾分以下トス
第四條 蠶種ノ配當ハ出願ノ順序ニ依リ之ヲ定メ十月三十日マデニ發送スベシ
 配付ヲ受クル能ハザル者ニハ九月三十日マデニ其旨ヲ通知スベシ
第五條 蠶種ノ配付ヲ受ケタル者ハ別記書式ノ成蹟書ニ左ノ成繭ヲ添附シ翌年八月三十一日マデニ本所ニ 逓送スベシ
   二百蛾分未満ノ蠶種ヲ受ケタル者ハ     一升以上
   二百蛾分以上ノ蠶種ヲ受ケタル者ハ     二升以上
第六條 前條ノ義務ヲ履行セザル者ハ爾後三年間蠶種ノ配付ヲ受クルヲ得ズ
第七條 官立公立若シクハ公費ノ補助ヲ受クル學校講習所傳習所及試験場ニシテ蠶業研究ノタメ第二條ニ 依リ出願スルトキハ第一條ノ資格ヲ有セザルモ二十五蛾分以内ノ蠶種ヲ配付ス
 但此場合ニハ第五條第六條ヲ適用セズ
(別記)  配 付 蠶 種 成 蹟 表  (省略)

 また、傳習規則も制定され、蚕業講習所における伝習は、本科と別科の2つとし、“本科ハ蠶業ニ關スル學理及實地ヲ傳習”し期限は2カ年で定員50名、“別科ハ實地ヲ主トシ傍ラ學理ノ大意ヲ傳習”し期限は5カ月で定員60名以下と定められた。


図2 「農事試験場圃地全図」(農事試験場一覧・明治35年)に書かれた蚕業講習所の位置


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