\.蚕糸・昆虫農業技術研究所(昭和63年)

1.新たな情勢に対応する農業関係試験研究体制の見直し
 昭和60年7月22日に出された臨時行政改革推進審議会の答申「行政改革の推進方策に関する答申」は、国立試験研究機関の活性化に向け、おおむね3年以内を目途に研究機関の整理・合理化を進め、あわせて、創造的な基礎的研究等新しいニーズに対応した重点的整備・拡充を求めた。その際の整理・合理化の視点として、必要性の低下した機関の整理・合理化、公立・民間機関の能力活用を前提とした整序・純化による整理・合理化、同種・類似又は相互に関連性を有する機関の統合、小規模機関の他との統合等をあげている。
 昭和61年3月28日に閣議決定された「科学技術政策大綱について」では、次の時代をはぐくむ基礎的研究の強化、人間と調和した科学技術、積極的な国際交流・協力の促進の重要性が述べられている。同年11月28日に出された農政審議会報告「21世紀へ向けての農政の基本方向」の中では、生産性の飛躍的向上、多様化・高度化する消費需要への対応等、わが国農業及び国民生活の豊かな未来を開く原動力としての農業技術開発に大きな期待が寄せられており、新しい研究領域への展開を含む一層積極的な対応が必要であるとされた。
 このような情況の中で、昭和62年1月20日開催された農林水産技術会議は、下記のメンバーによる「新たな情勢に対応する農業関係試験研究体制の検討について」委員会を設置して研究組織のあり方を検討することを決めた。

                 農業関係試験研究体制検討会委員名簿    
          座長:石倉 秀次 農林水産技術会議委員
             岡田 益吉 筑波大学生物科学系教授
             梶井  功 東京農工大学農学教授
             川嶋 良一 農林漁業金融公庫理事
             國武 正彦 住友化学工業株式会社肥料部顧問
             小林 勝利 株式会社ロッテ技術顧問
             小山 義夫 農政調査委員会理事
             桜井  誠 全国農業協同組合中央会常務理事
             中村 桂子 三菱化成生命科学研究所部長
             山極 英司 国際協力事業団理事
             山本  康 キリンビール株式会社専務取締役

2.“蚕糸の試験場”から“昆虫機能の研究所”へ(63体制整備)
 農業関係試験研究体制検討会の第6次報告「新たな情勢に対応する農業関係試験研究体制の改善方向について」は、昭和62(1987)年9月22日の農林水産技術会議において決定され、その中で蚕糸試験場および農業土木試験場の再編、熱帯農業研究センターおよび地域農業試験場の組織整備の方向が示された。蚕糸試験場については、蚕糸に関する研究の経験と蓄積を活用することによって、蚕糸に関する試験研究の一層の効率化に加えて、蚕を含む昆虫等無脊椎動物の多様な機能を活用した技術を開発するため、「蚕糸・昆虫機能研究所(仮称)」に改組する必要があると次のように述べられている。

2.試験研究体制の改善方向
 (1)生物機能開発のための試験研究体制の整備
  ア.21世紀へ向けての革新的な農業技術の開発、即ち生産性の飛躍的向上、環境と調和した安全かつ高品質な食料の生産、再生可能な生物資源の有効利用等を図るためには、生物のもつ多様な機能を解明し利用する研究に期待するところが大きい。農業は生物の機能を利用する産業であるが、数千年来の農耕の歴史の中で数百万にのぼる生物種の中から人の生活に役立つ特性をもつ限られた生物種だけが利用されてきたにすぎない。しかし、最近のバイオテクノロジーの著しい進歩に伴い、従来不可能と考えられていた類縁関係の遠い生物種間、例えば動物と植物間の形質転換さえ可能になり、広範な生物種の遺伝資源を農業に活用することが可能になりつつある。このため、現在の農業で直接利用されていない生物種を含め、生物のもつ機能を基本的に解明する基礎的・先導的研究とともに、これを利用し技術化する研究が極めて重要になってきている。
  イ.植物の光合成・生理活性、微生物の発酵・分解等の生物機能の研究は、作物生産や食品加工との関連で進められてきており、今後一層の展開と深化が期待される。家畜及び家きんについては、繁殖・代謝生理、病理等に関連して生物機能研究が行われているが、生体防御機構の研究等についてその強化が望まれる。また、有用昆虫としての蚕及び蜜蜂並びに農業害虫の研究が進められているが、昆虫類を含む無脊椎動物のもつ環境適応性、物質変換機能、移動・運搬機能、感覚・交信機能、高い繁殖力等の多様な生物機能については、それらを利用するという観点からは殆ど研究のメスが入れられていない。これらの多様な生物機能を解明し、バイオテクノロジー等の先端技術の活用により、従来の枠を超えた革新的な農業技術の開発とともに、新しい生物産業の展開が期待できる。
  ウ.蚕糸試験場は、長い歴史を通じて、蚕一代雑種品種の開発・利用、染色体操作による雌雄判別、人工飼料開発等の蚕糸業の発展に貢献する顕著な業績をあげるとともに、昆虫の一種である蚕の遺伝、栄養生理、内分泌、病理等の研究でも多くの優れた研究蓄積をもっている。昆虫等の無脊椎動物の機能を解明し農業上重要な技術の開発を図るには、このような研究蓄積とこれに貢献した研究勢力をもつ蚕糸試験場を活用することが最も効果的と考えられる。
    従って、蚕糸に関する試験研究の一層の効率化に加えて、蚕を含む昆虫等無脊椎動物の生体情報及び遺伝育種の研究を進め、これらの生物のもつ多様な機能を活用した技術を開発するため、蚕糸試験場を「蚕糸・昆虫機能研究所(仮称)」に改組する必要がある。
 

 この農林水産技術会議の決定を受けて、約1年間の準備の後、昭和63(1988)年10月1日をもって蚕糸試験場を廃止し、新たに蚕糸・昆虫農業技術研究所が発足した。これによって蚕糸業に対応した業種別機関から、カイコを含めた広範囲の昆虫機能研究を行う専門研究機関に移行することとなった。

                      政令第282号(農林水産省組織令改正)
第1章本省
 第3節 施設等機関(第87条〜第113条)
(施設等機関)
第87条 植物防疫所、動物検疫所及び那覇植物防疫事務所のほか、本省に次の施設等機関を置く。
(蚕糸・昆虫農業技術研究所)
第99条 蚕糸・昆虫農業技術研究所は、次に掲げる事項を行う機関とする。
 一 蚕糸に関する技術上の試験研究、調査、分析、鑑定及び講習並びに原蚕種、桑の接穂及び苗木の生産及び配布
 二 前号に掲げるもののほか、昆虫その他の無脊椎動物の農業上の利用に関する技術上の試験研究審査、分析、鑑定及び講習(畜産試験場の所掌に属するものを除く。)
2 農林水産大臣は、蚕糸・昆虫農業技術研究所の事務を分掌させるため、所要の地に蚕糸・昆虫農業技術研究所の支所を設けることができる。
3 蚕糸・昆虫農業技術研究所の位置及び内部組織並びに支所の名称、位置及び内部組織については、農林水産省令で定める。

 農林水産省令第47号によって定められた内部組織、支所は下記の通りであった。

    蚕糸・昆虫農業技術研究所
     ├─ 企画連絡室(企画科、連絡科、資料課、業務科)
     ├─ 総務部(庶務課、会計課、小淵沢総務分室)
     ├─ 遺伝育種部(遺伝素材(小淵沢)、遺伝子工学、細胞工学、適応遺伝、発生分化、育種素材化)
     ├─ 生体情報部(生理活性物質、代謝調節、神経生理、行動調節、増殖機構、選択情報、生体防御
     │        共生機構、媒介機能)
     ├─ 生産技術部(桑育種工学、桑育種、桑生理、栽培技術、桑病害、原蚕種製造、育蚕技術、人工飼料
     │        桑病害、虫害)
     ├─ 加工利用部(工程制御、計測技術、加工技術、衣料素材、物性評価技術、高分子素材利用、物質変換技術)
     └┬ 松本支所(庶務課、高冷地裁桑技術、養蚕技術システム、繭質育種、耐性蚕育種)
      └ 製糸試験部(庶務係、会計係、繭質評価、新形質生糸、製糸技術システム)

3.内部組織の改正
(1)平成3年の組織改正

 農林水産技術会議は、平成2年1月22日に「農林水産研究基本目標−国際化時代における農林水産研究の重点化方向−」を策定した。その中では、“@国際化の進展と地球環境問題の顕在化、A消費の多様性への対応、生産性の飛躍的な向上、農山漁村地域の多面的機能の向上等に対する国民の期待の高まり、Bバイオテクノロジー等先端的科学技術の進展、C農林水産研究開発への民間の積極的な取り組み、といった農林水産業を取り巻く情勢の変化を踏まえ、研究開発に課せられた使命を果たすために、以下の視点から研究開発に取り組むことが重要である”として5つの視点をあげている。それらは、@高度化・多様化する消費ニーズに対応する視点、A農林水産業の生産性の飛躍的向上および農林水産物の新需要の創出等農林水産業の発展に寄与する新たな生物系産業技術の展開を図る視点、B地域の個性に根ざした農林水産業の発展および農山漁村の活性化を図る視点、C地球的視野に立って、農林水産業の持続的・安定的な発展を目指す視点、D農林水産研究開発を支える基盤を強化する視点である。また、この「農林水産研究基本目標」の中で、研究開発の効率的推進のための方策として、@産学官の連携による研究開発の効率的推進、A国際研究交流の推進、B研究成果の効率的利用、をあげている。これを受けて、平成2年7月18日に開催された体制検討関連場所長会議において「農業関係試験研究体制検討会報告案と組織要求案作成の方針」が報告され、技術開発支援のための研究情報システムの整備、バイオテクノロジーの飛躍的発展の基盤となるゲノム解析研究、国際協力および公立・民間試験研究機関等との研究協力等について検討がなされた。
 このような背景から、平成3(1991)年度の組織定員要求の中で、企画連絡室の中に、研究交流科、研究技術情報官、情報資料課が設置され、それに伴って加工利用部工程制御研究室と計測技術研究室とを合併させ、計測制御研究室とした。

(2)平成6年の組織改正
 平成3年9月18日から平成4年1月20日まで行われた蚕糸・昆虫農業技術研究所の二次および三次レビューの結果を踏まえ、平成4年1月21日の第444回農林水産技術会議に提出されたレビュー報告では、以下の点について検討を行い改善を図る必要がある、と指摘されている。

1.国立試験研究機関としての役割の明確化と研究の重点化
 我が国の養蚕業の置かれている厳しい状況、新しい研究領域である昆虫研究に対する大きな期待に対応していくため、蚕糸・昆虫農業技術研究所はこの分野における我が国の頂点に立つ国立試験研究機関としてその役割をより明確化し、研究の重点化を図り、効率的な研究の推進に努める必要がある。(中略)
 なお、今後、限られた研究勢力の下で効率的な研究を推進する観点から、公立機関、民間等との分担・協力関係を見直した上で国立機関としての役割を明確にし、思い切った研究の重点化を図るとともに特に近年研究体制の弱体化が進んでいる公立機関に対しては一層効果的な指導・支援を行うことが必要である。
2.研究推進態勢の改善
(1)蚕糸研究については、現在、我が国の養蚕業に新しい展望を切り拓くための懸命の努力がなされているところであり、蚕糸・昆虫農業技術研究所においてもこれに適切に対応すべく本所及び支所における限られた研究勢力の中で、研究開発資源の効果的配分等により、全力をあげて取り組む必要がある。
(2)昆虫研究については新たな研究需要及び研究の重点化方向に即した研究推進態勢のあり方について検討する必要がある。(中略)
  なお、新しい研究領域である昆虫研究を効率的に進めていくためには、蚕糸研究で蓄積された豊富な研究成果と研究資源を積極的に活用していくことが重要である。
  このため、蚕糸・昆虫農業技術研究所が担当する蚕糸・昆虫研究で、相互に密接に関連する研究分野については、両者を一体のものとして推進していく必要がある。

 平成4(1992)年度に実施された「農業技術の開発・普及」に関する行政監察調査が蚕昆研に対しても実施され、生産技術部松本支所のあり方が指摘された。
 こうした情勢の中で、昆虫機能研究の強化を柱とした体制整備案が策定された。それによると、松本支所長を昆虫機能研究官に、製糸試験部長を生産技術研究官に、加工利用部を機能利用部に振り替えた他、生産技術部桑育種工学研究室、桑生理研究室、栽培技術研究室、育蚕技術研究室をそれぞれ蚕栄養生理研究室、桑栽培生理研究室、天敵育種研究室、増殖工学研究室に、加工利用部計測制御研究室、加工技術研究室をそれぞれ生体機能模倣研究室、プロセス工学研究室に、松本支所高冷地裁桑技術研究室、養蚕技術システム研究室、繭質育種研究室、耐性蚕育種研究室をそれぞれ廃止、養蚕技術研究チーム、蚕育種研究チーム、昆虫ゲノム研究チームに、製糸試験部繭質評価研究室、新形質生糸研究室、製糸技術システム研究室をそれぞれ低分子素材研究室、廃止、製糸技術研究チームに、廃止もしくは振り替えを行った。その結果、平成6(1994)年10月1日時点での組織は次のようになった

      蚕糸・昆虫農業技術研究所
     ├─ 企画連絡室(企画科、研究交流科、研究技術情報官、情報資料課、業務科、昆虫ゲノム研究チーム)
     ├─ 総務部(庶務課、会計課、松本総務分室、岡谷総務分室、小淵沢総務分室)
     ├─ 昆虫機能研究官
     ├─ 遺伝育種部(遺伝素材(小淵沢)、遺伝子工学、細胞工学、適応遺伝、発生分化、育種素材化、天敵育種)
     ├─ 生体情報部(生理活性物質、代謝調節、神経生理、行動調節、増殖機構、選択情報、生体防御
     │        共生機構、媒介機能)
     ├─ 機能開発部(プロセス工学、低分子素材利用、高分子素材利用、衣料素材、物性評価技術
     │        物質変換技術、生体機能模倣、増殖工学)
     └─ 生産技術部(生産技術研究官、桑育種、桑栽培生理、桑病害、原蚕種製造、人工飼料、蚕栄養生
理、蚕病害
                    虫害、蚕育種研究チーム(松本)、養蚕技術研究チーム(松本)、製糸技術研究チーム(岡谷)

(3)平成8年の組織改正
 すでに述べたように、農林水産技術会議は、農業の国際化の進展に対応して、これまで、研究の重点化と試験研究体制の整備を推進してきた。しかし、平成5(1993)年12月のガット・ウルグァイ・ラウンド農業合意の受け入れを踏まえ、農政審議会報告「新たな国際環境に対応した農政の基本方向」(平成6年8月)が出されるとともに、ウルグァイ・ラウンド農業合意関連政策が決定されるなど、農業を取り巻く情勢が大きく変化した。このため、平成7年1月に「新たな情勢に対応した農業関係試験研究の基本方向について」を取りまとめ、中長期的な革新技術の開発に加え、緊急に対応すべき分野に関し、研究の重点化の方向等を明らかにした。この報告を踏まえ、平成7年2月21日の第474回農林水産技術会議において、今後の試験研究推進のあり方について検討を加えることを決めた。主な検討事項は、“@地域の特色を踏まえた農業技術体系の確立のための研究の強化方策、Aイネの機能、生理遺伝研究等基礎的・基盤的研究を集中的に実施する研究組織の拠点的整備、B家畜生産の前プロセスを一体的に研究する組織の整備、基礎的分野を重点的に研究する組織及び家畜衛生の研究組織の整備、C農業、農村活性化等に向けた社会科学系研究部門の整備、D果樹、野菜・花卉分野における研究分担の明確化とそのための組織、E情報処理研究、電算システムの管理運営及び電子媒体を用いた情報提供の一体的運営を行うための組織の整備、F研究単位の大型化と柔軟な運営を可能にする組織の改善”の7項目であった。
 検討の結果、平成7年12月に出された「農業関係試験研究機関の組織定員改正の概要」の中で蚕昆研に関係するものとしては、上席研究官の新設と研究単位の見直しがあった。

(3)効率的な研究推進のための柔軟な研究体制の確立
 @上席研究官の新設
   社会情勢の変化、研究ニーズの多様化に対応した機動的・総合的な研究の推進等を図るため、プロジェクトリーダーとして、研究室等を越えてスタッフを率い研究を推進するとともに、研究室等を越えた新たな研究シーズの発掘等を専門に担う「上席研究官」を、試験研究機関の研究部等に新設する。
 A研究単位の見直し
   研究の機動性と継承性を確保し、効率的な研究の推進を図るため、研究内容に応じた研究単位(研究室、研究チーム)の大型化を行う。

 この方針に従って、遺伝育種部適応遺伝研究室を上席研究官に、生体情報部共生機構研究室と媒介機能研究室を併せて共生媒介機能研究室と上席研究官に、機能開発部物質変換技術研究室を上席研究官に振り替えた。


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