《2001 Silk Summer Seminar in Okaya−第54回製糸夏期大学》

豊かなヒューマンライフのための新蚕糸技術の提言

独立行政法人農業生物資源研究所 企画室長  北村 實彬

1.はじめに −衣食足りて礼節を知る−
 これは、「民は生活が豊かになって初めて、道徳心が高まって礼儀を知るようになる」という意味で、着ることと食うことは生活の最も基本となる条件であることを意味しています。この言葉が表すように、食糧の一義的役割は飢えの回避=生命の維持にあります。しかし、戦後の食糧不足の時代が終わり、われわれの食生活が豊かになってくると、食品に対する価値観に変化がみられるようになりました。それに対応した研究の進め方として、身体に対する食品の働き=機能という観点から考えるという“食品機能”の概念が提唱されました。すなわち、@一次機能:栄養面での働き=健康の増進、A二次機能:感覚面での働き=嗜好の満足、B三次機能:生理面での働き=病気の予防、生体調節機能、の三つに分類して研究を進めていこうというものです。
 生活にとって基本的なもう一つの条件である「衣」についてみると、アダムとイブが禁断のリンゴを食べたことによって恥を知ってしまいイチジクの葉で身を隠したという話はともかく、衣服の一義的役割は外界の変化に対する身体保護にあるといえます。人類の比較的早い時期から衣服の役割として、@身体を装飾しようとする欲求の満足(装飾機能)、A他者と区別したい(されたい)という感覚の満足(標識機能)、と発展してきたことが想像されます。さらに近年、新しい機能を求める動きが現れていると思われますが、これが今日の話の主題ですので後で述べることとします。

2.わが国における蚕糸研究の歴史からみた問題点
 わが国における蚕糸研究の歴史を概観してみるといくつかの特徴と問題点が浮かび上がります。江戸幕府以来の鎖国を終え近代的統一国家の形成を目指した明治政府の標語は、富国強兵、殖産興業、文明開化でした。政府の行った殖産興業政策は、富岡製糸場、新町紡績所、愛知紡績所などのように工業を中軸に据えていましたが、華士族授産、国力増強の観点から農業振興にも力点が置かれていたといえます。明治政府はその一環として、内藤新宿勧農局農業試験場で養蚕および製糸試験の事業を行っています。その後若干の政策の変更がありましたが、ヨーロッパで猖獗を極めた微粒子病がわが国にも存在すること、その被害が拡大する兆候が見受けられたことから、農商務省は明治17年に蚕病試験場を設立し、19年にはこれを西ヶ原に移し、農務局蚕業試験場と改め微粒子病に関する各種の試験研究をさせるとともに、蚕種検査の実務に従事する検査員の養成を行うため講習を行うこととしました。
 明治22年に欧米農業の実体を体験して農事試験場設置の必要性を痛感した沢野淳(後の農事試験場初代場長)が、農商務大臣陸奥宗光に試験場設置を建議したことを受けて、23年には西ヶ原の元山林学校跡地に仮試験場農事部を設置し農業に関する試験を開始することとしました。これに伴い、すでに設置されていた蚕業試験場は仮試験場蚕事部と名前を変えました。その後明治26年に農事試験場官制が公布され、農事試験場が発足するとともに蚕事部は再び蚕業試験場として独立することとなります。当時の蚕業分野は、すでに一応の養蚕技術があり、試験研究よりはむしろ実用的な技術指導や検査に携わる人材の養成が急務とされたと考えられます(29年に蚕業講習所になった)。事実、蚕業講習所の所掌事項は、@蚕業に関する講習、A蚕業に関する試験、B巡回講話、C蚕種配布、D質問応答、となっており、「試験」よりも「講習」の方が一義的課題として規定されています。
 このように、一度は農業と同じ試験場の中に入った蚕糸部門は、農業分野とは独立して“蚕業”に貢献する試験場としてその後の歴史を歩むこととなりました。最近、中山間地の過疎化、農村従事者の高齢化といった様々な問題が起こってきており、それらの問題点を解決する上で蚕糸技術に対する期待が大きいようです。しかし、明治以来の歴史を見ると、“蚕糸”の分野にはそのような視点が必ずしも十分あったとは言えないと思われます。
 蚕糸研究の流れを時代順に並べると、内藤新宿試験場→勧農局農業試験場→蚕病試験場→農務局蚕業試験場→仮試験場蚕事部→蚕業試験場→蚕業講習所→原蚕種製造所→蚕業試験場→蚕糸試験場(昭和63年まで)のように変遷しています。蚕の病気に関する試験、蚕種検査員の講習、原蚕種製造、と所掌する事項は少しずつ変化していますが、わが国の蚕糸業に関する試験を行うという目的は一貫しているといえます。わが国の蚕糸業の目的ということになると、良質な生糸を大量に生産して輸出することが主目的であったと言っても過言ではないでしょう。良質な生糸を生産する良質な蚕品種の育成、病気を出さない効率的な飼育法、細繊度で均整性に優れ節のない糸を作る製糸技術、というのが農林分野の試験研究の責任で、こうして良質の糸が製造された後は、他の繊維と同様にアパレル=衣服(apparel)産業の一環として工業関係の試験研究分野になってしまうというのが現実です。例えば国際的に見ても、日本から蚕種と養蚕技術がブラジルに送られ、ブラジルの生糸はイタリア・フランスに送られ、イタリア・フランスで生産された織物や絹製品はブランド品としてわが国に輸入されるという状況にあります。こうした状態では生活者ニーズからのフィードバックがかからないし、生活感覚を反映した研究内容になりにくい、という問題があると思われます。イネ品種開発の歴史をみてみると、高収量・耐病虫害性品種から良食味品種へ、そして最近の高機能性、他用途品種へと、絶えず生活者のニーズが反映されて育種目標が変化していることがわかります。もちろん、蚕糸の分野でも、絹糸と合成繊維を複合した洋装用の新衣料素材「ハイブリッドシルク」の開発、スーツ、ニット製品用素材として利用できる嵩高性短繊維素材「スパンロウシルク」の開発等の努力が80年代に集中してなされています。しかし、こうした新たな試みも、多様な衣料用素材の開発という枠内での努力であり、生活の場のそこここにあるシルク製品=シルクの特長を活かした多様な生活資源の開発に向けた、“生活者ニーズ”からのフィードバックという観点・取り組みが蚕糸研究には必ずしも十分でなかったのではないかと思います。
 蚕糸研究の歴史を概観する中で浮き彫りにされたこうした問題点を検討する中から「豊かなヒューマンライフのための新蚕糸技術」という方向での検討が開始されてきました。

3.“豊かなヒューマンライフ”を巡って
 平成9年に当時の内閣総理大臣は、昭和36年制定されて以来37年が経過した「農業基本法」をわが国を取り巻く環境の激変に対応したものとするため、「食料、農業及び農村に係る基本的な政策に関し、必要な改革を図るための方策に関する基本的事項」について検討するよう「食料・農業・農村基本問題調査会」を設置し検討を諮問しました。この調査会は平成10年9月に答申を出しましたが、委員長を努められた東京大学西洋史学科出身で東京大学名誉教授の木村尚三郎氏は、ご自身で書かれた「あとがき」の中で次のように述べておられます。
   現在、時代は大きな歴史的転換期にあり、人々の価値観や生き方が大きく変わりつつある。
   20世紀には、人々は技術革新を基礎とする急速な経済的発展の下で物質的な価値を追求してきた。
  しかしながら技術文明が一巡し、地球資源の有限性や環境問題の重要性、そしてまた食料危機への不
  安が認識されるに伴い、今全世界が大きな生き方の反省を迫られている。ここから精神的・文化的な価
  値が重視され、結び合いによる安心のある生き方が切実に求められるようになってきた。
   今後は、人間と自然(環境)、人間と人間(国際化)、人間と過去(歴史・伝統・文化)の、3つの結びつ
  きがとりわけ重視されるようになる。進歩や発展といった価値観や20世紀型技術文明から、調和と共存、
  健康やくらしの心地よさ・美しさを優先する価値観や文明への世界的な転換がおこりつつあるものと考え
  られる。・・・・・・(中略)それとともに、人と自然の心地よい関わり、美しい生活空間としての農村の創造に
  留意する感覚を回復し、「くらしといのち」の安全と安心を確立していくことが、これからは特に求められる。

この調査会答申のあとがきで、声高らかに宣言されているように、「くらしといのち」の安全と安心の確立こそ、農業がもっとも得意とする分野であり、農業分野が責任を負っている分野です。さらには物質的な豊かさのみならず、生活における“ゆとり”“快適性”“安全性”など、従来の効率性や経済性の追求とは異なる視点から、潤いのある社会生活を構築する、といった分野を展望する必要があるのではないかと思います。従来の蚕糸技術の蓄積を生かしながら新しい視点での生活資源を提供する新蚕糸技術がこの分野に対して貢献できるのではないかと期待していますし、そのための研究開発を進めて積極的に貢献すべきだと思います。
 最近になって、このような考えは広く支持されてきています。平成13年3月に閣議決定された「科学技術基本計画」では、わが国が目指すべき国の姿として3つの方向を示していますが、その一つとして“安全・安心で質の高い生活のできる国の実現に向けて”を掲げています。説明によるとこれは、“本格的に到来する高齢社会において国民が健康に生活できるよう疾病の治療・予防能力を飛躍的に向上させること、自然及び人為的な災害やそれによる被害を最小限にとどめること、人間生活の基盤をなす食料やエネルギーの安定供給を図ること、地球環境と調和した産業活動や経済的発展を実現すること、さらに、世界の中で安定した国際関係を維持するとともに、人々が安心して豊かに、質の高い生活を営むことのできる国である”ということです。これを蚕糸技術に当てはめてみますと、例えばアトピー性の皮膚に優しい生活資源、抗菌・防臭・シックハウス原因物質の除去等多様な機能を有する生活資源等、食と並んで重要な衣・住の分野で多様な生活資源を開発することが考えられます。
 1999年6月に、内閣総理大臣が主宰する産業競争力会議において産業界側から提案され、その設置が決定された「国家産業技術戦略検討会」の一次取りまとめ報告が12月に出されました。この報告書では、全体戦略においては優先度が高く早急に取り組まなければならない分野別課題として9分野の技術開発目標が取りまとめられています。9分野の一つに繊維分野があげられており、現状分析、問題点の分析に続いて今後の展望と戦略があげられています。その中の「社会的要請・制約への対応」という項目を見ると4つの社会的要請の一つとして“安全・安心で質の高い生活を送ることができる社会の形成”があげられています。こうした視点から、産業界が繊維分野にどのような期待をもっているか「今後の展望と戦略」の部分を次に要約します。

今後の展望と戦略

1.技術革新の展望
(1)今後の技術トレンド分析と展望
 ○繊維は「衣・食・住」の一端を担う人間生活に密着した産業。
   これまでライフスタイルの変化に伴い生じる様々な課題に対応。この特色は不変。
 ○繊維はもっとも身近なマテリアルであり、人間生活の根本的な部分を物質・精神両面で支える。
   そのため、テクノロジー(素材・高付加価値化)、クリエーション(感性価値の創造)というシーズを、
   これからの社会的要請・制約への対応技術として進化させることが重要。
(2)シーズ技術領域の設定
 テクノロジー:@超高強度技術、A繊維形態・表面制御技術、B表面改質・複合化技術
         C高度高次加工技術、Dインテリジェント化技術、Eバイオ利用化技術
         Fリサイクル技術
 クリエーション:@クリエーションの創出、Aクリエーションの生産供給

2.社会的要請・制約への対応
安全・安心で質の高い生活を送ることができる社会の形成
 T.質の高い生活
   @高齢者も含めたユニバーサルファッション
   A環境適応繊維
   B諸費者ニーズに適合した多様なファッション商品の提供
 U.健康寿命の延命
   @生体機能繊維の開発
   A介護用ヘルスケア繊維の開発
環境と調和した循環型経済社会の構築
 T.廃棄物ゼロと経済成長とを両立する経済社会の実現(環境調和対策)
   @繊維リサイクルの実現のための基本戦略の策定、AReduce:過剰在庫体質の改善、廃棄物に
    なりにくい繊維の開発等、BRecycle:マテリアルリサイクルを優先しつつサーマルリサイクルも視野に
 U.有害化学物質のリスクを低減し、100%管理する社会の実現(環境保全対策)
   @繊維製造工程のエミッション・フリー、A有害物質・リデュース
エネルギーの安定供給、地球環境保全及び経済成長(3E)の実現
   @環境負荷の少ないエネルギー(原料)の利用、A環境負荷の少ない衣料の開発、B温室効果ガス・リ
   デュース、C自然環境保全、Dスマートファッションの提案・提供
経済社会の新生の基盤となる高度情報化社会の実現
   @高度情報化社会の実現(環境整備面における貢献)、A高度情報化技術を活用促進するための感性
   情報の基盤整備

4.豊かなヒューマンライフのための新蚕糸技術
 豊かさ、ゆとり、安全と安心、こうした目標を掲げることは、感覚的には誰でも比較的容易に理解できると思います。しかし、研究として何をやれば良いのか、技術として何を開発するのかということになるとなかなか難しいというのが実感です。恐らく、これをやれば良いというものはなく、考えられるものはすべてやってみる、その上で生活者の評価・批判を受けるというのが最良の方法なのでしょう。いくつかの団体の取組を紹介しながら、この問題を考えてみたいと思います。
 平成11年5月に発行された科学技術庁資源調査会の「資源の有効活用と心豊かな生活 −暮らしと資源との関わりに関する調査報告−」では、“一般に暮らしになくてはならないもの、あるいは暮らしを支えている代表的要素をここでは「生活資源」と呼ぶこととするが、われわれは生活資源というとすぐに衣食住が基本として思い浮かぶ”としています。この調査会報告では、西欧、特に英語圏の人々の考えも考慮しながら、生活資源を、衣食住のような物質資源に加えて、環境資源、情報資源、その他(時間資源)の4つに大別して意識調査を行っています。この定義に倣って、「シルクをベースに据えた多様な生活資源の開発」と「そのための特徴ある蚕品種の創出と飼育技術の開発」を“新蚕糸技術”と定義しておきます。
 例えば、どのような生活資源が考えられるでしょうか。岡谷の農業生物資源研究所生活資源開発研究チームでは、これまでに寝具用シルクウェーブ、インテリア用シルクシェル、プレスド・シルクによる障子・襖紙・ランプシェードやフィルター・靴中敷、シルクブラシなどの開発を行ってきています。こうした多様な生活資源の開発戦略の延長上に次の方向が見えるような気がしています。
 平成11年5月に通商産業省生活産業局が編集した「抗菌加工製品ガイドライン〜新しいルールづくりに向けて〜生活関連新機能加工製品懇談会第一次報告」が出版されています。抗菌防臭加工繊維製品の健全な発展に寄与することを目的に「繊維製品衛生加工協議会」(1997年に「繊維製品新機能評価協議会」へ名称変更)が発足したのが1983年ですから、約20年近く“抗菌防臭”が生活者のニーズであり続けていることを示していると思います。報告書のはじめにも、“昨今、我が国の消費者は、経済状況の成熟や急速な高齢化、生活スタイルの多様化を反映して、「安全」や「衛生」について新たな付加価値を持つ商品を求めています。例えば、形態安定、抗菌・防臭機能など従来製品への付加的機能の付与(新機能加工)による高付加価値化が見られます”と書かれています。一例として、シルクのもっている吸・放湿性、透湿性といった特徴を生かして開発したプレスド・シルクを使った靴の中敷にこうした機能を追加することができればさらに付加価値がつくと思われます。最近では、この協議会の中に「消臭加工研究会」も発足しているようです。シックハウス症候、タバコの副煙害等が問題になっている近年、障子や襖紙にこうした消臭機能が付加されるともっと快適な生活環境を提供することができると思われます。
 インターネット上のウェブの検索エンジンを使って“アトピー”を検索すると約4万7千件、“アトピー性皮膚炎”だと約1万5千件のサイトがヒットします。それだけ、問題が深刻で関心が高いということを表していると思います。例えば、群馬県松井田町と碓氷製糸農業協同組合は、絹のニット製半袖肌着を作って新生児の誕生祝いにプレゼントしている、という記事が昨年7月の朝日新聞日曜版で紹介されていましたが、2ヶ月後の日本農業新聞には大手百貨店の高島屋が、敏感な赤ちゃんにぴったりの肌着として同店ブランドのベビーウェアとして綿製品の1.5倍から2倍に抑えた値段で販売を始めたという記事が載っていました。これらの例にもあるように、絹フィブロインやセリシンのもつ生体親和性を活かした多様な生活資源の創出が望まれていると言えます。
 蚕糸・昆虫農業技術研究所の玉田室長(現:農業生物資源研究所生体機能模倣研究チーム長)は、絹タンパク質を硫酸化剤で処理し、吸水・保水性材料を作ることに成功し、特許を取得しています。生体親和性のある絹にこのような吸水剤を加味することにより、寝たきりの病人や老人のための下着への利用が期待できます。
 今年6月1日付けの日本経済新聞に、クリキュラの金色の繭に紫外線遮断機能があるのではないか、という記事ではじまり、「技術創世紀 繭が万能素材になる」という特集記事の第1回目が載りました。記事は“技術革新の荒波は勝者と敗者をはっきりと分ける。しかし柔軟な発想と鋭いきゅう覚があれば、衰退産業が先端産業に変身。周囲にも革新の風を吹き込む”と主張しています。
 これまでにいくつかの例に示したような多様な生活資源の開発を行うためには、“安全で安心な”“ゆとりと潤いのある”“豊かなヒューマンライフ”に対してどのようなニーズがあるかということを絶えず的確に把握しておくことが必要です。よく“川上から川下”という言葉が使われますが、このような生活者のニーズに関して言えば、“風上から風下”という言葉の方が的確かもしれません。川上から川下ということであれば、流れの方向は不変です。しかし、風はどちらを向いて吹いているかわかりませんし、絶えずその方向が変化します。風の吹いている方向を見極め、風上がどっちで風下がどっちかを見極めなければなりません。そのためには、絶えず生活者のニーズを把握するための努力が必要です。幸い、今年の3月に岡谷で、シルク・ミュージアムを中心としたサミットが開催され、各地のシルク関係の資料館、博物館の参加を得て盛大な会がもたれました。その時の議論の結果として、シルクへの想いをもっている多くの人々が、シルクミュージアムを核として集えるような会を毎年開催してはどうかということになりました。「シルクへの想いを新しい波に −ミュージアムを核とした人々の集い− シルク・サミット 200X in ○○」と題した集いの第1回目が今年の12月12〜13日に桐生市で開催されます。今後、このサミットにアパレル関係者、研究者、博物館関係者だけではなく、養蚕農家、都市の生活者など多彩な顔ぶれの参加が実現すれば、ニーズの把握もできやすくなるでしょうし、情報の輪ができ、シルクを生活資源として活用するアイデアが得られると思います。大いに期待したいと思っています。

5.おわりに
 今年の3月にシルク・ミュージアム・サミットが開催された背景の一つに、シルクに対して様々な想いをもっておられる方々からの質問、問い合わせや要望が寄せられている、ということがあります。例えば、趣味で糸を紡いで草木染めをしているが最近屑繭が手に入らなくなった、何処へ行けば入手可能かとか、工房を始めていて、色々な種類の繭を使ってみたいが、農家の人に生産を委託しようと思っても、農家がペイする量の繭は自分たちには多すぎる、少量ずつ色々な繭を手に入れる方策はないかとかいった問い合わせです。これらの問題は、情報交流の場ができればかなり解決されるのではないか、各地にある資料館・博物館が核になって情報交流の場ができたらいいな、というのがサミット開催のきっかけになっています。しかし、一方で蚕糸業の長期低迷状況や農業従事者の高年齢化を反映して養蚕農家の数は減少の一途をたどっています。現実問題として蚕の飼育をできる農家がいなくなってしまうのではないかという心配もだされています。
 同様に、生活者ニーズを反映した多様な生活資源の開発ができたとしても材料になる繭の確保をどうするか、特徴ある蚕品種の創出ができたとしてそれらの飼育をだれに頼めばいいのか、といった心配もあります。確かに“養蚕農家”を念頭において考えるとそのような心配があることも理解できます。しかし、この問題に関しても発想の転換が必要かもしれません。凡そ着物1着分として約2,500頭の蚕を飼育するには、90×120cmくらいの飼育容器が10個と2aの桑園があればよく、蚕飼育に関する技術があれば必ずしも“養蚕農家”である必要はないかも知れません。1999年5月27日放映の「News23多事争論」において「田園の時代」というテーマでキャスターの筑紫哲也氏が“必ず農の時代になるだろう・・・・今の農業政策のまんまでは駄目かもしれませんけど、今御覧頂いた、定年帰農の話というのは、そういうことに対する、望みのようなものを抱かせる気がする”と話しているように、近年、I−ターン、U−ターン、定年帰農のように都市から農村への人の動きが話題になっています。必ずしも農業で生活費のすべてを捻出する必要のない人による養蚕(養蚕家、養蚕者と呼んでもいいかも知れません)にまでウイングを広げることも重要ではないでしょうか。統計数字上は“養蚕農家”戸数が減少していっても、蚕を飼育している人の数は減らない。シルク・サミットの輪が拡がる中で、そうしたことが現実に起こればいいと思います。
 6月21日の毎日新聞茨城南版に“「大鷲」を結城紬などに利用し、県の独自ブランドとしてPRしていこうと、県や製糸、染色、原料、織物業界の関係者が「いばらき繭ブランド産地育成推進会議」を設立した。来春には養蚕農家に大鷲の飼育を依頼し、本格的な生産に乗り出す”という記事が載りました。このような事例は色々な地域でみられるのかも知れませんが、蚕種製造、養蚕、製糸、染色、織物とそれぞれの工程ごとに全国組織があって連携を取り合うことは大切ですが、地域の中で業種を越えた連携の輪ができることも重要だと思います。生活者ニーズに対応した(場合によっては地域に特徴的な)多様な生活資源の開発、それを支える原料の供給体制、大量生産ではないけれど顔の見える製造プロセス、できればそれに流通・販売が加わって、地域の中で異業種の連携が行われることが、新しい蚕糸技術を発展させることになるのではないかと思います。
 蚕糸・昆虫農業技術研究所では、今回の行政改革・組織再編に際して、5つの分野を設定して蚕糸・昆虫機能研究の戦略策定を行いました。その一つとして「豊かなヒューマンライフのための新蚕糸技術研究」の検討を行いました。その議論に関して日頃考えていることを中心に本稿をとりまとめました。率直なご意見・ご批判をおまちします。

※「Silk New Wave」という“カイコ・蚕糸・染織etc.に関心のある人のためのページを
    http://www.naro.affrc.go.jp/archive/nias/silkwave/hiroba/silk_wave.htm に作ってあります。是非一度ご覧下さい。また、電子メールを使って同時に多数の人と情報交換、意見交換を行うことのできるメーリングリスト(SilkWave ML)も開設 しています。電子メールの使える環境にある方は是非ご参加下さい。参加を希望される方は、「silkmailに参加します」と書いて、その後に、名前、住所、所 属、電話・FAX番号、ご自分のメールアドレスを記入したメールを、  silkwave@nias.affrc.go.jp までお送り下さい。


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