《2001 Silk Summer Seminar in Okaya−第54回製糸夏期大学》

特徴ある蚕品種繭の作出とその利用

独立行政法人農業生物資源研究所 昆虫生産工学研究グループ
新蚕糸技術研究チーム長 山本俊雄

 はじめに
 我が国の蚕糸業は1859年の横浜開港以来、重要な産業として急激な発展を遂げ、外貨獲得に大きな役割を果たしたことは周知のことである。この間、繭の生産量向上と生糸の品質改良を目指して多数の品種が選出されるとともに、世界各地から特徴ある品種を収集して利用してきた。それらの原蚕種数は大正初期で1000種を越え、昭和初期には850余種があったと記録されている。しかし、形質が雑ぱくになる品種が多出し、生糸の品質に大きなバラツキを生ずるようになったため、昭和12年には原蚕種の国家管理を目的とした原蚕種管理法が施行された。制定の趣旨は、「雑ぱくな蚕品種を整理して適良なる品種に統一し、その普及により養蚕、製糸の増進を図り、蚕糸の品質の改善と生産費の低下を促し、蚕糸業の刷新発展を期す」であった。以来、蚕品種指定制度により農林大臣が指定する交配形式以外の蚕種の製造配布はできなくなった。この蚕品種指定制度に基づいて実施された蚕品種性状調査では強健性、収繭量、生糸量歩合、解舒率などが重視されたが、常に全ての形質が対照品種と同等か、それを上回る成績が要求されたため、画一的な性状をもつ蚕品種ばかりが育成されてきたと言われている。ところが、近年の蚕糸業の低落から1998年3月に蚕糸業法が廃止されたのに伴い蚕品種指定制度もなくなったので、現在では誰でも自由に蚕種の製造・配布ができるようになった。
 一方、昨今の蚕糸業の厳しい国際競争やニーズの多様化に対応して差別化・高付加価値化できる製品開発が進められており、今後、ますます新しい素材開発が必要視されている。このような時に蚕品種指定制度が廃止され、収量や品質面で多少の欠陥を気にすることなく様々な蚕品種を利用できるようになったことは極めて好都合である。そこで長年、蚕品種の保存と育種に携わってきた立場から、新素材として利用できると考えられる蚕品種の現状について述べてみたい。

1.新しいシルク素材に求められるもの
 絹は伸縮性が低い、しわになり易い、摩擦に弱い、洗濯が難しい等、機能性が低いというイメージが強かったが、今ではウオッシャブルで取扱が容易な消耗品的な分野に消費が広がっている。しかし活動的で機能性が重視される洋装分野に利用するには欠点が目立ち、しかも洋装品は種類が非常に多く、それぞれの製品に固有の特性があるので、従来のシルクで全ての洋装品に対応するのは不可能であり、ニ−ズに合致する新しい素材が要求されている。また、衣料以外にも手術糸、タイプリボン、和楽器の弦などに相当量が使用されており、環境保護の立場から釣り糸用テグスの開発が提唱されるなど、強度の強い繭糸特性を持つ品種育成に期待が寄せられている。
 さらに、従来の製糸から生糸加工を経た繊維形態にとらわれることなく、カイコ、繭、桑から直接製品化につながるような形態を生み出す努力が必要である。絹蛋白質の生体親和性、物質透過性などが優れていることから、化粧品が商品化されたほか、フィブロイン膜はコンタクトレンズ、人工皮膚、血液バッグなどの医療用材料として有望視され、工業素材としては酵素の固定化担体としてのバイオセンサ−、細胞付着性と増殖性のよい点を利用した細胞培養床、吸着性のよさを利用した医療除放体(DDS)として利用が検討されている。蚕の絹物質生産能力を活用して多様な機能性を持つ天然生体素材を生産する「昆虫産業」へ展開する状況が生まれることも夢ではなく、そのため特殊な物理的・化学的特性を視野に入れた育種も行う必要があろう。
 21世紀に入った今こそ、発想を大転換する契機にしたいものである。幸いなことに、我が国には豊富な蚕の遺伝資源が維持されており、これらを駆使すれば多様化する要望に応えた素材開発が可能であると思われる。

2.カイコの遺伝資源
 カイコは5000〜6000年前の古代中国で家畜化された後、世界各地に広がり、それぞれの風土に適応した品種として分化し、中国種、欧州種、熱帯種及び日本種などの地理的品種が形成された。日本では18世紀にはかなりの数の品種が成立し、明治に入ってから世界各地から特徴ある品種の収集も行われてきたが、役目を終えた後も多数の品種が貴重な遺伝資源として保存されている。カイコの系統保存は産業昆虫であると共に、学術研究の材料という二面性に対応して行われてきたが、育種素材としての地理的品種や有用突然変異種の保存は農業生物資源研究所、大日本蚕糸会蚕業技術研究所、群馬県蚕業試験場などの蚕糸業に係わる研究機関で行われ、九州大学をはじめとする教育・研究機関では多数の突然変異が基礎的研究用材料として保存されている。
 山梨県小淵沢町にある農業生物資源研究所昆虫遺伝研究チームは九州大学と並び蚕品種保存の拠点である。ここには470種余が保存されているが、育種素材として利用できるのは主に地理的品種296種である(表1)。地理的品種は大別して、大正時代より以前の在来種とその後これらの在来種を基に品種改良して育成した改良種に区別されている。また、休眠性(化性)によって分類されることがあり、日本種と中国種には1化性と2化性とがあり、ヨ−ロッパ種は1化性、熱帯種は多化性である。

     表1.農業生物資源研究所に保存されている蚕品種

(1)地理的品種

  在来種 改良種 合 計
日本種   49   54  103
中国種   51   69  120
欧州種   27   19   46
熱帯種    6    0    6
眠性種   21    0   21
合 計  154  142  296

(2)突然変異種

形質の種類 幼虫形質 卵形質 繭 質 蛹形質 生理的異常 染色体異常 複合系統 合 計
系 統 数   49  26  10   4    14    22   49  174

 特性調査は表2に示すように実用形質を中心に30項目について行われてきている。この他、過去の研究から多数の品種について人工飼料摂食性、卵殻の塩化第2鉄染色性、蟻蚕の行動性、体内気官の分布、退化鈎爪数、血液の小球細胞と筋肉反応、繭の色素、皮膚エステラ−ゼ、卵エステラ−ゼ、血液フォスハタ−ゼ、血液エステラ−ゼ、血液リポタンパク、中腸アルカリフォスハタ−ゼ、絹糸腺エステラ−ゼ等20余種の特性が調べられている。公開されている資料にはこれらの特性調査の詳細は記載されていないので、昆虫遺伝研究チームに直接問い合わせる必要がある。保存品種の一般的な情報農業生物資源研究所のホームページ(www.nises.affrc.go.jp) に公開されているので、これを利用すると便利である。

表2.保存蚕品種(地理的品種)の調査形質

第1次特性(形態的特性):14項目
 卵形質(化性、卵色、卵殻色)、
 幼虫形質(眠性、蟻色、体色、体形、斑紋、脚色)
 繭形質(繭色、繭形、ちぢら)
 蛹形質、標識遺伝子の有無    
第2次特性(生態的特性):5項目
 孵化率、産卵数、幼虫の最終齢日数、全齢日数、生存率
第3次特性(収量、品質、成分等):11項目
 繭重、繭層重、繭層歩合、繭層ラウジネス、練減率、繭糸量
 生糸量歩合、繭糸長、繭糸繊度、解じょ率、小節点  

 カイコの系統保存は1年に最低1回は飼育して採種する必要があり、多大の時間と労力を要する。系統保存の効率化には蚕種の長期保存が最も有効であると考えられ、現在、各種低温を組み合わせた2カ年間の保存、あるいは超低温による長期貯蔵の研究が行われており、その成果が待たれている。

3.利用度の高い保存系統
 保存蚕品種は時代の要請に応えて多方面で利用されてきたが、繭糸質に特徴のある蚕品種を一括して表3に示した。最も利用されているのは小石丸で、宮崎県の秋山手紬染織工房をはじめ各地で飼育されている。小石丸は性状調査をみる限り繭糸自体に大きな特徴は見られないが、「古代絹」の代表格で生糸あるいは織物にしたとき独特の風合いが現れる。長い間、皇室で飼育されていることも知名度を高めており、純血種以外に他の品種と交配したハイブリッド(群馬県では小石丸×二一)もブランド化素材になっている。また、青熟は福島県伊達地方を中心に普及した品種であるが多摩シルク21等で利用されており、又昔、大草、赤熟、青白、種子島、諸桂なども興味を引く品種である。これらは江戸時代に選出された品種でありながら、昭和の初めまで飼育されている。飼育が容易であったばかりでなく、繭糸質が優れてる点を評価されていたためと思われるが、現時点で通常の繰糸試験を行ってみても、その特性は表現されにくく、織物にして初めて品種固有の特性が現れるといわれている。

表3.繭糸質に特徴ある保存蚕品種

  日本種 中国種 欧州種
細繊度 千代鶴、金色、乞食
日9号, 日117号、日東姫
漢黄、漢川、黒子,支21号
支25号、支125号、銀嶺
支122号(細)
アスコリー、マルケ黄繭、65号
S9号、優白、欧9号
欧12号、欧21号
太繊度 世界一、姫日、青白
分離白一号、日112号
日122号、日502号
支16号(新、旧)、支23号
支123号、特支2号、Z113
KO56、セクザート


綿 繭 綿蚕、綿49 眉蚕(秋)、眉蚕16、眉蚕17  
玉 繭 琉球多蚕繭(静岡)
琉球多蚕繭(黄綾)
   
古代絹 小石丸、青塾、又昔、青白
種子島、赤熟、大草
四川3眠、諸桂、せっ江
 

 利用度が高い品種として支21号、支25号などの細繊度系統もあげられる。生糸の生産性が小石丸などより著しく高く、そのまま利用してもよいが、近年、著者らが育成した「あけぼの」や「はくぎん」等はこれらを素材にして改良したものである。
 着色繭に対する要望も高くなっており、これらを表4に示した。黄繭で糸量の多い支125号の利用度が高い。着色繭としては、金黄色、緑色など、様々な系統があるので、それら色素の機能性解明をはかると共に、その有効利用が期待される。綿繭、玉繭品種なども利用されるが、玉繭の琉球多蚕繭は古代絹としての意味合いが強い。

表4 繭色に特徴ある蚕品種

繭色 日本種 中国種 欧州種 熱帯種・眠性種
肉黄 和黄 天門 アジア黄繭、アスコリー、ビオーネ、アスコリー黄繭、グッビオ、伊黄繭、金桃、マイエラゼブラ、65号、Y4、マルケ黄繭、S9号、スペイン、バール、サンジュリアン、セクザート、トルコ黄繭、欧1号、欧5号、欧7号、欧9号、欧12号、欧16号 、輪月、欧20号、y35、KO56、テクス1号、テクス2号(全て肉黄色) 山東3眠、欧7号3眠
金黄 粟国蚕、古金、金光珠、乞食、金色 金黄、球玉、黄波、秀黄、S1号、金光丸、支7号、支13号、支14号、支16号、支98号、支125号 四川3眠、四川金黄、鮮3号、カンボウジュ多化
  漢黄、黄玉 黒蛾  
  テクス3号、大造   カンボウジュ固定、輪月、マイソール、ピュアマイソール
大如来、天龍青白、青白 碧蓮    
  紅支那、緋紅、漢口赭繭、漢川、湖北 ローザ  

4.半世紀前に利用された特殊用途用品種
 今とは状況は違っていたが、第二次世界大戦により輸出できなくなった生糸を国内需要に向けるため、また海外からの綿、羊毛、化学繊維などの輸入が絶え、これらの繊維素材の代用品として利用するため、細繊度繭(強力生糸用)、太繊度(短繊維用)、綿状繭(羊毛の代用)など様々な特殊用途用蚕品種が育成された(表5)。
 綿及び羊毛の代用として利用した開繭短繊維用の「綿蚕×眉蚕」等は当時としては生糸量歩合が高かった。太繊度品種の「5眠白×特支2号」等は解じょ率が良好で繰繭短繊維用及び絹毛用として利用された。細繊度品種は「支21号×支108号」などが強力生糸用として篩絹や落下傘に利用するため多数育成され、戦後も3眠蚕の細繊度品種が篩絹や高級生糸用として利用された。テグス用品種は分裂繊維少なく強度が強いので、漁網及び縫合糸用として利用された。また分裂繊維が少なく、エクスホリエーション欠点の少ない「日501号×中501号」などのラウジネスフリー品種が育成され、高級生糸用として利用された。これらの蚕品種は
遺伝資源として保存されているが、現在要求されている特殊形質を備えているので保存品種の中で重要な地位を占めている。

表5.半世紀前に育成された特殊用途用蚕品種

細繊度(強力生糸、篩絹、パラシュート)
 1.三眠白×支108号(1941):3眠蚕、2.23デニール
 2.支21号×支108号(1944):2.06デニール、航空1号と呼ばれた。
 3.三光×支21号(1948):3眠蚕、1.96デニール
 4.旭光×雪花(1951):2.00デニール
 5.日125号×支25号(1958):2.18デニール
太繊度(絹網、ロープ、羊毛代用)
 1.五眠白×特支2号(1943):5眠蚕、3.66デニール
 2.日121号×支23号(1945):3.96デニール
 3.太白×銀嶺(1949):3.55デニール
短繊維(紡績糸、綿・羊毛代用)
 1.綿蚕×眉蚕(1941)
 2.特大造×新竜角(1941)
テグス(釣り糸、銅線代用)
 1.テグス1号×テグス2号(1943)
 2.支108号×テグス2号(1944)
ラウジネスフリー(高級生糸)
 1.日501号×支501号(1955)
 2.日502号×支125号(1962)

5.近年の実用品種
 蚕糸業法が廃止された時点で二元交雑24種、四元交雑20種が指定品種として残存し、交配に使われていた原種は、都合122種であった。これらの交雑種には特徴ある品種として細繊度品種5種、太繊度品種2種、広食性品種5種が含まれている。実際の養蚕に使われる交雑種は限られているが、これらの原蚕種は、農業生物資源研究所、大日本蚕糸会蚕業技術研究所、群馬県蚕業試験場など、品種育成を実施している機関で維持されているほか、カネボウシルク社が育成した「錦秋×鐘和」のような普及率の高い品種は蚕種製造会社の上田社で維持されており、常時、蚕種の供給が可能である。育成場所では、同時に多数の育成素材を保有しているが、それらの情報は公開されていないので、関心のある人は育成者に直接たずねるとよい。

6.特徴ある蚕品種の育成
 近年の特徴ある繭づくりは、1980年代半ばにハイブリッドシルク用として開発された細繊度品種「あけぼの」に始まり、引き続き、太繊度蚕品種や限性黄繭種、広食性品種など、多様な用途別蚕品種が育成された。現在、緊急な課題となっている高付加価値化・差別化した絹素材の作出をはかるには、原料である繭から差別化することが最も重要であり、特異な繭糸質を有する蚕品種への期待は大きい。さらに前述のように、21世紀の新しい蚕糸業を構築するには、医療や工業分野にも用途が期待できる蚕品種の作出が必要である。

(1)繭糸繊度に特徴ある蚕品種
 素材開発のなかで最も重要視されたものは繭糸繊度に特徴を持つ繭であった。即ち、細繊度繭で造る生糸は柔軟で強度が強く、しなやかで光沢に富む織物ができるので、軽やかでソフトな肌触りが要求される和装用の高級着物地、洋装婦人服、スカーフ、インナー類に適し、コシ、かさ高性、保型性、耐摩耗性の求められるアウタ−・カジュアル類には太繊度が適している。
 
細繊度品種は小節、解舒率などの糸質が良好で収繭量や生糸量歩合が普通品種と大差ないことことを目標にした結果、「あけぼの」を筆頭に繊度が約2デニールとなる多数の品種が育成された(表6)。収量面では大部分の品種が普通品種の9割程度である。
 蚕品種指定制度下で「ほのぼの」と共に最後の指定品種となった「はくぎん」は繊度が約1.6デニールと極細で、長い蚕品種の歴史の中で4眠蚕として初めて2デニールを切る指定品種になった。群馬県繊維工業試験場が「はくぎん」14中生糸で試作した超薄地のスカーフや婦人服は好評を博しており、ジャパンシルクブランドへの素材として期待されている(当研究チームが技会特別研究「新需要創出」で委託して行った)。
 太繊度品種はすべてが4デニールを越え、しかも多糸量である。最も新しい品種「N510
×FGN1」は群馬蚕試と新蚕糸技研チームの共同開発によるが、太繊度であるにもかかわらず、繭形が普通繭と変わらないので、上蔟に回転蔟を利用できる利点がある。太繊度繭糸の利用については開発途上のものが多く、今後に期待したい。
 なお、これらは単に平均繊度が相違するばかりでなく、粒内の繊度偏差が細繊度品種は著しく小さく、太繊度になるほど大きくなるという顕著な特性があり(図1)、これが生糸や織物にしたときに大きな特性が現れる要因になっている。

表6.近年の細繊度蚕品種

1.あけぼの(1987):(日505号・日506号)×(中505号・中506号)、2.2デニール
2.しんあけぼの(1991):(日511号・日512号)×(中511号・中512号)、2.2デニール、繭層の濁り(錆色)の改良
3.世紀×二一(群馬県蚕試、1991):中細繊度、2.6デニール
4.改良しんあけぼの(1996):(日511号・日512号)×(中511号・中513号)、2.2デニール、産卵性の改良
5.改良あけぼの(蚕業技術研究所、1997):2.2デニール、再指定
6.ほのぼの(1998):細繊度で広食性、 2.2デニール
7.はくぎん(1998):極細1.6デニール

育成者の記載のない品種は(旧)蚕糸・昆虫農業技術研究所で育成

表7.近年の太繊度蚕品種

1.さきがけ(1989):(507号・日508号)×(中507号・中508号)、4デニール以上、大型繭
2.ありあけ(1991):(509号・日510号)×(中509号・中510号)、4デニール以上、小型繭
3.FNG20×N510(群馬蚕試・蚕昆研、2000)4デニール以上、小型繭


 図1 種々の蚕品種繭の粒内繊度曲線図

ところで、細繊度の元祖は当チームが維持するMK,太繊度は昆虫分子進化研究チーム(つくば)で維持する27太とよばれる品種である。MKは鹿児島県の山川飼育所、27太は小淵沢飼育所において共に昭和10年代に選出された。MKは繭糸長が3,000mを越えた記録を持ち、今でも2,500mを越える個体が出現することがあり、繊度は1.3d内外である。27太は5〜6dを記録したことがある。これらは保存品種に加えられることなく、60年間にもわたり代々、興味を持った育成者へと受け継がれたものであり、蚕品種にかけた先人の熱意が伝わってくる。
 一方、普通のカイコに3眠化剤を投与することによって細繊度化をはかる技術が確立している。細繊度蚕品種と3眠化技術を組み合わせると、1デニール内外の繭糸の生産が可能である(表8)。現在、生活資源開発研究チームでは「はくぎん」3眠蚕繭を使って極細生糸を製造して超薄地の特殊織物を製作中であり、その成果が待たれている。

表8.3眠化した「はくぎん」の繭糸質

投与時期             繭層         繭糸
 繭重  繭層重  歩合  繭糸長  繊度
無処理(4眠蚕)     g      g    %      m    デニール
 1.70   0.354   20.8    1745    1.67
 (100)   (100)   (100)   (100)   (100)
3齢投与  1.19   0.224   18.8    1653    1.36
 (70)    (63)   (90)     (95)    (81)
4齢投与  0.82   0.107   13.0    1003    0.99
 (48)    (30)   (63)     (57)    (59)

               ・( )内は%
               ・3眠化剤はトリフルミゾールを用い、280ppm濃度で人工飼料に添加して
                各齢の起蚕時より3日間投与した。3眠蚕の発現率は98〜100%である。

 さらに、演者らは究極の細繊度繭糸を創出するため、「はくぎん」の親品種を優性3眠蚕に交配して細繊度3眠蚕を作出し、これから2眠蚕を高率で誘導することに成功した。この2眠蚕の繊度は3〜5μmであり(普通の繭糸:20μm内外、「はくぎん」: 12μm)、ガラス繊維に匹敵するような繊維の製造が可能となったことから、従来は利用に限界があった工業用への用途も広がる可能性が生じている。

(2)着色繭、玉繭および綿繭蚕品種
 着色繭も多数が育成されている(表9)。その中では「鐘光×黄玉」などの黄色繭が最も利用されており、ついで抗菌性のあるフラボノイド色素を持つ緑繭「PNG×PCG」に対して用途が開発されつつある。また紅繭など、様々な色調を持った系統の機能性解明とともに、それらの品種化が望まれている。

表9.近年の着色繭蚕品種

1.黄白(1990):日03号・日04号×中03号・中04号(1990)、限性黄繭
2.鐘光×黄玉:カネボウ(1994)、黄繭
3.いろどり:埼玉県(1995)、緑(笹)繭
4.ぐんま×支125号、群馬県(1998)、黄繭 
5.C6×C125、長野県(1998)、黄繭・細繊度
6.PNG×PCG:(2000)、緑繭

 玉糸は宮坂製糸社が著名であり、常に一定の需要はあるが、回転蔟では玉繭がほとんど生じないため、国内産は不足している。当チームでは琉球多蚕繭を導入して品種改良を行った結果、山型蔟で上蔟した場合に玉繭の発現率が30%程となる2系統(N玉、C玉)を育成できた。面白いことに、これを小さな区画に2頭づつ入れて強制的に玉繭を作らせると、80%以上が玉繭となるので、品種と営繭方法とを組み合わせることによって玉繭の効率的な生産が可能である(図2)。


図2 区画蔟に2頭ずつ強制上族したときの営繭状態
左:普通品種、右:育成した玉繭品種

 綿繭を用いた紡績糸が再評価されている。神田千鶴子氏は保存品種の綿蚕からガラ紡績を行い、特徴あるアウター製品を製作している。今後、特殊用途として利用が高まると思われるので、繭生産性の高い新しい綿繭品種を育成中である。

(3)平面繭用品種
 最近、従来の帯芯以外にアートの分野に使われるなど、平面繭に関心が高まっている。新潟県農業試験場で開発した「紙シルク製造装置」はほとんど人手をかけずに効率よく平面繭を製造することができる(図3)。この装置を用いて繭形や繭色に特徴ある系統を供して平面繭を作ったところ、光線の影響を受けやすい品種、落下しやすい品種など、系統によって平面吐糸に難易があること、平面繭の形態に特徴が現れる系統(綿蚕、はくぎん)のあること等が分かってきた。装置と品種とを組み合わせることによって個性あふれる素材の作出が可能であり、平面繭に適した品種を選定中である。平面繭は、繰糸工程を経ずに製品化ができるので、農家の庭先で直接商売ができるという収入面の有利さがある。


図3 紙シルク製造装置を用いた平面繭の製造

(4)セリシン繭品種
 セリシン蛋白質は元々、製糸・絹加工の過程で廃棄されていた成分であるが、保湿性が優れること、強い抗酸化性(活性酸素による酸化防止)を有すること、チロシナーゼ阻害作用のあるのでメラニンの生合成を抑制して美白効果があること等、機能性素材として関心が高まっている。しかし、普通繭や生糸、あるいは精錬液から回収する方法ではアルカリや加熱で蛋白質が変性したり、精製コストも膨大になると思われるので、大量生産には限界があると予想される。
 昆虫遺伝研究チームにはフイブロインをほとんど分泌せず、セリシンだけを分泌する2種の突然変異が保有されていた。このうち、裸蛹(Nd)は繭層のセリシン含量が99%と高いが、吐糸営繭する割合が著しく低く大多数が裸蛹となる系統である。もう一方のセリシン蚕(Nd-s)は吐糸量は多いがフイブロインも分泌し、セリシン含量が70%ほどである。
 そこで、裸蛹(Nd)を素材として交雑育種によってセリシンを効率よく産生する系統を選抜した結果、1頭が70〜80mgのセリシンを分泌する系統を作出することができた(図4、表10)。優性遺伝子によって支配されるので、普通品種とのハイブリッド化が可能であり、現在、その交雑種の選定と平面吐糸法によるセリシンの回収法を検討中である。煩雑な精製工程を経ることなく、純度が高く変性しないセリシン蛋白を繭から直接採取できる利点がある。セリシンの機能性解明とともに新素材としての用途開発に期待するところが大きい。


図4 セリシン蚕の営繭状態
左:裸蛹(Nd)、中央:セリシンN、右:セリシンC

表10.育成したセリシン蚕の性状

  1頭当り            100頭当り  原系統に対
繭層量  練減率 営繭率  セリシン量  する増加率
セリシンN
セリシンC
Nd(裸蛹)
   mg     %     %       g      倍
 72     99.0    97     6.89      3.9
 82    99.0    98     7.94       4.5
 30    99.0    65     1.78       1.0

(5)その他
 小節点が50点以下となる系統が選抜されている。従来は大中節や小節の多いものは品種として成立しなかった。蚕品種指定制度では小節の限度点は93点と定められ、この値をクリヤーしないと他のすべての形質が優れていても指定品種にはなりえなかった。小節不良系統は40年以上前に見出され、以来、育成者は玉糸とは異質な節のある生糸の製造を夢見て苦労しながら維持してきたものである。このように、従来は世間から見捨てられていた形質を新しい特性として評価することが差別化素材につながる可能性がある。この外、高級生糸用として分裂繊維の少ない繭(ラウジネス・フリ−)の選抜も容易であると思われる。
 一方、バキュロウイルスの蛋白質生産能力が高いことを利用して、多様な外来遺伝子発現ベクターが開発され、蚕から有用タンパク質の生産が行われている。多量のタンパク質を効率よく生産するため、ウイルスの増殖が旺盛に行われること、体型が大きく血液量が多いこと、人工飼料での飼育が容易で生育期間が長すぎないこと、などの特性を備えた蚕品種の作出が要望されている。これらは絹織物の世界から離れた品種であるが、21世紀にふさわしい成果が待たれる。
 差別化を目指して新たな展開をはかろうとするとき、蚕品種に対する期待は大きいが、改良到達目標を明確にし、蚕種製造、養蚕、製糸・絹加工技術に及ぶ要望をすべて蚕品種で解決しようとする従来の考え方から転換し、特に蚕品種に期待される形質について重点的に改良することが時代に即応できる道である。

7.アメニテイ養蚕
  (註:アメニテイとは、通常は場所、建物、景観、気候など生活環境の快適さを指す言葉であり、ここでは養蚕という仕事を通しての満足感のある生活という意味で用いた。) 21世紀は従来の蚕糸業と異なる形態として、原料から最終製品までを一貫して行う「アメニテイ養蚕」が進むと考えられる。小規模であるが、生産した繭をその地域で、あるいは個人で製糸し織物を作るという形態(地域の工房など)がそれである。我が国の蚕糸業の継承が危ぶまれている中で、地域に根ざした「ものづくり」=こだわりの地域ブランド化「アメニテイーシルク」が重要な役割を果たすようになり、これがカイコや絹の文化を守る上でも大きな力になると思われる。これまでに述べてきた繭糸質に特徴のある蚕品種や小石丸を初めとする古代絹を連想させる古い蚕品種は、このような蚕糸形態に不可欠な品種であるといえよう。保存蚕品種の中には一部の品種を除いては、糸づくりや織物などの試みがなされていない品種も多い。蚕糸業法の廃止によって、蚕種の製造・利用がフリーになったことは、これらの品種が世に出る機会が増すことにつながるものであり、逆境の中にあって新しい素材が開発されることを期待したい。

おわりに
 今回は、特徴ある蚕品種を中心に記述し、普通蚕品種にはふれなかった。いうまでもなく、蚕糸業界で流通する大半は普通の蚕品種から生産される繭・生糸であり、蚕種製造社や養蚕農家にとって現段階では特徴ある蚕品種とのギャップは大きいかも知れない。しかしながら、高付加価値化・差別化できる素材開発なくして、我が国の蚕糸業が成立しなくなるという意識は誰もが持っていることである。また、その差別化には川上から川下までの連係プレーが成功の鍵を握っていることはいうまでもない。

 一方、従来の繊維の形態にこだわっていては、クワ、カイコ、生糸は我が国から消えてゆくばかりである。発想を変えた商品開発と新ビジネスにつながるような夢多き研究へと展開させることが蚕糸業の存続に必要である。新素材開発のもととなる蚕育種や保存蚕品種の維持は時間と労力のかかる事業であり、蚕糸業の急激な変化に対応するのは容易ではないが、利用されてこそその労が報われるのであり、新素材に利用できそうな蚕品種が多数存在することは喜ばしい限りである。また、蚕糸関係の組織・団体が縮小していく中で情報収集が難しくなっているが、従来とは発想を変えた要望・情報が寄せられることを期待したい。新しい分野に展開できる蚕品種はアイデア次第だと感じているからである。
謝辞:保存蚕品種の情報をいただいた昆虫遺伝研究チーム(小淵沢)の方々、並びに育成品種のデータ整理・作図を行っていただいた新蚕糸技術研究チーム主任の宮島たか子氏に対して厚くお礼申し上げます。


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