2.一代雑種利用の提唱(1909)

外山亀太郎(1906)蠶種類の改良.蠶業新報 158:282-286

 獨り蠶業のみならず、凡ての事業を完全に發達せしめんとするには、あらゆる方面より其改良を謀らざる可らず、偏したる改良又は發達なるものは一時盛觀を呈するが如きも決して健全なる發達を為すことを得ざるものなり、而して蠶業にありては如何なる方面より其發達を促進す可きかと言ふに、第一經濟上の研究を充分にして、本事業をして健全なる經濟上の基礎に立たしむること、第二蠶及桑てふものをして吾人の目的に合ふ様に改良すること、即ち種類改良第三此等の病理生理解剖等の學を盛んならしめて、經濟的研究の助を為さしむること、第四製絲上にありても同様の研究を為すこと、第五生絲商業上の發達する方法を講ずること等其重もなるものなるべし、若し此等の基礎にして充分ならんか奬勵を待たずして斯業は自ら發達すべし
余は今茲に種類改良と言ふ事の大體を記さんとす、蓋し蠶業の根本とするものは種類にして經濟と言ひ、飼育と言ひ又消毒と言ふも、つまりは其蟲の性質によることで、若し是れが吾人の思ふように改良せられたならば飼育其他の方法も非常に手輕にすることが出來、随て經濟上に大關係を及ぼすものである、何れにしても本尊様を其儘にして殿堂のみを改良するも、得る所は或は費す所より少いかも知れぬ、故に余は此問題を第一に提出する(中略)此他尚ほ種々なる遺傳の法則ありて此法則によりて種類を改良したならば、改良と言ふことも思ひの外進歩するものだろうと思ふ
併し種類を改良するには如何なる標準によりて改良するか、是が問題である、目的なしに徒に騒ぐと反て害を來すから各能く其目的を明にし、然る後に着手せられたし
此他製種上に就ては進化學上より來りたる事實上改良すべき點が甚だ多いように思はるゝ余が實際為したる試驗の結果も亦明に之れを證明する、此等は他日諸君に相談する機會があるならんと思ふ
終りに最も製種家の注意を煩はさんとする事は、一代限りの種類を拵へる事である、之は最も蠶種家の方では面白い問題である、即ち一代の間或性質を休眠せしめて、善良の性質丈を發現させることで、若し之を他の人が複製するときは直に分解して不良なる種類となる、之は蠶種製造家の事業保護上一の良法であるかと思ふ、善良なる種類を作りても直ちに他人に複製されては面白くなく、又多年の功勞に酬ゆる道でない、之を防ぐには一代限りの種類を作るより他にない(以後略)


外山亀太郎(1909)『蠶種論』.1-785.丸山舎(東京)

第九章 淘汰
 第三 雜種改良法
  撰出法ハ已存在スル所ノ種類ヲ撰出分離スルニ止マル者ナレバ改良ノ範圍大抵限リアル者ニシテ混ジタル種類ヲ盡ク分離シ終リタルトキハ之ヨリ以上、進歩ノ餘地ナク又撰出ヲ了リタリトスルモ撰出シタルモノ、性質ガ吾人ノ希望ニ適ハザルトキハ何ノ効モナカルベシ又突然變異モ短年月間ニ無限ニ發生スル者ニモアラザレバ其應用モ亦タ大抵限リアル者ニシテ無限ノ改良ヲ為シ得可キ者ニアラザルヤ明ナリ是ニ於テ雜種ヲ應用シテ種類改良ノ必要起ル
雜種ニ依テ新種類ヲ生ズル法ハ(一)二種又ハ數種類ガ有スル善良ナル性質ヲ合一シテ一トナスコト(二)雜種ヲ為ストキハ數代ノ休眠性質ガ發現スルヲ以テ其中善良ナル者ヲ撰出シテ獨立セシムルコト(三)二種又ハ數種ノ性質ヲ合シテ一時的ノ新性質ヲ作成スルコト等ハ已ニ記載シタル所ナリ今其方法ヲ順次説明スベシ
  (一)二種又ハ數種類カ有スル善良ナル性質ヲ合一シテ一新種ヲ造成スルコト
 此法ハ已ニ記載シタル事實ニヨリテ明ナレバ今茲ニ再説スルノ要ナケレドモ先ズ吾人カ希望スル所ノ性質ナル者ハ如何ナル遺傳ノ法則ニ依ルモノナルヤヲ明カニシ次ニ其性質カ獨立シタル單位性質ナルヤ又ハ混合性質カ單一性ノ如ク見ユルモノナルヤ等ヲ觀察シ若シ分離遺傳ヲ為ス者ナレハめんでる氏法則又ハ其變法ニヨリテ自由ニ新結合ヲ為サシムルコトヲ得可ク又卵色ノ如ク分離遺傳ヲナス者ニシテ一代間ハ多ク雌性ニ似ル者ナレハ二代目又ハ三代目ニ之ヲ撰出スルノ注意ヲ為スベク又融合遺傳ヲ為スモノナレハ三四代ノ間ハ逆交雜ヲ反覆シテ漸進法ヲ行フベシ此如ク各性質ノ遺傳ノ法則ニ従フトキハ第一回雜種ハ如何ナル者ヲ生ジ其二代目ハ如何ニ分裂シテ新結合ヲ生ズル者ナルヤ等ハ遺傳ノ章ニ記シタル數式ニ依テ明ニ知ルコトヲ得可キヲ以テ着手ノ當時ヨリ目的ヲ確立スルコトヲ得ベシ
  (二)休眠性ヲ利用スルコト
雜種ノ為メ數々新性質ヲ發生スルモノナルコトハ已ニ記シタルガ如シ而シテ發現シタル新性中ニハ固定シタル者アリ又固定セザル者アリ、分離遺傳ヲ為スモノアリ又融合遺傳又ハ種々ナル變化ヲ為ス者アリテ一様ナラザレドモ其性質ニシテ吾人ノ目的ニ適フ者ハ勿論、然ラザル者ニテモ他ノ性質ト合スルトキハ實用ニ供スルコトヲ得可キ者ナレバ注意シテ撰出シ其利用ヲ怠ラザル可シ雜種應用上ヨリ言フトキハ已ニ存在シタタル良性ヲ結合シテ一トナスヨリモ其結果反テ有望ナルモノナリ
  (三)一代限リノ種類ヲ作ル法
 二種ノ性質ヲ合シテ一トナシ其一方ノ性質ヲ休眠セシムルカ又ハ其中間性ノモノヲ生ゼシムル法ニシテ我邦目下ノ状態ニアリテハ實業家保護上最モ必要ナリト感ズル者ナリ如何トナレバ假令固定シタル良種類ヲ創造スルモ複製セラルルトキハ數年ニシテ同種類ハ各所ニ彌蔓シ新種類創製ノ勞ニ酬フルコト能ハザル可シ故ニ固定セザル一代限リノ良種類ヲ造成スルハ必要ナルコトナリ之ヲ作ラントセハ(一)優性中ニ種々ナル劣性ヲ休眠セシメテ吾人ノ目的ニ適スル新性質ヲ造成スベシ今マ簡單ナル例ヲ上ゲンニ四化蠶ノ雌ニ伊達錦ノ雄蛾ヲ交尾セシメ夏期少シク善良ナル桑ヲ用ヒテ飼育スルトキハ殆ント春蠶ニ異ラザル良繭ヲ生ズル種類トナル、四化蠶ト稱シ又伊達錦ト稱スルモ其系統異ナルモノナレハ如何ナル種類ニテモ常ニ同一ノ結果ヲ示スモノニハアラザレドモ余ガ實驗シタル種類ノ如キハ余ガ會テ見ザル好結果ヲ得タリ故ニ何レノ種類ト種類トヲ結合スレハ好結果ヲ得ル者ナルヤハ製種家自カラ試驗シテ自得セラレンコトヲ望ム、又かすり蠶性ハ劣性ニシテ普通斑紋性ハ優性ナレハ若シかすり斑紋ヲ嫌フ者アレハ普通斑紋蠶トかすり斑紋蠶ト交雑セシメテ一代間かすり性ヲ休眠セシムルヲ得可シ繭ノ形状等ニ至リテモ亦タ此ノ如ク一代間丈ケ巣ノ形状ヲ一定セシムルガ如キハ決シテ難キ者ニ非ズ能ク優劣二性ノ關係ト遺傳ノ法則ヲ知リ之ニ從フテ合一セシムルトキハ只一代間ハ美ナル性質ヲ發現スルモ二代目ニ至ルトキハ直ニ分解シテ不規則ナル形状トナルモノヲ作ルコトヲ得ベシ他ノ家畜ニテ此實例ヲ上グレバ鶏ノ一種青色「あんだるーしゃん」種是ナリ此種類ハ古來ヨリ純粋種ヲ得ルコト甚ダ難キ者ト稱セラレ如何ニ注意シテ其兩親ヲ撰出スルモ常ニ二種ノ異リタル性質ノ子ヲ生ス一ハコク色ニシテ一ハ不規則ナル黒色點ヲ有スル一種ノ白鶏ナリ年々此等ヲ取リ去リ善良ナル親ノミヲ撰ムモ終ニ固定シタル種類ヲ得ルコトヲ得ザリシハ英國養鶏家ノ一般ニ認ムル所ナリ然ルニべーとそん、ぱんねっと二氏ノ研究セラレタル結果ヲ見ルニ青色鶏ヨリ生シタル子ノ總數中其二分ノ一ハ青色種ニシテ四分ノ一ハ黒色鶏、残りリ四分ノ一ハ有點白色種ナルコトヲ發見シ明ニめんでる氏遺傳ノ法則ニ從フテ生ズル者ナルコトヲ知ルニ至レリ茲ニ於テ青色「あんだるーしゃん」種ハ黒班ヲ有スル白色「あんだるーしゃん」種トノ雜種ナルコト並ニ其性質ハ一代限リニシテ次代ニ至るルトキハ直ニ分裂シテ原性ニ復歸スル者ナルコトヲ明ニシ青色「あんだるーしゃん」種ハ何人ニモ自由ニ造ルコトヲ得ルニ至レリ、青色猫ノ如キ又或ル桃色ヲ為シタル牽牛花ノ如キモ一種ノ混合性ニシテ固定シタルモノニアラズ
又此ノ如ク年々新雜種ヲ作ルトキハ一回雜種ニシテ其性質一般ニ強壮ナレバ之ヲ農家ニ飼育セシムルモ大ニ便利ナルベシ


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