76.人工飼料による原蚕の飼育標準技術(1987)

上田 悟、北沢敏男、滝澤寛三、野尻邦雄、加藤清正、柳川弘明、渡辺喜二郎、松田基一、須藤光正、竹田 敏、真野保久、久保村安衛(1988)人工飼料による原蚕の飼育標準技術.蚕糸試験場彙報 第132号:199-220

 交雑種における稚蚕人工飼料育の飼育標準技術についてはすでに多くの報告があって、それぞれ特色が提示されたが、その後の基礎、応用両面の研究の進捗により、現在では一本化の傾向が示されるに至っている。
 原蚕についても、滝澤ら(1980)の稚蚕に関する飼育標準表の作製の試みがあるが、その後の研究の進捗からみると若干の加筆が望ましく、また原蚕の全齢を通じての飼育標準技術について示された例はみない。ここに試案を示し、批判を得たい。

1.蚕品種の選定と催青
 蚕品種は人工飼料に良好な摂食を示す蚕品種を選ぶことは言をまたない。
 ところが、良好な摂食性を示す蚕品種でも孵化が斉一でない場合は、摂食が不揃いになり、毛振るい率が低下する。当日孵化した蟻蚕を掃立てるのが最良であるが、間違っても三夜包みにならないよう留意する。そのためには蚕種は散種利用は避け、枠製または平付けを用いる。当日孵化蟻で掃立予定量が賄えない場合には、その蟻蚕は蚕卵台紙から離して低温保護し、翌日蟻と合せて掃立てる。
 催青条件のうち光線管理は短日条件すなわち、24時間光周期で6〜8時間を明とする(鈴木・上田、1987)。飼育日長条件も下記するように短日にするので、その日長と同一にするのが最も好ましい。他の催青条件は桑葉育を準用する。

 2.蚕卵・蟻蚕消毒
 人工飼料育が普及し始めた頃は、蚕卵の卵面消毒の必要性が強調されたが、蚕種が通常の清潔な取扱いがなされている限りではこの消毒は不要である。また桑葉育では蟻蚕消毒が行われるが、人工飼料育ではこれも通常の蚕種から孵化した蟻蚕には不必要である。すなわち仮に細菌や病原糸状菌が蟻蚕に少量付着していても、それを人工飼料で掃立てると、飼料中の防腐・防微剤によって菌の成育が抑制または死滅させられる(河上・上田、1984)。

 3.防疫体制
 人工飼料育における清浄育の最大のポイントはウイルス病原からの隔離である。人工飼料育蚕は桑葉育蚕に比べ、ウイルス病原耐性がやや低い(宮島・鷲田、1983)。しかし人工飼料そのものは加熱処理されているから調製時にはウイルスや細菌などは付着しておらず、桑葉より明らかに清浄である。
 徹底消毒された飼育室で蚕がウイルス病に感染するのは、作業者や、消毒後に持ち込む蚕具などからの汚染であって、他の経路で感染することはごくまれであることが疫学的に明らかにされている。したがって作業者の入室、蚕具や飼料の搬入時にウイルスを持ち込まないよう厳重に注意する。
 糸状菌や細菌は、あらゆる場所で生息しているので無菌育でない限り、比較的容易に飼育室に入り込むが、上述したように濃厚汚染でない限り、飼料中の防腐・防黴剤によって蚕が罹病することはない。
 防疫体制として具体的には次のことが守られなければならない。
 1)飼育用器具は蚕室消毒時に徹底消毒し、原則として飼育途中に未消毒物は持ち込まない。
 2)飼育室への入室時には手等露出部分を十分洗浄し、消毒ずみの専用作業衣を着用。
 3)飼料の搬入は、包装材料の消毒に留意する。大量の飼料の場合には消毒槽(Germicida1 trap)などを通じて行う。
 4)作業には帽子、マスクおよびポリエチレン製手袋を着用する。
 5)除沙を行った場合は、蚕沙はその都度屋外に持ち出し処分する。蚕糞は防腐剤の効果が薄れており、糸状菌が寄生しやすくなっている。ただし、蚕糞も未食下飼料と一緒にある場合は、飼料中の防腐剤により糸状菌の寄生は、おおむね抑制させる。
 注)人工飼料は防腐・防黴効果がおおきいが、今後の問題として、耐性菌の出現があり、注意を要する。

 4.飼育温度
 人工飼料育蚕は桑葉育蚕に比べ、環境に対する依存度が高く、特に光と温度に対して敏感である。
 人工飼料育蚕と桑葉育蚕では当然に飼育取扱いに違いがあるが、その原因の主なるものに飼料水分と給与飼料の形態が挙げられる。
 桑葉における水分は生体組織と結びついた結合水であるのに比し、人工飼料の水分は自由水が多く、遊離しやすい。その反面、給餌形態は桑葉より厚味があって乾燥しにくいという特性がある。蚕自体は湿潤(多湿を超えた湿潤)を好まないため、このような特性をもつ人工飼料をどのように合理的に取扱うかが飼育技術である。
 人工飼料育は桑葉育より至適温度の範囲が狭く、しかも高温域にある(高宮・中島、1970;鈴木ら、1979;滝沢ら、1985)。人工飼料育の適温は桑葉育に比べて、やや高温域にあるのは蚕座温に起因する(高橋・上田、1981)。すなわち、人工飼料の自由水は、容易に気化し、その潜熱によって蚕座温を低下させる。したがって蚕座に気流が流れているような飼育環境では、気化の潜熱が一層大きくなるから、下記の適温範囲の上限に設定する。
              適温 1〜2齢:2829℃  3齢:2728℃  4齢:2627℃  5齢:2425℃

 5.飼育湿度
 人工飼料育における湿度保持の最大目的は飼料の乾燥を防ぐことにあって、飼育容器(蚕箔)との関連が深く、一概に規定できない。人工飼料育における湿度の至適範囲は桑葉育より狭く、かつ気流と直結しているので桑葉育より複雑である。すなわち90RH以上の多湿は桑葉育の幼齢ではほとんど問題にならないが、人工飼料育では無気流のもとでは1齢といえども成育が不良になる。しかし10cm/sec程度の気流がある場合はこの多湿も至適湿度に入る。また75RH程度では逆に無気流状態で蚕の成育は良好であり、ごくわずかな気流でも飼料の乾燥が進み、特に若齢の蚕への影響は大きい(高橋・上田、1975)。
 標準的な飼育湿度を示すと、
                     1〜2齢:摂食中8090%、催眠期以降5570RH
                     3〜4齢:摂食中7580%、催眠期以降5570RH
                       5齢:7080
である。若齢期に防乾紙などによる覆蓋育をする場合は5%内外低くてよい。催眠期に入ると蚕座を乾燥させる。この時期に拡座を行うのも乾燥のために有益である。眠期の多湿は生理を害するばかりではなく、不揃いになりがちな原蚕飼育の餉食を揃える重要な手段である。
 5齢期は1〜4齢期と異なってやや乾燥気味がよい。5齢期の体水分率は、起蚕の90%前後を頂点に熟蚕の80%程度まで、飼育経過を追って漸減するが、人工飼料育蚕では減量の速度がやや鈍い(上田・鈴木、1969;高橋、1981)。この時期の水分放出が円滑であることが健康度に大切である。したがって5齢は原則として覆蓋育は避け乾燥環境にする。

 6.空気の汚れ並びに気流
 空気の汚れの象徴である炭酸ガスは、桑葉育では蚕と給与桑の両者から発生するが、人工飼料育では飼料からの発生はほとんどみないから、普通の飼育では炭酸ガスに特に留意する必要はない(堀江ら、1965)。アンモニアガスも同様である(遊佐、1971)。人工飼料による覆蓋育では空気の汚れよりもむしろ湿害に注意する。
 飼育環境を考える場合とかく温度や湿度にこだわりがちであるが、これらを事実上左右しているのが気流である。気流の有無、遅速を考慮して温湿度を定めなければならない。

 7.光線管理
 人工飼料育における光条件の影響は桑葉育とは比較にならない程大きい。
 長日条件下で飼育すると、経過は延長し、体重、繭重、繭層重、蛹体重などは重くなるが、幼虫の成育は不揃いになり不脱皮蚕や不結繭蚕が発生しやすく、健康度は害しやすい。さらに不越年卵蛾の一大原因となる。これに比し、短日条件は幼虫の成育を斉一にし、健康で不越年卵蛾、不受精卵蛾、不産卵蛾などの不良蛾の発生を抑制する。1蛾平均産卵数は長日条件よりやや少ないが、対供試蚕の精選卵量は優れる(引用文献は前報の上田ら、1988aを参照)。
 幼虫期の光線管理は24時間周期の6〜8時間明とする。これは催青期の光線管理と同一にするのが望ましく、催青中の光線管理が8時間明の場合は飼育中もこれに合せて8時間明とする。光源は黄色蛍光燈を使用する。すなわち、人工飼料は光照射によって変質するが、それは一般の昼光色または白色光蛍光燈のように短波長を含む光源で加速する。照射光の明るさは黄色蛍光灯を用いる場合には1,200lxまでは安全である(上田・高橋、1983;中島・上田、1983)。

 8.蚕座面積、給餌形態、給餌量
 人工飼料育が始まった当初は、桑葉育を模倣することから出発し、蚕座一面に給餌する方法が採用された。この方法は一口の蚕座の飼育量が少ない場合には弊害が少ないが、多量の場合には湿潤の害が現れる。理想的には棒状による飼料間隔を置いた給餌法で蚕座面積に対する餌占有割合が4070%の飼育成績が良好である(上田・鈴木、1984)。しかし1〜2齢特に掃立時蚕座に満万遍なく蟻蚕を配置することは手数がかかり、また幼齢で間隔をおいた給餌法では、蚕は餌から餌への移動はほとんど行わないから、多量飼育の場合は飼料間隔を置いた給餌法を行ってもその意義が発揮できない場合がある。多量育における1〜2齢の蚕座は正方形ではなく、できるだけ短辺と直辺の比を大きくし、蚕座の周縁効果として効果的に飼料間隔を置いた給餌法と同様な環境を期待できる蚕座とする。
 給餌飼料の大きさの目安は(厚さと幅)
     1齢:2×mm  2齢:4×1012mm  3齢::6×1316mm  4齢:10×15mm  5齢:10×15mm
として、長さは1〜2齢30mm以上、3〜4節50mm以上、5齢は70mmを目安とする。
 給餌量の目安は2万頭当たり
     1齢:0.81.0kg  2齢:2.52.8kg  3齢:9.510.5kg  4齢:44.049.0kg  5齢:250280kg
とする。これは蚕品種、特に日本種系統と中国種系統によって異なる。1〜3齢では、両系統で大差はないようであるが、4齢以降は中国種系統の食下量が一般には多くなる(滝澤ら、1984)。日別給餌量割合は、その1例を前報に示したので参考にする。
 給餌量で特に注意を要するのは5齢であって、飽食より10%内外少なくなる(上田ら、1988aを参照)。同一蚕品種でも蚕種や1〜4齢の取扱いによって5齢食下量は異なるので、標準給餌量を示すのは難しいが、上記の250280kgは飽食の10%減量の1例である。5齢は次回給餌時に残餌がないのが一応の目安である。給餌回数の目安は1〜2齢は齢中2回、3齢以降は1日1回である。


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