2.掃立と飼育

1.桑葉による飼育
 1)掃立準備と方法
   飼育計画を立てると、掃立前に飼育室を水洗い(洗浄)し、消毒をしておく、消毒法は、通常2〜3%ホルマリン液を散布する方法と、これに500倍アリバンドを加えた混合液あるいは200倍のビオチノンエース液を加えた混合液等を散布する方法がある。ホルマリン消毒の場合の薬剤散布量は、床面積を基準として3.3平方メートル当たり3リットルが必要とされている。消毒の方法についても色々と考えられるが、蚕室の汚染状況と消毒目的、使用する消毒器具等を勘案し市販されている薬品を検討して決めることが必要である。
   掃立(孵化した蚕を蚕座で飼育する)は、すでに催青準備の項で述べたように、あらかじめ準備された卵から孵化したカイコを、必要量に応じて掃立を行なう。
   蚕の飼育には、1蛾育と数蛾の混合育とが考えられるが、いずれにしても蚕の掃立量に対し飼育容・器具も決めなくてはいけない(ここでは1蛾または数蛾の混合育を想定した)。
  1蛾育または1蛾相当量の掃立の場合は、通常催青の時使用する蚕箔か、三真フラット(市販品名)などを使って稚蚕期(1〜3齢)を飼育する方法と、数蛾分の混合育の場合だと通常の蚕箔(3P)を使用する。従って容器に応じて使用する蚕具も変わってくるので、掃立前に検討し準備をしておく。掃立ての方法は、容器に蚕座紙(クラフト紙、市販)を敷きその上に防乾紙(パラフィン加工紙)を敷く。種包紙の中で産卵台紙上に孵化している蟻蚕を、包紙を開いて置き、その上に桑葉(蚕の大きさに応じて切った桑)を給え、桑葉の乾燥を防ぐため、さらに上にもう一枚の防乾紙を被覆する。その後1〜2時間後、羽希又は1本羽根で台紙上の蟻蚕を落とす(掃おろし)。そして座を整えて掃立を終わる。
   なお、防乾紙による包育とか箱育等では、特別な補湿はしない場合が多い。

 2)飼育管理
 (1)1〜2齢期の飼育管理
  飼育温度は1齢期28℃、2齢期27℃を目標とし、特に蚕座の湿度条件に注意する。乾燥を防止するためには水(場合により1,000倍のオスバン液等)を含ませたスポンジを蚕座の周辺に配置し、蚕座全体を防乾紙で覆うとよい。
  なお、1齢期の蚕座の大きさは1蛾当たり10×15cm、2齢期は15×20cmを目標とする。

 (2)3齢期の飼育管理
 3齢期に入ると飼育温度は26〜27℃とし、保湿材は取り除き防乾紙は上覆とする。この時期の蚕座は1蛾当たり20×30cm程度とし、桑を与える時に少しずつ拡げるようにする。
 なお、3齢期には桑不足にならないよう十分な量を与えることが大切である。

 (3)眠中・眠起の取扱い
  眠中は防乾紙を取り除き、さらに必要な場合拡座を行い、蚕座を乾燥させる。眠起には蚕座が広い場合は縮座して整理し、餉食前に蚕体消毒(カビノラン等)を行い除沙網をかけて給桑し除沙を行う。

 (4)頭数調査と4齢期の飼育管理
 4齢起き(3回目の脱皮後)後24時間以内を基準に、頭数整理を行う。この場合、飼育計画にあわせて整理する。4齢期の飼育環境は25℃、湿度75%を目標とする。また、400頭当たりの蚕座面積は40×60cmを標準とし、1日2回の給桑とする。

 (5)5齢期の飼育管理
 5齢期は食欲が旺盛であるが、試験区のように規制された場合は別として、桑葉を少し多目に与えれば1日2回の給桑でもよい。特に春蚕期においては、用桑も栄養的に良質であるため、幼虫がよく肥大するので留意する必要がある。この時期の飼育環境は温度23〜25℃、湿度70%を目標とし、対400頭当たり蚕座面積は60cm×80cmとする。

 (6)飼育期間中の留意点
 原原原蚕、原原蚕、原蚕、の飼育に当たって特に留意すべき点は次の通りである。
 (ア)異品種間の混交を絶対に避けること。
 (イ)記載された原種の特性と飼育中のカイコの形状を注意深く観察し、万一不審な点があれば直ちに適切な措置を講ずる。
 (ウ)飼育中のカイコの状態、形状に留意し、遺伝的・生理的な異常蚕が発見された場合は適切な措置を講ずる。
 (エ)蚕病の発生防除に留意し、万一異常を発見した場合には直ちに措置を講ずる。

 (7)交雑用原種の飼育
 交雑原種又は、交雑種を作るための原蚕は、5齢期の早い時期に雌雄を鑑別しておくと後の作業が容易である。
 幼虫期の雌雄鑑別は、限性斑紋品種の場合幼虫斑紋によって行うことができる。すなわち、幼虫の背中に「い」字形の斑紋があるもの(形蚕)が雌、斑紋のないもの(姫蚕)が雄である。限性斑紋品種でない場合には、幼虫の生殖原基による雌雄鑑別が必要である。限性斑紋品種の場合は、上蔟時に雌雄を別々に上蔟する方法もとられる。第2図を参考に雌雄を鑑別し、後は雌雄を分けて飼育し、上蔟も蔟を分けておく。
 これは、採種期の作業の過密を事前に回避する意味だけでなく、雌と雄、日本種と中国種との間で生ずる発蛾時期の、差の調整にも有効である。


第2図幼虫の性徹
    BM:黒点、C:尾脚、H:ヘロルド腺
    SPO:石渡後腺、SPR石:渡前腺、10〜13は第10〜13環節
(滝沢・野尻ら、1967)

 3)交雑種の飼育
  一般に農家で飼育されている品種は、交雑種(一代雑種)である。一代雑種には、二元交雑単交雑、三元交雑、四元交雑とがあるが、最近では四元交雑種が多くなっている。一代雑種の研究は1900年外山博士によって始まり、昭和5年(1930)には全蚕種の99%を一代雑種が占めるようになった。そこで一代雑種の特徴を述べると、
 (1)産卵数は原種に比べて著しく増加する。
 (2)孵化や眠起が斉一で、幼虫の経過も短くなる。
 (3)著しく強健になり、耐病性で飼育もたやすく、不良環境にも耐える。
 (4)繭重、繭層重、収繭量が多くなる。
 (5)繭糸繊度が太くなり、繭糸長も長くなる。
 (6)同功繭玉繭ともいう歩合が多くなる。
  以上のことから、幼虫の揃いがよく、生育も早く、食桑も活発であるため、桑不足にならないようにすることと、眠中、眠起の取扱いに注意すれば、原種に比べると飼育がたやすい。また、同一品種の多量育でない限り、一般的飼育管理は、前述の原種の方法と同様でよい。

2.人工飼料による飼育
 1)人工飼料の研究開発と実用化
   人工飼料に開する研究は、1960年に初めて桑葉粉末を含んだ人工飼料によって全齢を飼育し、繭を作らせることに成功した。その後、蚕の人工飼料の研究が組織的に進められ、飼料組成の改善及び人工飼料育に適合した蚕品種の改良が行われ、飼育技術体系が確立された。
   1978年には、人工飼料による稚蚕飼育が実用化された。稚蚕共同飼育の全国的普及率は約40%に達している。
   しかし、稚蚕共同飼育の大部分は1〜2齢飼育に留まっているのが現状である。1〜3齢人工飼料育の普及を阻害する最大の要因として、飼料コストの高いことが挙げられており、稚蚕の委託飼育料の約50%が、飼料代に占められているとも云われている。そのため、低コストの人工飼料の開発とともに人工飼料育に開する新技術の開発が緊急の課題である。
   一方、人工飼料による原蚕飼育については、微粒子病フリーで、無毒の優良蚕種が計画的に生産できることから、当所では、1975年から特別研究が組まれ、研究が進展した。その間実用化促進事業としての検討がなされた結果、原蚕飼育においても実用化の域に到達している。
   最近、当所において畜産用の飼料素材を導入し、線形計画法(LP法)の活用による低コスト人工飼料が開発され、これと相まって広食性蚕品種の育成にも成功した。

 2)飼料組成と調製
  人工飼料の手法によって蚕の栄養研究が進み、これらに平行して飼料の組成改善が行われた結果、人工飼料育は桑葉育に比して、ほとんど遜色のない飼育成績が得られるまでになった。人工飼料育では、飼料組成が作柄を左右するので、蚕の飼料要求としては(1)蚕の栄養要求を満足させていること、(2)適切な物理性を有すること、(3)防腐性を有すること、(4)蚕の食性に適していることなどが挙げられる。
  稚蚕用飼料は、桑葉粉末を一定量(1530%)加えることにより、蚕が食べ易いものにしている。
 さらに、各種の飼料原料や栄養素、その他の添加物を加えることにより飼料要求を満たしたものになっている。ここでは、稚蚕用人工飼料の一組成を示した。

 第2表 稚蚕人工飼料の一組成

物   質

乾物飼料(g)

 乾燥桑葉粉末 

25

  とうもろこし澱粉  

7.5

蔗      糖

脱脂大豆粉末

36

大  豆  油

1.5

大豆ステロール

0.2

無機塩混合物

セルロース粉末

15

寒     天

7.5

アスコルビン酸

ク エ ン 酸

(合     計)

(108.7)

ビタミンB群

添   加

防 腐 剤

添   加

 乾物飼料1gに対し2.57ml 

(1973: 蚕糸試験場)

  現在は実用的な飼料が市販されている。モーラス、ビタシルク、シルクメイト、蚕用クロレラ配合飼料等の商品名で販売されているが、いずれの製品も基本的には表に示した組成に近いものではないかと思われる。これらの製品には、粉体飼料と湿体飼料があり、粉体飼料の場合は湿体飼料に調製して使用する。
  飼料の調製は、粉体飼料に適量の水を加えよく撹拌し、練り合わせた後一定時間蒸煮する。蒸煮後は冷却し、冷蔵庫に貯蔵する。調製用器具も飼育規模によって違ってくる。大量の飼育では調整に必要な機械器具もそれなりに大型のものを整備しておかなければならない。

 3)飼育設備と器具
  人工飼料育では、人工飼料の腐敗防止や蚕病防除等の見地から、無菌飼育が望ましいが、これを行うとすれば、施設、設備に多額の経費を要するので、次善策として飼育環境を可能な限り清浄に保つことを考えなければならない。
  飼育室は密閉式構造で、すき間がないようにし、洗浄(水洗い)が可能で排水設備を設け、排水孔は外部と遮断できる構造とする。また、冷蔵庫、流し台、前室、飼育室は最低必要である。付設するものとして、前室には殺菌灯を付し、飼育室には空気清浄機の設置が望ましい。その他、飼育室には使用時以外は外気を遮断できる換気扇を設ける必要がある。
 ○ 飼育室に準備するもの(ここでは少量育を想定した)
  (ア) 作業衣又は実験衣,手術用手袋,帽子,マスク
  (イ) ゴム長靴,サンダル等
  (ウ) 消毒用洗面器及び台(スタンド)
  (エ) 飼育規模、飼育体系に応じた蚕具を整える
  (オ) 飼育用具:蚕座紙、防乾紙、除沙網、竹箸、羽箒、ビニール袋等
  (カ) 給餌用具:包丁、まな板、切削器(ステンレス製ピアノ線張り)、飼料容器および給餌容器

 4)人工飼料育と飼育上の留意点
  掃立前の諸作業は、飼育室消毒後の臭気の除去日数を念頭に洗浄、消毒を計画することが必要である。方法は前述の桑葉育と同様に、例えばホルマリン消毒であるならば、2〜3%水溶液を3.3平方メートル当たり3リットルを基準として散布する等である。また、人工飼料育ではカビによる汚染も重要であるので消毒にあたってはこの対策も行う必要がある。
  人工飼料育における適正蚕座面積、給餌量は各齢ごとに明らかにされている。市販されている飼料の種類によって、それぞれ適した標準飼育表があるので、それらを参考に飼育すればよい。
 (ア) 給餌: 標準飼育表を参考に、規定蚕座面積に規定量の飼料が均一に給餌できるように、飼料は適正な厚さや長さに切って与える。稚蚕期の給餌回数は各齢とも齢中1〜2回が普通である。
 (イ) 温度: 飼育温度は桑葉育に比べて若干高い方がよい。稚蚕期は28〜29℃とされ、4齢期でも飼育温度は稚蚕期の延長と考えた方がよい。しかし、5齢期ではいく分か低い温度が適している。
 (ウ) 湿度: 飼育室の湿度は高目に保つ方がよい。稚蚕期では撮食中は85%程度に保つ。眠期は湿度を下げて蚕座を乾燥させることによりカビの発生の防止や、蚕の経過の揃いをはかることができる。
 (エ) 気流: 人工飼料育では、微風程度以上の気流は避けた方がよいが、飼料の乾燥との関係もあるから、5〜10cm/秒の気流があれば、成長が良好と言われている。
 (オ) 光線: 人工飼料育では、幼虫期間の光線条件によって眠性、化性に変化を生じるので、眠性変化を起こさせないためには、8時間明、16時間暗が最も安全とされている。この場合黄色蛍光灯を用いると飼料中の不飽和脂肪酸の変減が抑制され生育が良い。明暗条件と化性変化との関係には温度や飼料組成が複雑に関与しているようである。黄色蛍光灯がない場合は飼育に要する作業時以外は通常暗で飼育している。
 (カ) 原蚕(原種): 交雑種に比して易しくない。人工飼料に対し、一般に日本種はどちらかと云えば良く摂食するが、中国種は全般に摂食性の悪いものが多い。したがって、稚蚕期では日本種は飼い易いが、中国種は日本種より難しい。壮蚕期は反対に中国種は容易であるが、日本種は過食になりやすく飼育が難しいという傾向がある。
 (キ) 交雑種: 人工飼料育は交雑種(一代雑種)を最初は目標として飼料組成・飼育表等が作成されてきたこともあって、現行の指定交雑蚕品種は人工飼料育が容易になっている。
 (ク) 清浄育: 可能な限り無菌に近い環境を作ることを念頭におき、飼育室に入るに際しては、まず手を洗い、消毒し、滅菌、消毒された衣服や履き物に取りかえ、帽子・手袋やマスクを着用することが大切である。また、飼育作業の時間にも配慮して、長時間に亘ると健康に悪いし、飼育室が汚染されることも考慮する。


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