5.蚕種の保護・取扱い

 休眠性卵(越年蚕種)は産卵後休眠に入り、翌年になって孵化してくるものである。この産卵直後から翌年孵化するまでの期間の蚕卵の取扱いを蚕種の保護と呼んでおり、この期間の保護の良否は、卵の孵化に重要な影響を与えるのみならず、交雑種では作柄や繭糸質にも影響するので、極めて重要な作業である。

1.春採り蚕種の保護
  春採り蚕種は通常6月下旬〜7月上旬に産卵したもので、越年種は翌年の4月下旬〜5月下旬に掃立ることになるため保護期間が長い。従って、その間の気温変化と胚子の発育に応じた保護、取扱いが必要である。

 1)産卵から休眠までの保護
   この期間は、卵内での胚子の発育が盛んで呼吸量も多いので、換気良好な室内で保護することに努める必要がある。この期間の保護条件は温度25℃、湿度75%とする。
   温度25℃で保護した場合、産下された卵は成熟分裂、受精(産下後1〜2時間)、核分裂を経て、約1週間で品種固有の卵色になる。その後も胚子の成長は続き、45〜50日後には完全な休眠状態に入るが、休眠状態への移行は緩やかである。休眠が固まるまでの期間は原種で30〜40日、交雑種で60日を見込めば安全である。
   従って、産下後40日(原種)〜60日(交雑種)間は室温25℃の維持に努める必要があるが、この時期は炎暑に向かう時期でもあり、室温(25℃前後)の維持に努める。なお湿度が高いと蚕卵や産卵台紙にカビが発生するので注意しなければならない。
   また、品種によっては再出卵(越年卵と同じように着色した卵で不時に孵化する卵)が出易いものがあるが、このような品種は産卵後12時間以内に15℃に移し、5日間保護するとよい。

 2)休眠完成から初冬期までの保護
  産下後25℃で保護された蚕卵は40〜60日で完全な休眠状態に入り、その後約2カ月間は休眠が継続するので産下後8月下旬〜9月上旬まで25℃に保護し、その後は自然温度での保護を続けることによって、徐々に休眠を覚醒化の方向に誘導する。
  9月中旬から12月上旬までの期間は、平均気温が23℃から10℃まで順次低下する時期である。 11月に入ると15℃以下の気温が続き、蚕卵の休眠が破れ活性化が進む。従ってこの時期には、高い温度に接触させないように注意する必要がある。

 3)種洗いと卵面消毒
  わくどり蚕種の卵や産卵台紙の表面に付着する病原菌、蛾尿、塵などを洗い落とす作業で、11月下旬〜12月の気温が水温より低くなった時期に行う。同時に卵面消毒も行う。種洗いと卵面消毒は次の手順による。
 (ア)水温が高い場合は消毒前日に水槽に水を入れ室温になじませておく
 (イ)2%ホルマリン水溶液を作り産卵台紙ごと60分間浸漬する
 (ウ)ホルマリン消毒を終った後、流水中で1時間水洗いする
 (エ)糊羽毛を用いて産卵台紙上のリン毛、蛾尿等を落とす
 (オ)蚕室内の蚕箔上に重ならないように産卵台紙ごと並べ風乾する。風乾中の温度は、水洗処理以前の保護温度より高くしない
 (カ)2日程度で乾燥するのでその後品種、採種時期別に整理する
  なお、卵面消毒の条件は下記の通りである。

第11表  卵面消毒のための処理条件

ホルマリン濃度 液温 浸せき時間 備 考
2% 10℃ 60分 冬期に消毒する場合
3% 30分 冬期又は催青前の消毒
2% 40分 催青前の消毒
3% 20分 催青前の消毒

 4)越冬期の保護
  越冬期は胚子の発育段階をそろえ斉一な活性卵を得ることと、活性化した卵の消耗を防止することを目的として低温保護を行う。休眠卵の活性化に有効な低温は5〜7.5℃であるが、一般には5℃が用いられている。また、活性化した卵の消耗を防ぐためには、さらに低い温度で保護する必要が
 ある。この時期の蚕種の冷蔵法には、単式冷蔵法と複式冷蔵法がある。
  (ア)単式冷蔵法
   この方法では自然温度が2.5℃まで低下したところで、2.5℃に冷蔵し、3月下旬に2.5℃から5℃、10℃、15℃に移して4〜5日保護した後、再び2.5℃に戻して冷蔵する。
  この方法で中間手入れを行った蚕種は中間手入れ後、いつでも出庫して催青できるようになる。

第4図 春採り蚕種の保護図

 (イ)複式冷蔵法
 複式冷蔵法では、2月上旬まで自然温度で保護し、2月上旬に−2.5℃に冷蔵するもので、5月下旬以降の催青すなわち、保護期間の長い場合の催青に適している。この方法での保護管理は第5図のとおりである。

第5図 春採り蚕種の複式冷蔵保護図

 5)中間手入れ
  胚子の冷蔵に対する抵抗性は、発育段階によって異なり、最長期の胚子が最も抵抗力が強い。そこで休眠から覚醒した卵を冷蔵し続けるためには、胚子の発育段階をこの時期まで進め、再び冷蔵する方法を取るのが良い。このように冷蔵中の卵を促進することを中間手入れという。中間手入れの方法として一般的には冷蔵中の卵を3月中・下旬に一時的に出庫し、5℃、10℃を通じて15℃に4〜5日保護することによって胚子を最長期(丙B)まで進め、その後再び2.5℃に冷蔵する方法が用いられる。なお、胚子の発育段階が丙Bを過ぎると、冷蔵抵抗力が急激に低下するので丙Bの少し前で止めるのが安全である。そこで中間手入れの一週間前に予備的な中間手入れを行い、あらかじめ丙Bに達するまでの日数を調べておくと良い。

2.初秋採り蚕種の保護
  初秋採り蚕種は、8月上旬から9月下旬に産卵される。これを翌年春蚕期に掃立てるためには、産下後の25℃保護期間を春採り蚕種より短縮し、30日程度とする。その後は春採り蚕種と同様に自然温度で保護し、それ以後の保護取扱いは春採り蚕種と同様とする。その場合の保護・冷蔵条件は第6図のとおりである。


第6図 初秋採り蚕種の保護図

3.晩秋採り蚕種(文化蚕種)の保護
  晩秋採り蚕種は、10月初旬〜中旬に産下される。この場合産下後の25℃保護 期間を20〜25日間とし、その後20℃に7日間、15℃に7日間置いた後、自然温度に移す。その後は春採り蚕種の場合と同様とする。
 なお、晩秋採り蚕種(文化蚕種)の保護は第7図や第8図のように行われている。

   
第7図 文化蚕種の保護図(1)


第8図 文化蚕種の保護図(2)

4.プログラム方式による越年種の保護
  越年種を自然温度で保護する場合、年により温度の変動が大きく、活性化にも年次間差が現れる。特に暖地では夏から初秋期の高温期が長く、翌春の孵化不良を招きやすい。そこで、あらかじめ理想的な変温をプログラムに組み込んで温度制御ができる保護室を使用するのが望ましい。当研究所の越年蚕種保護室5〜6号はこのように設計されている。

5.蚕遺伝資源の長期保存
  当所(旧蚕糸試験場)では、古くからカイコの地理的品種、系統や突然変異種が477種におよぶ保存品種として収集・整理され遺伝資源として維持されている。近年これらの長期保護方法について究明されてきたが、現時点での成果を述べると第9図、第10図の通りである。


第9図 1化性及び2化性系統の休眠性卵の保護図(清水、1989)


第10図 多化性系統の休眠卵の保護図 (清水、1989)

6.ぱら種蚕種の調整
 (ア) 蚕種の洗い落とし時期は、人工孵化種については浸酸処理前、越年種については、気温と水温がほぼ等しくなる11月下旬〜12月上旬に行う。
 (イ) 卵が産みつけられている台紙を水に30分〜1時間浸漬して、ばら種台紙の糊を膨潤軟化させた後、掌又は掻き落とし器で静かに掻き落とし、次いで糊分をきれいに洗い流す。
 (ウ) 洗い落とした蚕種の膠着防止には、洗い落としの際に3%のホルマリン水溶液に30〜40分間浸漬して、膠着物を固めるか又は洗い落とした卵を、クライト200倍液で10分間(10℃)浸漬して膠着物を除く。この場合、クライト溶液は浸漬ごとに更新する。この際液温を高くし過ぎないように注意する。
 (エ) 不良卵を塩水選によって除去するには、最初に比重1.09〜1.10(15℃)の塩水で沈む蚕種を除き、次いでこれを比重1.05〜1.06(15℃)の塩水に移して浮いたものを除く。
 (オ) 処理後の卵はよく水洗いした後、脱水機で脱水し、薄く並べて風乾する。
 (カ) 越年蚕種の洗い落としの場合には、風乾した蚕種は直ちに保護する。洗い落とし作業は、蚕種に対する種々な物理的刺激を伴い、それが原因で蚕種の活性化を促す場合があるので、洗い落とした蚕種はなるべく早く5℃に冷蔵する。この5℃冷蔵によって、活性化の進んだものはその発育を抑え、遅れているものは活性化を促進して、蚕種全体の胚発育の程度を揃えることができる。

7.産卵に関する調査
 (A)品種毎に採種を行った蛾区から調査する
  産卵の状態は、次に示す順序で7種類に分類し、それぞれ歩合で示す。
 (ア)不産卵蛾: 産卵しないもの、または産卵が数粒以下のもの(不受精卵・受精卵とも)
 (イ)不受精卵蛾: 1蛾の産卵に不受精卵が約20%以上混じるもの
 (ウ)少数卵蛾: 平均産卵数の約40%以下のもの
 (エ)不越年卵蛾: 1蛾の産卵に不越年卵が20%以上混じるもの
 (オ)累検卵蛾: 累積卵が著しく多く、卵数調査不可能なもの
 (カ)その他卵蛾: 死卵が著しく多いもの、不膠着卵、異形卵等が多く、正常卵蛾と認められないもの(特記する)
 (キ)正常卵蛾: (ア)〜(カ)に該当しないもの

 (1) 発蛾ならびに産卵状態調査成績

項 目 調査時期 発蛾歩合 産 卵 状 態(歩合) 調査
卵蛾
備  考
品種名 不 産
卵 蛾
不受精
卵 蛾
少 数
卵 蛾
不越年
卵 蛾
累 積
卵 蛾
その他
卵 蛾
正 常
卵 蛾
       
                       

 産卵調査は平均的産卵数と思われる5〜10蛾をとり、実数を数え、その平均値を示す。

 

 (2)産卵数調査

項 目 一蛾平均
産卵数
産 卵 数 内 訳 調 査
蛾 数
対4齢
400頭
整理蛾数
※※
蚕種製造
上の所感
品種名 正常卵 死 卵 不受
精卵
正常卵
歩 合
※不良
卵歩合
       

※不良卵=死卵+不受精卵、※※所感は特記事項のみ

(B)種繭1kgより得られる産卵調査
 蚕種製造においては、この方法が行われる。採種までに種繭1kgを用意し、総粒数、不発蛾数、雌雄蛾数および繭調査から算出した雌雄各1粒の合計繭重を調べておき、バラ卵台紙に産卵させたものを11月下旬にバラ種蚕種の調整と同様に処理をし、実測の卵量、蛾の雌雄の割合および雌雄同数に発蛾したものとしてこの換算量を求めるが、求め方は次式による。
     (A−B)D/ACE × 1,000 =    g
但し、A=種繭1kgの総粒数; B=不発蛾数; C=雌蛾数; D=実測した産卵数; E=繭層調査から算出した雌雄各1顆の合計繭重
  注:粗卵量 洗い落とした総卵量(不受精卵、死卵等を含む)
    精選卵量 上記( )を取り除いた正常卵

産 卵 調 査

蚕品種 飼料別 種繭1kg
の雌発蛾
時刻別産卵量歩合* 総精選
卵 量
雌蛾1頭当たり
精選卵
正常卵
1g
卵数
種繭1kg
精選卵**
1次 2次 3次 卵量 卵数 卵量 卵数
例:
日146号
 
202

72
(96)

18
(87)

10
(79)

60.2
    g
0.298
  粒
 496
   粒
1,663
   g
60.3
   粒
100.2

注: *時刻別産卵量歩合は粗卵量。1次〜3次の( )内は、その精選卵歩合
**種繭1kgの雌雄が同数発蛾したと仮定したときの換算による精選卵

1g卵数:上記精選卵から1gあて2回とり、その平均卵数を求める。

2)蚕種の活性化調査と孵化調査
   配布蚕種については、活性化調査ならびに孵化調査(対受精卵,対総卵)を行う。活性化調査の方法は次の通りとする。
 (ア)供試品種
     自場所製造の主たる品種
 (イ)供試蛾数
     各品種10蛾をとり、1蛾を8等分して10/8蛾とする。
 (ウ)調査月日(出庫月日)
    毎年1月の第三月曜日を第1回出庫日とし、その後Aによって準備した蚕種を2週間おきに8回にわたって出庫する。
  例: 第1回 1月19日  第2回 2月2日  第3回 2月16日  第4回 3月2日
      第5回 3月16日  第6回 3月30日  第7回 4月13日  第8回 4月27日
 (エ)調査方法
  出庫後15℃に2日間、その後、温度25℃湿度75〜80%にて催青し、出庫から15日目(月)(次回の出庫日)と出庫後22日目(月)の2回孵化調査を行い、孵化卵、青味卵、不活性卵に区分し、孵化歩合と活性卵歩合を算出する。
 (オ)供試蚕種は配布蚕種と同じ保護取り扱いをする。

  (1) 蚕種の保護中の温湿度(自  月  日至  月  日)

日順 天候 室  外 室  内
温  度 湿  度 温  度 湿  度
最高 最低 平均 最高 最低 平均 最高 最低 平均 最高 最低 平均
   
                           

(2) 蚕種の孵化及び活性化調査(出庫月日  月  日)

品種名 産卵
月日
催  青 孵化卵数 青味
卵数
不活性
卵 数
合計 孵化
歩合
活性卵
歩 合
温度 湿度 第1回 第2回
  月日










                   

※死卵、不受精卵は試験着手前に除いておく

8.蚕卵の簡易解剖法
  蚕種の取扱いに正確を期するためには、必要に応じて蚕卵を解剖し、胚の発育段階を調べる必要がある。胚の発育程度を判定するには、解剖して胚を取り出し、その形態を、高見・北沢の胚発生段階表(蚕糸試験場彙報第75号.1960 −付7−)と照合する。

1)蚕卵の解剖法
  蚕卵の解剖は次の手順で行うのが簡便である。
 (ア)卵を75℃の温湯に3〜5分間浸漬して固定する。発育程度の若い卵は固定時間を短めにすると、胚と卵黄が離れ易いので胚を取り出すのに好都合である。
 (イ)平付及び框付蚕種は、吸取紙あるいは和紙のようなもので吸水し乾かす。ばら種は紙にはり付ける。
 (ウ)鋭利な刃物(カミソリ刃を細かく割って竹箸に固定したものがよい)で卵殻の周囲を浅く切り、解剖顕微鏡下で針を用い卵殻を取り除く。
 (エ)台紙のまま水を入れたシャーレに移し、スポイトを用いて水を吹き付け胚を卵殻外に出す。
 (オ)毛筆を用いて卵黄を取り除く。
 (カ)取り出した胚は、形態をよく観察して胚の発育段階表と対照し判定する。発育程度が若い胚の形態を観察するには、メチレンプルー又は明ばんカーミンで染めるとよい。メチレンブルーで染める場合は、2%水溶液で10分位染色しそのまま鏡検する。また、明ばんカーミン液で染色する場合には、次に示す方法で作った染色液で10〜20分間染色する。染色が濃い過ぎたら塩酸アルコールで脱色する。1日くらい保存するには、水または30%アルコールの中に入れておけばよいが、脱色したときの塩酸アルコールが残っているとさらに脱色が進むので注意する。

2)明ぱんカーミン液の作り方
    明ぱん 5g、水 100ml、 カーミン 2g
  明ぱんに水を加え、熟しながらカーミンを加えて15分程度煮沸する。冷却後濾過し、少量のホルマリンまたは石炭酸などの防腐剤を加えて貯える。なお、脱色用塩酸アルコールは、30%アルコール中に塩酸を1%の割合になるように加えて作る。


目次に戻る    SilkNewWaveのページに戻る