わが国の蚕種に関する研究報告は尨犬な数にのぼっている。これだけの資料があれば、本来ならば、蚕種の技術はもはや名人芸をはなれて、電子計算機にたよれる可能性もあって然るべきであろう。しかしそれらの試験成績は、正しい吟味を尽されることなく放置されているので、これらの資料をそのまま電子計算機に覚えこませたら間違った答の出る心配の方が多い。
 私は戦後蚕糸試験場に入り、はじめて蚕種の研究にたずさわったのであるが、水野、渡辺、梅谷、高梨等の蚕種学の泰斗の本拠であったここにおいてさえ、これらの方々の考え方の基本が伝わっているとは限らず、しばしば困惑したことがある。研究の内容が真には理解されないままに方法だけが伝わっている場合が多いので、例外的な条件下では正しい蚕種の取扱いができず、思わぬ失敗をすることがあったのである。つまり研究によって生まれた原理が理解されてもいないし、当然伝えられてもいないところに問題があるわけである。
 研究業績の数がいかに多くとしも、その中に内在する原則的なものを掴まないと技術の進展は望み難い。本書は今までの多くの研究業績をできるだけ吟味して蚕種に関する現在の技術指針をたて、あわせて将来の研究推進の方向づけをしようとしたものである。もし本書が読者に対して、蚕種に関する多くの研究業績の内容を紹介するだけにとどまらず、蚕種に関する諸技術について解明すべき問題点を見出されたり、新らしい考えを持たれることに役立てば著者の喜びはこれにすぎるものはない。
 本書に引用した表の数字は、解釈上支障がないと思われる場合は、小数点以下を省略した。また表の見出しを変更したり、表の一部だけを借用したりした場合や原著者とは違う論議の材料に用いた場合もある。従って、表の数字や解釈について疑義の出た場合の責任はすべて著者にあって、原著者にはないことを断っておく。なお古い品種名についている“国蚕”は記載を簡単にするために省略した。外国の文献は実際上、その必要はないと考えたから使用しなかった。
 本書は大村博士のおすすめと、全国蚕種協会の御支援によって稿を起こすことになったものである。心から感謝を申上る。あわせて、種々御力添えをいただいた蚕糸試験場の方々および業績を勝手に使用させていただいた多くの研究者に御礼と御詫を申上るものである。
   1969年4月

高見 丈夫


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