Y 煮繭法 −繭を煮る−

 W−1でも述べたように、繭層内には100万個所を超える繭糸の接着点が存在する。繰糸に際して、そのような部位で繭糸が切れることなく早い速度で順序よくつぎつぎと剥離できるようにするには、繭糸を接着させているセリシンを湯、蒸気あるいは化学薬剤等を用いて適当にやわらげる必要がある。この目的のために繭を処理することを煮繭といい、その過程を煮繭工程という。
 この煮繭工程での繭の煮熟が不十分な場合は繭から糸口が出にくく、繰糸中の落緒が多<なり、小節も多く発生して生糸の品質と生産能率とを低下させる。逆に、煮熟の程度が過ぎると繭層の外側が煮くずれて屑糸(キビソ)が多くなるだけでなく、繭糸がもつれた状態でほぐれ出てズル節や糸故障を多発するなどして生糸の歩留りと品質、能率など繰糸の成績の全てを悪くするなど、製糸工程の中で煮繭の適否は生糸の生産結果に最も大きな影響を与えるので、煮繭に当たっては繭の性状を良く調べたうえで、その繭と繰糸の目的に適した処理を施すことが大切である。

1.煮繭装置
 現在わが国の器械製糸工場で使用されている煮繭装置は進行式蒸気煮繭機と呼ばれるもので、広く普及している中浸透加圧型蒸気煮繭機(通称、V型煮繭機)や基本的な機構を持つ標準型蒸気煮繭機などのほか、現在はほとんど使われていないが繭の煮熟に赤外線を利用した赤外線蒸気煮繭機、蒸気を強制的に循環させる水蒸気強制循環型煮繭機など、繭の煮熟を行う部分における水と熱の与え方に特徴を持つ各種の装置が用いられてきた。 しかし、煮繭前に繭層をよく濡らしたのちに繭の内部に湯をしみこませ加熱したり蒸気をかけるなどして繭層の均一な煮熟を図るという基本に変わりはなく、煮繭機の機構は図・13に示すように、給繭部、浸漬部、触蒸部、浸透部、蒸煮部、調整部および逆浸部よりなり、チェーンに固定したバスケット(煮繭容器)に繭を入れ、チェーンの移動により煮繭機の中の蒸気室や湯の構槽を15〜20分かけて移動させる過程で煮繭を行っている。ここではこのような煮繭装置の主要部分について、煮繭処理の順にしたがって説明する。

 (1) 給繭部
 煮繭工程ではあとの繰糸工程からの要求に合わせてにまゆを過不足なく供給することが必要である。そのため、給繭部ではコンベヤーで運ばれてきた繭をその重量もしくは容積で自動的に秤り分けて適量ずつバスケットに役人する。
 (2) 浸潰部
 もともと繭層には水に濡れにくい性質があり、直接高温の湯などに入れて煮繭しようとすると煮え方にむらが生じ易い。そのため、煮繭を始める前に湯の中を通し、繭層に適当な水分を与える。
 (3) 触蒸部
 繭層の外側から内側までを均一に煮熟するには、内部に適量の湯をしみこませておく必要がある。そのための処理として、まず、繭を高温の蒸気室に入れると繭中に蒸気が入って空気が押し出される。このように内部が蒸気で充満した繭を蒸気の温度より低い温度の湯の中に沈めると繭中の蒸気が急激に冷やされて凝結し(冬の窓ガラス等に露を給ぶのと同じ状態)、内部が真空に近い状態となって湯がしみこむ。 このように繭中に湯をしみこませる操作を浸透といい、この触蒸部では浸透の前段の処理として高温の蒸気が充満した室の中を通過させその過程で繭中の空気と蒸気を入れかえる。
 (4) 浸透部
 触蒸部で繭中に蒸気を吸いこませた繭を前の蒸気室より低い温度の湯の中に沈めて温度を下げ、繭の中に湯を入れる。中に入る温の量は触蒸部と浸透部の温度差によって決まり、温度差が小さいときは吸水が不足し、大き過ぎるとつぶれ繭ができるようになる。
 (5) 蒸煮部
 煮繭機の中で最も繭の煮熟を進める部分で、ここでは多量の蒸気を当て、吐水(中の湯をおし出すこと)を図りながら沸騰点近くまで温度を上げて十分に蒸らし、繭層セリシンの均一な軟化を図る。
 (6) 調整部
 蒸気によって繭層の内部まで十分に水分をしみこませることはできるが、繭糸を接着させているセリシンを溶け出す直前の状態まで膨潤(ぼうじゅん。水分を吸ってふくらむこと)させるにはそれに適した温度に調節された湯の中を通すことが必要である。そのため、ここでは前の蒸気室から高温の湯の中に移してセリシンの軟和を図ったあと、わずかずつ温度を下げて湯を吸わせるとともにそれまでやわらげてきたセリシンの接着が硬くならない程度に軟和の状態を調節する。
 (7) 逆浸部
 にまゆが水や湯の中に沈むか浮くかは繭の中に残っている空気の量によって決まる。調整部でほとんど繭中に湯が入っているがここでは低温の湯につけてまゆが沈む程度を調整するとともに軟化したセリシンをある程度硬くしてあとの索緒工程で繭層の外側から出る緒糸の量を制御する。

2.煮繭方法
 繰糸工程での繭糸のほぐれ方は、繭層内での繭糸の接着の強さと繭糸を接着させているセリシンの軟和の程度によって異なり、繭を蒸気で蒸したり湯で煮たときのセリシンが軟らかくなる度合、溶ける度合のことを逆の表現で煮繭抵抗といっている。繰糸工程で節の発生を抑え、繭糸が順序良くほぐれていくようにするには乾燥工程で適度の煮繭抵抗を付けたうえで、煮繭工程において時間をかけてていねいに煮熟し、セリシンが溶け出さないように注意しながら繭層全体を軟らかくするとともに、繰糸工程での繭の流れを円滑にするために煮たあとの繭が水の中に沈むようにすることが必要である。そのため煮繭にあたっては原料繭の品種や繭ができたときの天候状態などのほか、乾燥・貯蔵等の処理の違いによる煮繭抵抗の変化にあわせて煮繭の温度と時間、水質などの処理条件を設定している。これらの煮繭条件は繰糸の目標や煮繭用水、煮繭機の形式等によってさまざまであるが、ここでは基本的な装備を施した煮繭機を用いる場合について煮繭機各部の温度のとり方を中心に述べる。参考のため、一般的な煮繭機の温度配置と煮繭時間の1例を表・3に示す。表の中の「原料繭の良否」の欄で「上」とは繭の解じょ率が70%以上、「中」は60%台、「下」は60%以下のものを目安としたものである。

表3 原料繭の良否別煮繭方法
原料繭の良否
浸 漬 温 度
触 蒸 温 度
浸 透 温 度
蒸 煮 温 度
調 整 温 度
逆 浸 温 度
煮 繭 時 間
50 〜 60℃
85 〜 90℃
75 〜 80℃
85 → 98℃
94 → 65℃
35 〜 45℃
10 〜 15分
65 〜 80℃
88 〜 93℃
75 〜 82℃
90 → 99℃
97 → 70℃
49 〜 50℃
15 〜 20分
75 〜 85℃
92 〜 95℃
80 〜 85℃
95 →100℃
99 → 80℃
45 〜 55℃
20 〜 25分
(小池:総合蚕糸学)

 (1) 浸漬処理
 これは煮繭の前処理として繭層を均一に濡らしておくためのもので、浸漬する湯の温度が高すぎると内部まで湯がしみこんでしまった繭ができて個体別のむら煮えを生じる原因となり、逆に温度が低すぎると後の触蒸処理で蒸気が均一にしみこまず繭の場所によるむらができることがある。このように浸漬温度の適否は繭の煮上がりに影響を及ぼすので、繭表面の濡れ易さの程度によって温度を調節することが大切で、普通の繭の場合、50〜60℃前後の湯に浸漬している工揚が多い。
 (2) 浸透処理
 ここでは触蒸部と浸透部の温度差によって繭内部に湯をしみこませることを主な目的としており、温度差が小さい時は吸湯が不十分となってあとでつぶれ繭やむら煮えを作り、温度差が大きすぎると吸湯が多くなりすぎて煮熟が過度となり易い。そのため触蒸温度は95℃前後、浸透温度はほぼ75℃として温度差を15〜20℃程度に設定しているところが多い。
 (3) 蒸煮処理
 煮繭工程の中心をなすもので、浸透部で吸湯した繭を蒸気が充満した室を通すことによって繭層のセリシンを軟らかくすると同時に、あとの処理で繭が水に沈む程度を調節している。そのため、蒸煮部を通過する過程でだんだんに繭にあたる蒸気の量を増やし、最後には100℃近くまで温度を上げて繭を良く蒸している。
 (4) 調整処理
 繭糸のほぐれを良くするには、沸騰状態に近い湯の中を通して繭層に十分水分を吸わせセリシンの一層の軟和を図ることが必要であるが、同時にこの過程で繭層の煮くずれを防ぐことも大切である。そのため、調整部の前半では沸騰状態に近い湯の中につけて煮熟を進め、セリシンの軟和を図ったあと、後半では吸水と同時にセリシンが溶けだすことを抑えるため軟和の程度を調整する処理を行っており、繭の進行に従って少しずつ温度を変化させて最後には60℃前後まで下げているところが多い。
 (5) 逆浸処理
 この処理は煮繭の仕上げ部分に相当し、調整部後半に引き続いて繭層セリシンの軟和程度を調整して繭層の外側を引きしめるとともに、煮繭が水の中に沈む程度を調整するため40〜45℃の湯に浸漬して、繭層内には仁丹(じんたん)の粒の大きさ程度の泡が残るようにしておくのが良いとされている。
 (6) 煮繭用水
 製糸工場では煮繭用水として井戸からくみ上げた地下水のほか、水道水、河川水等が用いられている。いずれの場合も煮繭用水としては繭層セリシンを軟和・溶解させる成分と、それらを抑制する成分とが適度にバランスしているものであることが望ましく、このようなバランスがとれていない場合には水質の調整が行われる。セリシンを軟和・溶解を促進させる水質としてはアルカリ度が、抑制する性質としては酸度、硬度等があげられ、それらの水質の調整には強酸性陽イオン交換樹脂を通したH軟水、Na軟水を作り、それと硬度添加水、硫酸・塩酸などの強い酸性の薬剤とを原水に混ぜて目的とする水質となるよう用水を調整している。
 (7) 煮熟程度の判定
 繭の煮熟が目的どおりに行われたものを適煮、不十分なものを若煮(わかに)、過度のものを老煮(ろうしゃ)と呼んでいる。煮繭の結果が適煮であるか否かは、あとの繰糸工程での緒糸と糸口の出方、繰糸中の落緒の多少、ふしや糸故障の発生状態等によって判断されるのが基本であり、それらの結果に基づいて処理条件を修正して適煮となるよう努力されているが、直感的には煮繭機から出てきた繭の色と触感、緒糸の状態、つぶれ繭の有無等によって判断が行われている。繭の色は全体が銀色になった場合は老煮、まっ白の場合は若煮であり、全体が少しくすんだ感じの白色で白と銀色とが大きくまだらになっていない状態が良いとされ、触感では表面が滑らかで押したときにゴムまりのような弾力のある状態が適煮とされている。また、繭層の外側の煮上がりの状態では緒糸が出過ぎてそれをつまんだとき沢山の繭がかたまりとなって上がってくるような場合は老煮であり、ある程度緒糸は出ていても1つ1つの繭はバラバラの状態であることが望ましい。


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