Q: 繭から上州座繰りを使って糸を挽いていますが、撚糸について解らないことがあります。
現在挽いている糸には撚りをかけていませんが、分繊の問題等もありいろいろと試行錯誤しています。できれば撚りをかけずに使いたいのですが…。
そこで、古代、中世の絹糸について知りたいのです。弥生時代、古墳時代などの古代の絹を構成する糸はどのような物なのでしょうか?恐らく手挽きだと思うのですが、撚りは掛かっているのでしょうか。同様に安土桃山時代では??


A: 織る技術は弥生時代に入ってから渡来したものと考えている人が多いようですが、縄文土器の面をみますと、編目をもつもの(編んだもの)と織りが混在しており、アンギン編み機(農家でござを織るのもに似た道具)によって行われたものと考えられています。従って織りは、縄文の時代(縄文晩期)からすでに始まっていました。
 日本で養蚕・絹織物が開始されたのは弥生時代の前期であり、場所は九州の北部と言われています。また、弥生時代の絹織物は平織りが主で、織り糸をみると撚りの認められるものとそうでないものがあります。撚りの認められるものは、あるいは比較的強い撚りの見られるものは「紬」ではないかと言われています。

 繭から糸のひき方ですが、「胴繰り」「牛首」は江戸時代の末期まで行われていましたが、いつから行われだしたか、わかりません。また、弥生時代にどのような繰糸方法が行われていたか、文献にかかれたものを見たことがありません。
 正倉院には、奈良時代に生産された単純な絹織物に「あしぎぬ」があります。この「あしぎぬ」は、「悪しき絹」に字源が有るようですが、「紬いだ太い糸で織ったもの」を意味しています。では、この「あしぎぬ」をどのようにして作ったかと言う事ですが、諸説いろいろあり、一つには、繭を重めに煮て、そこから糸をずり出しものが有力のようです。
 糸の形態としては、農業生物資源研究所生活資源開発研究チーム(岡谷)でやっているネットロウシルクに似ていますが(原理は全く違います)、繭から多くの糸は引っ張り出され1本の糸に収束したものです。ですので、太さは均一でなく節様物の発生した、いわゆる味のある糸ということになります。実際に私どもでやってみますと通常の1,300m位の繭糸長を持つ繭から13〜15mくらいの長さに糸がとれます。単純計算で繊度は270d〜300d位でしょうか。ずりだしは、繭から糸を引き出しては膝で撚りを掛けて行いますので、実際のより(本撚り)とは異なりますが、表面は甘い撚りががかかったような状態になっています(仮の撚りですが、このようなよりは正確には「縒り」の字を使った方法がようかも知れません)。これはざるの中へいったん入れておいて、糸を結びながら行います。ある程度糸の貯まったところで、枠へ巻きます。

 一方、繭からずり出さずに、数個の繭から引き出した糸を指先で収束させながら、ざるの中へ入れて乾燥させ、後の糸繰りを行い易くするため、ざるの中へ糸が適当に貯まった時に、豆などを入れ、糸の引出しを良くする方が有ります。この方法は、インドネシアやラオスなど東南アジアで現在でも行われている方法です。

 このようにしてみますと、弥生時代は、(1)数個の繭から糸を引き出し、指で収束させながら糸とする方法、(2)ずり出し方法、(3)紡ぐ方法、が考えられます。
 そうしますと、(1)は無撚り、(2)はあまい撚り、(3)は比較的強い撚り ということになります。ですので、弥生時代に無撚りの生糸に撚りを掛けるという方法がすでに存在したかどうかわかりません。どなたか文献がありましたら、教えて下さい。 布目順郎氏の書かれた「目でみる繊維の考古学」をみますと、弥生時代は確かに無撚りの糸で織ったものや撚りのかかったものが有りますが、無撚りの平織りが多いようです。

 次に、繭糸は精練してあるいか無いかですが、布目氏の本で繊維の断面をみますと繭糸の三角形がバラバラな状態となっているものが殆どですので、精練をしてあるものが殆どと考えてよいと思います。精練液は、たぶん藁灰などの上澄み液を使ったことが考えられますが、どこかにこの様なことの書いてある文献はありますでしょうか。

 質問の方は、撚りをかけずに使いたいとのことですが、ご承知のように生糸に撚りを掛けずに精練すると、綿状になってしまい糸繰り不能となります。たとえ100T/mでもかけないとダメです。ちなみに、現在、私共では500dくらいの嵩高太繊度糸(ハイバルク・シルク)を作っていますが、この位の太さになりますと、撚りを掛けずにそのまま綛状で精練しても綿のようににはなりません。撚りを掛けずに使いたいということになりますと、織物の種類にもよるでしょうが、経糸に例えば27中の生糸を数本合糸しただけでは、経糸に使うのはかなり難しいと思います。質問の方は座繰りで行っていますので、経糸に向く繊度の太さのものを繰糸して、それをそのまま使ったらいかがでしょうか。緯糸も同様ですが、細い糸を合糸したまま撚糸をせずに使うのもこれまた難があります。これは織った後精練をするという方法です。

 安土桃山時代にどのような繰糸方法が行われていたか、定かではありませんが、上記(1)から(3)の方法ではないでしょうか。上述したように胴繰り、牛首は「ざぐり時代」に入るまで行われていたことは確かですが、いつの時代から行われのたか、興味あるところですので、今後調べてみたいと思います。


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