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Subject: [silkmail:40] 上毛新聞「繭の記憶」( 11 ) <Chikayoshi Kitamura > 2001/11/04

第3部「希望」−3−明日を担う
 母と子が並んで腰をかがめて、一枚板に張られた反物に型紙を重ねている。型紙の置
き具合ひとつでゆがんでしまう。張り詰めた空気が漂う。藍田正雄さんの工房は、湿度
を保つために土間にしつらえてある。…職人の世界に飛び込んだ親子。田中正子さんが
先に弟子入りし、息子の愛郎さん(22)は昨年春の大学卒業を待って、母親と同じ工房に
立った。「卒集式で着物を着てたのは自分だけ。サラリーマンになったらスーツじゃな
いですか。着物を着ていたかったし、自分でもつくってみたかった」。軟式テニスで鳴
らし、国体にも出場したという愛郎さんは、板に覆いかぶさるように大柄な身をまるめ
ている。……正子さんは息子の気持ちを聞いた時、戸惑った。自分の生き方を認めても
らい、うれしい半面、息子の行く末が心配でもあった。職人の仕事にあこがれているサ
ラリーマンの夫は、迷った末に許した。「職人の仕事って形に残るよな」と笑顔で二人
を送り出す夫が正子さんを支えている。
 工場の片隅、親子の後ろに菊池宏美さん(34)の背中がある。菊池さんはへらで反物に
色糊(のり)を置いている。……ソニーを退社した菊池さんは、偶然入った呉服店で藍田
さんの染めた着物と出合った。紺色の生地に毛のように細かい縦じまがあった。江戸小
紋の中でも「毛万筋(けまんすじ)」という柄。繊細な美しさに打たれ、藍田さんの工房
を訪ねた。4年前のことだ。菊池さんはソニー本社で業務用のAV(オーディオビジニア
ル)械器の技術サポートを受け持っていた。扱うのは最先端の製品。それゆえに廃れる
のも早い。もっと変わらないもの。完成されたフォルムはなにか。退社し、故郷に戻っ
た菊池さんは探していた。「長い時間をかけて完成されたもの。それは着物じゃないか」。
菊池さんは江戸小紋に触れて直感した。たどり着いたのは時代をリードする企業とは対
極にある手仕事だった。……修業は楽ではない。菊池さんは一通りの仕事を覚えたばか
り。それでも工房にいると気持ちが落ち着く。「やめずに続けるってことが大切。技術
をしっかり受け継いで、江戸小紋っていう枠にこだわらない作品をつくっていきたい。
それぐらい奥行きのあるジャンルだと思いますね」
 ベニヤ板の台の前で小島桂さん(42)が、染めた反物を筆でならしている。地直しと呼
ばれる仕上げの作業。退屈な仕事なのに、小島さんは筆を無心に動かしている時が好き
だという。……江戸小紋にひかれたのは偶然だった。体を壊した小島さんが美容師をや
め、東京から高崎に移り住んだころ。藍田さんの長女と勧め先で親しくなった。彼女に
連れていってもらった工房の薄明かりの中で藍田さんが地直しをしていた。「ちょっと
やってみない」と誘われて、筆を手にした。その瞬間に気持ちがふっ切れた。「美容師
はたくさんいる。私がいなくてもだれも困らない。でも江戸小紋には後継者がいない。
それなら自分がなってみよう」。迷いはなかった。
 工房にはさまざまな夢がある。その一つひとつを自分の色に染め上げる人々がいる。
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第3部「希望」−4−桐生織塾
 桐生市梅田町にある「桐生織塾」は今から120も前に近代的な機械を導入した織物工場
「成愛社」が操業した場所だ。織塾はその工場の隣接地に創業者が建てた民家をそのまま
活用して、織物技術の保存、後継者の育成を目指している。……織塾の主は武藤和夫さん
(69)。「消えてしまったら取り返しがつかない」。衰退していく産業を目の当たりにして、
銘仙などの着物から織物サンプル、手織機などの道具類を集め始めた。和紙の台紙に丁寧
に張り付け、産地ごとに整理した織物のサンプルは一万点を越える。集めたものに共通す
るのは手づくり。「日本だけでなく世界の民族衣装をとっても、秦晴らしいものは産業革
命以前のものが多い」と武藤さんは指摘する。機械化が進み、機械でできない繊細なもの
は切り捨てられていったからだという。「日本の伝統文化の結晶、着物も例外じゃない。
器用な手と豊かな感性で生み出された着物は日本民族の誇り。私たちの代で消してはいけ
ないんだいね」「復活させたい」。そんな想いを持った人のために、手織の技をきちんと
残しておきたい。それが織塾の原点である。
 織塾が開校したのは90年。いわゆるバブル経済の真っ最中。「形に何の変化も与えるこ
となく、あたかも価値があるようにしたバブル。はじけてなくなって当たり前」。……織
塾には「成愛社」で使われた織機をはじめ明治、大正時代に活用した手織機が並ぶ。織物
に一心を持って集まってくる人たちに武藤さんは「ものづくりの基本」を教えている。…
…武藤さんからものづくりの基本をたたき込まれた一人が染織作家、土田好江さん。出会
いは30歳代。その時、「読んでおくように」と一枚の紙を渡された。江戸後期に織物の心
得を記した『機織彙編(きしょくいへん)』の一節『「機口伝(はたくでん)』だった。……
「我心を臍下丹田(せいかたんでん=下腹)に心を治め、耳目手足は己が気に預け、無心に
して心有が如し。…此意を以て工夫して織るべし」。古い文体で書かれた文章は読みづら
く、ひどく退屈だった。「早く技術を教えて」と思った。あれから20年近くたった今、な
ぜ武藤さんが、その心得を読ませたか分かった気がする。……「絣はたて糸とよこ糸の直
線の交わりでしか柄をつくれない。制約の中から、生み出される小さな柄。そのゆらぎが
豊かで心地よい世界をつくってくれる。それには居ずまいを正し、呼吸を整え、心を落ち
着かせないとダメなんです」。「ものづくり」は心から始まる、そんな気がしている。
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Chikayoshi Kitamura (NIAS/MAFF) kitamura@affrc.go.jp