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Subject: [silkmail:48] ブランド(1) <KINOSHITA > 2001/11/13

日垣隆氏による「ブランドとは何か?」について。

(1)女が、自分という女のために服をつくること。

  あやうく遅刻しかけてしまいました(笑)。先ほどまで、
長い原稿を徹夜して書き上げておりまして。僕らは、編
集者から「こういうテーマで書いて欲しい」と原稿の注文
を受けて、仕事をするわけです。
 これはファッションの世界でいうとオーダーメイドって
ことですよね。僕らの世代で小さい頃というのは、服は母
親が作るものでした。もっと上の世代になれば、それはも
う当たり前で、戦時中なんていうのはあまりお洒落なんて
できなかったはずです。
   1945年に戦争が終わり、平和が戻ってきますが、
そんな時代に、今のファッションスクール、当時で言えば
洋裁学校ですね、これと料理のための学校が隆盛を極
めます。結局それは、自分で布を買ってきて、自分の腕
で作るということです。
 これを今度は消費者に向かってやるようになると、
デザイナーが職業として分岐してきて、注文服を作った
り、既製服を作ったりするようになります。
 よくプレタポルテというような言い方をします。高級
注文服のことですね。それと高級既製服というような言
い方もあります。既製服っていうのは高級ではありえな
いんだけど(笑)。プレタポルテは、もともとヨーロッパで
王侯貴族のために洋服を作っていたことから生まれた
ものです。
一方、貧しい人たちには、母親が子どもたちや自分
のためとか夫のために服を作るということが当たり前で
した。これはプレタポルテとは言わない。普通の生活で
す(笑)。
 それが、例えばシャネルみたいな人たちがだんだん
出てくるようになる。シャネルは、この世界では最も有
名なブランドネームだと思いますが、もともと孤児院に
いた人ですよね。12歳にお母さんが亡くなっちゃって、
お父さんはちょっと飲んだくれの人で、放浪の旅を続
けるような行商の人だったんです。それで、12歳のと
きに孤児院に入りますが、自分の部屋がずっと灰色
なわけです。実際にシャネルのはじめの服は、大体
グレーなんです。その生活空間をそのままイメージし
たというかたちです。
 18歳まで孤児院で暮らし、それから歌手になります
が、あんまり売れなくて、結局失業してしまいます。そん
な食うや食わずの時に、たまたま外に着てくために帽子
を作る。服を作るだけの布が無かったから帽子を作る。
そして、その帽子を作っていたら、町行く人がみんな振り
返って、自分にも作ってくれと言われるようになり、やが
て帽子屋さんを小さな所で始めることになります。それか
ら「自分の服は自分で作りたい」と言って、1920年くらい
にはデビューをし、最も大きなブランドを作ることになる
んです。
 決して、専門的な知識があったわけでは無い。
シャネルは、自分の物は自分で作るというところから出
発して、女が、「自分のために一番良いと思う服を作りた
い」ということを、世界で初めて言った人なんです。

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独立行政法人 農業生物資源研究所
ゲノム研究グループ
木 下 晴 夫
E-mail:hkinoshi@affrc.go.jp
TEL:0298-38-6196