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明治26年発行の『大日本蠶絲會報』第18号に、“蚕種の変遷”とする解説記事が
載っていました。大如来、小如来=又昔、青白、掛合、黄繭、赤塾、青熟等の起源に
ついてです。面白そうですのでご紹介します。今回は“大如来”についてです。
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 今や世上一般に飼育する蠶の種類中其由來久しきものは小石丸にして原と何れの種
類より撰出せしやは詳ならずと雖も享保年間(今を距る百七十八年乃至百五十八年)
に在て已に飼育せられ、其繭形圓くして世に行はれたるものゝ如し。爾後寛保年度(
今を距る百五十三年乃至百五十年)に至り大如來なる蠶種世に出で天明(今を距る百
十三年乃至百六年)の頃には關東諸國皆競ふて此大如來の蠶種を飼育するに至れりと
云ふ。此種の出現せし來歴に就ては二説あり。即ち次に載するが如し

  長野縣小縣郡塩尻村藤本縄葛氏の説に據れば信州信濃川満水にて沿岸の桑田を破
 潰し、為に蠶種の不足を生じたるに由り上州、武藏、常陸、信濃4州の商人等申合
 せ奥州に赴き、伊達郡伊道崎村なる如來堂を借受け蠶種の製造に着手せり。然るに
 従來國々に産ぜざる程の大巣の繭を得たるに由り、蠶紙の中書に大如來と印し各地
 に売弘めたり云々。
  又、栃木縣下都賀郡都賀社員海老沼信作氏、大橋彌左衛門氏の説には、社中便利
 の為め奥州に下り成繭を購へ、阿武隈川の邊假崎村なる如來堂を借りて蠶種を製造
 し、而して繭の大なるものには大如來、中なるものには中如來、小なるものには小
 如來と、一々蠶紙に記して曖昧騙詐の弊を防ぎ(蠶種の販売に曖昧騙詐の弊あるは
 今も昔も易はらざるものゝ如し)以て正路の販売を事とすと云ふ。
 
 其説孰れか是なるを知らずと雖も、兎に角大如來なる蠶種は福島縣伊達郡より産出
せしは眞なるが如し。
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Chikayoshi Kitamura (NIAS/MAFF) kitamura@affrc.go.jp