第1部 事例報告ー1−(3)

先染紬織物の草木染について
久保田治秀(伊那紬手織組合組合長・久保田織染工業株式会社代表取締役)

 今日は、岩下先生に頼まれまして、事例報告ということでやらせていただきます。私ども皆さんにお話しできるのは草木染ぐらいなものですから、ここ二十数年の経験を踏まえた話をさせていただければと思います。
 今もお話にありましたが、私の祖父が北玉屋町というところで小紋の捺染染めを始めたのが明治43年でございまして、そのころはこの付近はご承知のように養蚕が大変盛んな地域でございますので、この中にいらっしゃる皆さんも、お母さんか、あるいはおばあちゃんが自分の家で養蚕して、出荷できない繭から糸を取って機を織ったという、その織ったものを持ってらっしゃるとか、あるいは織ったものを見たりとかされた方がいらっしゃると思うんですけれども、そういう白生地を染めたりとか、あるいは染め上がったものを抜いてまた違うものに染めかえたりとかいう、企業をつくってそういう商売を始めたのが発端でございまして、今の東町、この当時、国富町というんですか、ここへ移ってきたのは大正の初めかと思います。そのころは、国富町と今私申しましたけれども、ここは製糸をやっているところが2軒か3軒、通りにあって、祖父が来て織物とか染め物を始めたものですから、そのころは生糸、繭、それが国を富ませるもとだったものですから国富町という名前をつけたようでありまして、今思えば隔世の感があるんですが、なりわいとしてやっているのは駒ヶ根市内では私どもだけになってしまったんじゃないかなと思います。
 というわけでございまして、今、捺染染めのほうはやってないんです。主に手機でもって草木染をしたものを織っているわけですが、私ども、紬の特徴といたしましては、糸は、今日見えていますけれども、宮坂製糸さんから生糸を引いていただきまして、それを私どもで、合糸機とか撚糸機とかございますので、自分の、あるいは流通のほうからいただいたジフウといいますか、風合いになるような糸を自分で作ることができるわけです。たまたま私ども撚糸をやったものですからその関係でその設備が残っておりまして、それを今私ども、紬織りに役立たせていただいているんですが、糸を私どもつくるのは一からできるということが、よそさんとちょっと違うところかなと思います。
 それと、手機で高機で私ども織っているんですが、ジフウとか風合いとかいろいろ出ていますけれども、やっぱりきれいではないんですけれども、織ったときに味が出るといいますか、手機のほうが味が出るということがありまして、要はたくさん織らないで、どっちかというとそのおもしろみといいますか、そういうものを皆さんに見ていただきたい、味わっていただきたいというのを主眼にして物をつくっております。
 この辺のところは特徴でして、3つ目の特徴としては草木染ということになるわけですけれども、私ども化学染料ももちろん使いますし、化学染料と草木染の併用もしますし、やっておりますが、最初、草木染を始めたとき、今までやっていた化学染料の色とどこが違うのかなと最初は物すごく思いました。見た目はほとんど変わらないし、織ってしまうと見分けがつかないというそんな感じがしまして、最初のころはやる意味があるのかなと思っていたんですけれども、自分なりに工夫もされてやっていきますと、やっぱり言葉では言いあらわせない部分といいますか、自然からいただいた色といいますか、そういうものの重なりが何とも言えない優しさといいますか、深みといいますか、そのようなものを出しているんじゃないかなというようなことを感じるようになりました。
 私ども最初、草木染を始めたころは、山崎青樹さんの本とか、いろいろそういう参考文献を見ながらやっていたんですけれども、仕事としてやるにはやっぱりああいうものを見ながらやるというのは大変苦労でして、そのとおりになるということはなかなか難しいんです。それで行きつ戻りつ、やめたりやったりとかやったんですが、本格的に取り組もうと思い始めてきっかけは、昭和55年、56年、57年の3年間にわたって、草木染の技術改善の事業を長野県の織物工業組合が、そのころ県の繊維工業試験場と申しましたけれども、そこと一緒になって資料帳を作ったわけです。草木の染材は40種類ほどやりまして、サンプル数は1,500以上になったかと思います。そのとき一緒にやってくださった堀川さんが今ここにいますけれども、まだお互いに若くて、一生懸命、資料帳作りをやったわけですが、私ども本格的に草木染ということに取り組むようになったのはそれができてからでございました。
 それまでやったものというのは再現性が非常に難しいということと、どうしてこうなっちゃうのか、色が絶えず変わったりするわけですけれども、それがわからなかったわけです。理屈は抜きにして、千何百種類も染めのサンプルがありますと、それを一つずつやるわけじゃないんですけれども、どういうふうになってこうなっちゃうんだということを抜きにして、こういうふうにやればこういう色が出る、間違いなく出る。もう一度やると全く同じ色にはならないんですけれども似たような色が再現できることがわかりまして、それで草木染を本格的に取り組もうということで始めたわけです。
 最初のうち、草木染といっても、染めた本人が化学染料と大して変わらないなと思ったぐらいですので、流通のほうも、高いんですよと言っても、どこが高いんだということでなかなか認めてくれなかったんですが、時間と経験でもって、こういうふうにやったらよく見える。草木染というのは、このような柄出しをしたりとか、あるいはこういうふうにしたらよく見える、いいものができるというのがわかってきたので、それができるようになってきてから、久保田のところの草木染というふうにある程度言っていただけるようになったわけです。
私は研究をしているわけじゃないものですから、経験の積み重ねでもって、じゃ今度こういうのをやってみたらどうなるかなとか、前やったやり方と今度やったやり方で出た色を組み合わせてみようという積み重ねなものですから、やっぱりある程度年数が必要だなと思います。
 今日、いろいろ言っていてもあれなんで、ここに一部持ってきたんです。シルクミュージアムのほうにも染めた糸がありますけれども、ここに糸がありますので、ちょっと回しますので見ていただいて……。真綿に染めた。真綿ですので……。
 媒染材と染材といいまして、イチイの木の幹で染めたとか、あるいは山桜の皮で染めたとか書いてございます。媒染材も書いてございますので、見ていただければわかると思います。事例報告にも書いておきましたけれども、主にこの周りでとれる、伊那谷に自生しているといいますか、そういう木の皮を私ども多く使います。というのは、葉ですと、よく私どもグリーンを出すために葛の葉でやるんですけど、朝とりに行って、お昼に帰ってきて午後すぐ染めないとああいうものというのはだめになっちゃうものですから、なかなかそれは普通の仕事でやっていると大変なことなものですから、木の皮を……。木の皮というのは置いておけますので、とる時期が、秋、葉が落ちて次の芽が出るまでの冬の間に伐採していただいて、それを皮をむいてとっておくわけですけれども、私どもの工場のほうに来ていただきますと置いてありますので、見ていただければわかると思いますけれども、3年ぐらい前に取った木の皮でもよく色が出ますので、大変使いやすいということです。そこで木の皮を……。
 それから矢車玉とか、ああいう実も使っています。それから一部、動物のコチニールとか、ああいうものも使います。それと、濃い色を出すためにロッグウッドなんかも使っていますけれども、大半はこの付近にあるものでして、山桜の皮とか、白樺の木の皮とか、リンゴの木の皮。リンゴは果樹園でもうならなくなった太い木があるんですけれども、切ったのをいただいてきて皮をむいて使うんですけれども、太い木のほうがいい色が出ます。というか、濃い色が出ます。
 イチイは、皆さんご存じのように庭で使ったり垣根に使ったりするんですけれども、この辺のイチイでやったんですが、イチイというのは木の幹を使うんですけれども余り濃いのが出なかったんです。ある程度濃いのが出ないとおもしろくないものですから……。と思ってましたら、伊那に銘木屋さんがあるんです。床柱をイチイでつくるものですから、信州銘木という床柱をつくっているところがありまして、そこが、イチイは北海道のイチイをとるらしいんです。それで、見ると本当にしんが真っ赤で太いんです。それで床柱屋さんに頼んでおいて、イチイの床柱をつくって削った削りくずをとっておいてもらうんです。

それでやると赤い色が出るんですけど、イチイの色はこれなんです。アルミと銅と鉄でもって3色同じイチイで出しているんですけれども、こういう色になります。赤い色がないないと一時言われたものですからこういうのを作ったんですが、今は赤い色は全然何も言わないんです、流通のほうの方は。一時、派手物派手物と言って、派手物と言ったらこういう色でいいかなと思ってイチイをやったんですが、今はそういうことを余り言わなくなっちゃって、皆さん、どちらかというとこういうネズとか黄色とか、そのような系統、黒っぽい色なんかを非常に言うんです。

 これはシルクミュージアムにあるのと同じ。これはこの上を、近くで見てもらうとわかるんですが、経は矢鱈縞といいまして、色がずうっとでたらめに並んでいるわけです。大体 120本を1つの組合せにして並べるんですけれども、それがずうっと繰り返し経糸になっているわけです。緯は格子に見えるように色を変えていくわけです。ここの下は、だから濃く染めた色でもってぼかしてこういうふうにやっているんですけれども、ここでもって使っているのはログウッドを使っていますけれども、緯糸。これはログウッドとドングリ。ドングリというか、クヌギの木の鉄媒染だと思います、真ん中は。これは山桜のアルミ媒染かな。銅媒染か。遠くから見るとぼけて見えるようにと思って作ったのでありますが、どんなものを作るかといったときに一番参考になるのが志村ふくみさんの作品集なんです。どこかで見たなというような感じがあったとすると、それは志村さんの作品を見ているなと思っていただければ間違いございませんので……。
 大体こんな感じなのが多いんですけれども、あれだけのやつを見ながら再現していくと、人間国宝の方たちというのは時間にとらわれないで作るものですから、経だけでも、経糸を一段形成するだけでも、あのとおりに再現してといいますか、まねしてやりますと、幾日かかるか……。物すごくかかるんです。その本数を私とにかく写真を見ながら数えていくんですけど、途中で嫌になっちゃうんですね。とてもそんなまねはできないなというぐらい、端から端まで全部糸の本数を変えるんですよ。人間国宝になるにはそのぐらいのことをやらないと無理なようです。

 これが先ほど申しましたリンゴのアルミ媒染です。これ花織、4本足で緯糸を浮かせる沖縄でよくやっている方法ですが、それで作ります。この手は結構評判がよくて、今回のはずっと柄を通して作っていますけれども、途中で切ったりとか、あるいは入れ違いにしたりとかそういうことができるものですから、そういうふうにいろいろ柄を変えて作れば結構長もちするパターンなんです。私どもとしては大変助かるんです。

 それから、これは経を矢鱈縞にするんですけれども、なぜ矢鱈縞にするかというと、糸が    あるんですけれども、矢鱈縞にしますとうんと色の深みが出るんですね、草木の場合には。それでけんかしていないんです。草木の色というのは化学染料と違って、どの色をどういうふうに組み合わせても一つだけパッと出てくるとか、あるいは相性が悪いということがなくて、お互いにうまくまざるんです。矢鱈縞の技法は大変使い勝手がよくて私どもよくこれを使うんですけれども、この矢鱈縞に緯の段絣を入れておきますけれども。
 これは先ほど言いましたイチイの……。黄の主な色はクヌギの鉄媒染かと思いますが、これはいろいろいっぱい色が入っていますので、近くで見ていただければと思います。

 これ、先ほど申しましたイチイのアルミと鉄の媒染でして、媒染材は私ども市販のものを使っておりまして、水に溶けやすくて大変使いやすくなっております。あと、後の処理ですね、水洗いをよくしたら大変使い勝手のいい媒染材でございますので。皆さんもお使いになっていておわかりになると思うんですけれども。

 これが伝統工芸展というので賞をいただいたのと同じものですけれども、経絣に緯段に黄で撚りみたいに入れているんですけれども、これは山桜の鉄媒染が地になっておりまして、山桜の鉄媒染は、どことなくピンクっぽいというか、色気っぽいといいますか、今そちらに行っていると思いますけれども、ほかの鉄媒染のネズと比べるとちょっとピンクかかった色になるんです。余り媒染材を入れちゃうとネズになっちゃうものですから、媒染材を少なくして染めるとこんなような色になりますし、経験でもってだんだんそういうことがわかってくるんですけれども。

 それで、私どもが今やっているものの中に無地染があるんです。これも無地のところがあるんですが、真綿の手紡糸なんですが、手紡糸のむらと草木染をしたときのむらがうんと出るんです。太、細の関係もあって、しわが寄ったりなんかするところもあったりするんですけれども、そういうものって最初は全然、草木染の無地は受け入れてくれなかったんですけれども、最近は、どういうことなのか、あるいはわかってくれたのかどうなのかちょっとよくわからないんですけれども、草木の無地をと言われるので頑張って作っておりますけれども、やってみたいなと思うのは、例えばリンゴを煮出した液とクヌギを煮出した液をまぜて媒染したらどんな色になるのかなとか、あるいは媒染材を前もってまぜておいてやったら……。皆さんやったことがあるのなら教えていただければいいんですけれども、アルミと銅を先にまぜておいて染めたらどんな色になるのかとか、そういう何か変わったことができたらおもしろいかなと思っているんです。やってみても何のあれもないかもしれませんけど、やってみる価値はあるかなと思っております。
 草木染の染め方ですが、先ほど申しましたように、県の繊維工業試験場と一緒にやったやり方を基本的にやっておりまして、糸に対して染材は 100%です。5キロの糸を染めるときには5キロの染材、木の皮なんかでやります。50%にしても色みが半分になるということはないんです。多少ございますけれども。ですので50%でやるときもありますけれども、大体100%を基準にしてやっています。それで1回20分で4回煮出します、基本的には。それを全部一緒にして煮ます。92〜3℃まで上げて20分ぐらい保って、それから冷ますわけです。温度を下げるとき、だんだんだんだん下げていくときに色が削れるものですから、40℃ぐらいまで下げて、今度よく搾って媒染するわけです。媒染の時間と温度は事例のところに書いてありますけど、試験場でやったのと同じような方法でやっております。それぞれ皆さんやり方があるかと思いますけれども、どれか一つ基準を設けて作ってやると、あとやりやすいです。媒染だけして水洗いして終わってもいいんですけれども、染めた液の中にそれを戻して、もう一度同じように染めると深みが出ますし、濃度も出ます。私も、第2染と言っているんですけれども、その方法を使ってやっております。
 草木染というのは、時間がかかるし、私が染めているものですから労力的にも大変。例えば30反注文をいただいて、草木染めだけしますと随分時間がかかるわけです。体力も使うし、大変なんで……。その割には、流通の人たちというのは、そこのところを、大変だから高くしてくださいということじゃないんですけれども、見ていただけない部分があって、草木染、草木染と言うんですけれども100%草木染じゃなくてもいいんです。ほとんど草木染のものだったらいいんですけれども、化学染料にちょっと  か何かかけたものを草木染なんて言って売っていらっしゃる方がいるので、そういう方たちのやり方を見ていると大変腹が立つわけです。
 どっちかといいますと、私も60になって初めてこの仕事のおもしろみというのがわかったものですから、今流通の方たちが大変力がなくなっちゃったといいますか、それで自分の思いを直接消費者の皆さんに伝えるほうがいいんじゃないかなと、そんな感じを今しているのでありますが、私の商売のことですので皆さんに直接関係ないんですけど、そんなような気持ちでいます。
 以上です。

司会: どうもありがとうございました。ただいまのご報告に対して何かお聞きしたいとか、いろいろ共通なところもあるかと思いますけれども……。
会場: ただいま先生のお話をお聞きしていて、本当に心のままというのかしら、まじめなままで        さんも述べていたように、快く感じました。そのときに、素人の私ですけど、媒染材を混色するとか、液を混色したらどうかということをおっしゃっていましたけど、私も30年ぐらい のもとでやっていますけれども、混色は絶対しないほうがいいと思っています。というのは、掛け合わせるというんでしょうか、いわゆるサーモンピンクをやりたいなと思ったときは、私の経験ですと、5倍  液を3日ぐらい置いておいて鉄媒染したところに、ほんの……それは勘ですけど、コチニールをかけると、私たちの年ごろの頭が白くなったような、ピンクといっても晴れがましいピンクは嫌だけれども、ほのかなピンクがいいなという 何とも言えないきれいな色になります。
 草木のときに残液染めとかおっしゃってましたけど、糸をさらに染めるよりも、次に何かを染めようと思うときに、少し残った残液で糸を、おふろに入るときのシャワーみたいに、一度その液で糸をやわらかくしておいてやる。そしてきれいに拭いて、それを何ということないですけど、しまっておく。それでハッと気がついて何かに色を染めようと思うときに、次のものを染めると、ただの白の糸で染めるよりも、なんかフッとなじんでいくような気がするので、残液がきれいな残液だったら……汚れた濁った残液は余り意味がないと思いますけれども、きれいな残液でしたら、とっておいてやったほうが捨てるよりはいいかと思います。
 それから、黄色とか青の話ですけれども、無限にグレーになっていくとかいう話は、本当にそのとおりだなと思ってお聞きしていたんですけれども、黄色なんかは、青みの黄色、赤みの黄色がありますよね。それで赤みの黄色の中に入れておくと、      汚い赤の   高いですから、余り使えないとき、それを使うときれいなオレンジになるとか、グレーのほうにするとまた違ったベージュっぽいピンクになるとかで、私、主人が趣味で絵をかいているのを見ましてね、混色で絵をかいてないんですね。いろいろやっているのを見ていて、ああ、これはタマネギですねとか、これはヨモギですねと言われるようではもう  であって、「何の色?」と言われるには、工夫があって、日にちをかけて、2色、3色      混色は絶対汚くなるので、        媒染も、先生が今おっしゃったように、私も鉄が余り使いたくないので、鉄を使わなくて、鉄を使う染料を離すようにしました。そういうことをして、媒染は何で媒染したというのは必ず書いておくと、次に染めるときは媒染材を使わなくてもいいようになります。媒染材は本当に少なくして、草木染が媒染染めになっちゃうような感覚があるので、 液みたいな溶いたもので簡単に染めてそれで草木染だと言っている方と、久保田先生みたいに労力を費やして本物を染めているものが草木染だという……。  でやったのもケミカルじゃないことは確かだけど、本質的に草木染の心が違うので、やっぱり先生のおっしゃっていることは心にしみて、いいお話でした。素人の私が申しわけありませんでした。
司会: ありがとうございます。まだいろいろお聞きしたいことがあると思うんですけど、予定の時間を過ぎましたので、第3の報告はこれで終わらせていただきたいと思います。どうもありがとうございました。
久保田: ありがとうございました。


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