関連報告4
特徴ある生糸とその利用

須藤製糸株式会社 取締役社長 須藤盛夫

進行(関川):それでは、最後のご報告です。「特徴ある生糸とその利用」です。ただいまの「はくぎん」を初め、様々な高級生糸を製造する中で、できるだけ商品の差別化にご努力されておられます。そして、新しい取り組みについてのご報告をお願いいたします。須藤製糸株式会社社長、須藤様よりご報告をいただきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

須藤盛夫社長:ご紹介いただきました製糸業、生糸の製造を営んでおります、茨城県古河市にあります須藤製糸の須藤です。(拍手)本日はお昼過ぎから皆さんにお座りいただいておりまして、大変お疲れのところ恐縮です。今しばらくお時間をいただければ幸いかと思っております。本日、シルク・サミットの冒頭で、ご挨拶などがありましたように、シルクにとってのゆかりの地・横浜で開催できましたこと、私も大変嬉しく思っている次第です。

 先ほど来歴史的な経過のお話もありましたように、輸出産業のトップを占めていたのが、ご承知の通り私ども業界が製造いたします生糸です。こちらに書いておりますように、手前どもも明治20年に創業させていただき、今日まで117年経過させていただいております。ただ、何しろこの蚕糸業は変化が激しい経過があり、戦後も300弱の製糸工場が動いていたのですが、今日、残念ながら機械製糸では4社のみが操業しているという状況です。皆様が徐々に手を引かれてしまっております。私どもも蚕糸業の方でさえ「まだ製糸をやっているのか」と言われるぐらいでして、大変肩身の狭い思いをしている次第です。
 私で6代目になりますが、一人一業ということで、絶対よその業態に手を出すなというのが、私どもが先代から言われていたことでした。ただ、何としても業態に入りまして、このままでは私どもも経営が続けられないということで、昭和46年からほかの事業に手を出させていただいております。今では保険関係、ゴルフセンター、結婚式場、不動産賃貸、小売事業、ホームセンター等を経営させていただいております。こういったほかの事業で何とか補填をつけ、今日まで営んでまいりました。
 そういう意味合いからも、何としても私もこの先代からなしえた事業ですので、片手間ではありますが、この蚕糸業を続けていきたいという気持ちを持っておりますし、従業員にもぜひこの事業はやるのだということで、日本の伝統文化としての蚕糸業を維持するという頭でここまで進んできております。
 1つの産業は、1つの工程が途中で切れますと、その産業が全部駄目になってしまうというのが現実です。養蚕から始まって製糸、撚糸、染色、織物に至るまで、これは運命共同体にあるのではなかろうかと思っております。幸い、日本の蚕糸業の優位性につきましては、蚕種から絹業に至るまで、先人の研究の蓄積が一貫して得られるということは、大変な財産だと思っております。
 そして、まだこの各段階は細々ながらも皆さんにやっていただいています。種屋さんもなかなか経営は厳しいのですが、種の製造を何とか続けてくれています。養蚕家も、冒頭ご案内がありましたように大変少なくなってきております。しかし、この養蚕をこよなく愛してやっていただけます。そういう方々がおられるので、私どもも生き延びられるのかなと思っておりますし、今後とも何としても伝統産業である蚕糸業を守るべく努力を続けていきたいと思っております。次お願いします。

 今、私どもの工場生産設備につきましても、大量生産時代からは今は変化してきております。小ロット生産体制ができるような設備ということで、こちらに書かせていただきましたが、煮繭機も2台動いております。そして、糸を紡ぐ自動繰糸機も、以前は能率本位ということで、「釜数」といって1列240丁つながっております。24釜が、現在も4セットは残されておりますが、なるべく少量、特殊な糸が引けるようにということで、10釜あるいは6釜の短い釜を揃えております。また、昨年度は改良型6釜ということで、小ロット生産ができるような体制づくりということで、自動繰糸機も小型繰糸機を取り揃えさせていただいております。
 今、この長引く不況の中、特にデフレが進行しておりますし、先般発表になっております9月の日銀短観におきましても、大変中小零細企業が厳しい面に立たされております。中小企業の製造業はマイナス23ポイント、非製造業(販売面)でもマイナス31ポイントと、まだまだ景気回復の兆しは遠いようであります。景気の浮揚に向けて何とか地域経済の活力を生み出せないかと、私どもも努力を続けている最中です。次お願いします。

 しかし、今、地場産業や産地などの地域経済の活力と競争力の向上に向けた、大企業に負けない中小企業の強さがあるのではないかと私は思っております。その1つには、ニッチ戦略に徹するということです。これが、我々中小零細が生き延びられる道ではないかと思っております。
 2つ目には下請け企業にならない、独自の商品開発に徹することだと思います。枠を超えての技術の応用、独自商品の開発ができるような体制づくりです。先ほど来ありましたように、日本人の持っている技術力や技能力をもって、何とかやっていかなければ、我々中小零細は残念ながら潰れてしまうということです。
 また、規模の拡大を追わずに利益を追求するということが、私は大切ではないかと思います。今までは、どちらかというと大量生産、能率本位だけで進めてまいりました。しかし、時代は終わったかなという感じがしております。その意味でも、規模の拡大は追いません。私ども蚕糸業はどんどん縮小気味です。あるいは、ほかの事業についても、今はじっと我慢の時期であるということで、縮小しながら何とか維持しているというのが現状です。そういう意味で、最終的には経営が続けられる利益が出せればいいのではないかというつもりでやっております。こういったものづくりへのこだわりが、高い競争力のある製品を生み出す原動力になるのではないかと考えている次第です。
 3つ目は、流通経路の1本化です。右へ左へ、あちらこちらへと商品を流してしまいますと、なかなか商品が育ちません。日本人の場合、特に消費者は飽きやすいので、一遍に流れてあっという間にその商品が殺されてしまうという傾向があります。そういう意味でも、できるだけ流通経路を絞らせていただいて、その商品を育て上げていただける経路をたどりながら、量は少なくとも利益の取れる商売をしていきたいという思いで、現在進めさせていただいております。次お願いします。

 そういう意味で、私自身が考えているこれからの生糸生産のコンセプトとして、今までのような同一規格生糸の大量生産、大量販売の発想ではなく、織物、染色、小売り等のシルクの消費者により近いところにいる、いわゆる川下のシルク関係者と一層連携を深めようと考えております。川下が消費者ニーズに沿った多様なシルク製品の製作が可能となるような原糸素材としての多様な生糸を、生産単位はわずかでありますが、効率よく生産し、供給していくことが大切ではなかろうかと考えている次第であります。
 言い換えれば、シルク製品からフィードバックして生糸生産を考える、いわゆるプロダクトアウトからマーケットインへの発想を変えて進めていかなければなりません。また、製糸各社さんはいろいろな形でチャレンジしております。私どもに限らず、ほかの製糸工場さんもたくさんの種類の糸をつくり、小型繰糸機を利用しながら、色々な繊度や節などの欠点がきわめて少ない超高級生糸をつくり上げていこうというのも、一つの方向であります。もう一つは、これまでの生糸にない新しい形質を持つ生糸といったものを作っていくことが、私は必要なのかと考えておりますし、それを実行し、今経営の中で進めている次第であります。そういう意味で、小型繰糸機につきましては、手前どもで実証試験中です。次お願いします。
 昨年度、国のご指導もいただきまして、超高品位製品を作るべく、また省力化できる小型繰糸機ということで、現在、実証試験をやっている最中です。なかなか商品化へは進んでおりませんが、実験を行っております。目的は、超高級生糸をつくることです。
 もう一つは、どうしても省力化を図らなければならないということで、今までの自動機と異なりまして、5点ほど改良しております。1つ目は、集緒器の問題です。これをジルコニア製のボタン型集緒器を使って改良を進めております。
 2つ目は、ジルコニア製の感知器です。今までよりも耐久性がある、あるいはそれほど手入れをしなくてもいけるように、感知器も新しい形で進んでおります。
 3つ目は、新しい給繭機です。製糸工場をごらんいただいた方にはおわかりいただけるかと思いますが、自動的に糸を接緒してまいります。ですから、多粒繰糸をしないように糸が供給できるように、有効接緒率を大幅に向上させる目的で、給繭機を改良しております。
 4つ目はコンビネーションの改良です。異常張力感知をなるべく早くできるようにするのが目的です。機械が大きく故障する前に、小故障の段階でできるだけ機械を止めてしまえるように、コンビネーションの改良をしております。
 5つ目には、ジルコニア製の鼓車を改良しております。接触抵抗を減らすことを目的に、ジルコニアの鼓車を使用しております。こちらは昨年度、国のご指導もいただきながら進めている形です。今はまだ実証試験中です。

 生糸もほかの製品と同じように、新しい発想、独創的なアイデアだけがこの変革期を生き延びられる道であるかと思っております。もの余りの日本ですので、今お買い求めいただくためには、何としても“語れる商品”が必要です。“語れる商品”のポイントとして、希少性のあるもの、品質のよいもの、特徴のあるもの、どこかユニークな商品が必要であります。こういったものが、これから我々が商品化して進めていく方向性ではないかと思っております。
 今、シルクに限らず、合成繊維等も含めまして、繊維業界あるいはアパレル業界でも、価格志向からこだわりを求める方向が出てきております。今までの価格一辺倒から国産への差別化、特化素材が受け入れられるムードが高まってきております。今こそメイド・イン・ジャパンの再評価を認識していくときではなかろうかと思っております。
 集散地においても多品種小ロットといった生産形態の企業家が重要視されておりますし、寡占化の進行が顕著であります。多品種小ロット、短納期の国内生産基盤の強みを発揮すべきチャンスの時代ではなかろうかと思っております。
 こちらに、私どもでちょっと手がけさせていただいております特色ある生糸があります。皆さん方もご案内の通りかと思いますが、1つ目は黄繭糸です。これは栃木県のブランドとして開発させていただいており、“日光黄貴”という名前で出させていただいております。他県でも黄繭糸がありますが、ご案内の通り、非常に染色性に富んでおります。発色がいいということでお使いいただいております。
 2つ目は、先ほど山本先生からお話がありましたように、細繊度の特徴をいただきました「はくぎん」の商品を取り扱っております。
 3つ目は「大鷲」という商品です。こちらは、茨城県の結城紬のブランドということで、現在一緒に進めさせていただいております。ただ、なかなか糸の特徴性がつけにくいのです。結城紬は真綿でのご使用ですので、私どもが手がけるところは、糸にしたものがわずかだけです。しかし、真綿で使用していくと、非常に効率もよく色合いもいいということで、今、結城紬さんではご使用いただいております。
 4つ目は皆さんご案内のような「小石丸」も、私どもも現在手がけております。現在京都の方へつないでおります。
 5つ目は「改良小石丸」です。こちらも栃木県のオリジナル品種として進めております。ご案内の通り、小石丸は、我々機械製糸が引いていくのは大変苦労があります。また、非常に加工が難しく、金銭的にも加工費がかかりすぎてしまいます。何とか普通繭の繰糸に近い状況に持っていけないかということで、改良小石丸を現在出させていただいております。
 6つ目は「グリーン☆スター」です。黄緑色の繭をつくるということで、こちらも栃木県の地域限定品として出させていただいております。
 7つ目は「栃太」という絹糸繊度が太目の繭です。わずかですが、やらせていただいております。
 8つ目は生繰糸です。通常ですと繭を乾燥して煮繭を通し、糸にするという工程です。乾燥工程を省き、養蚕家から生のうちに糸にして(生繰り糸)、こちらは三味線の糸などにご利用いただいております。
 9つ目は、製糸でいうと手屑(くず物)です。自動機で糸口を出すときにキビソという手屑が出てきます。何とかそれを糸にできないかということで、デニールで表示しているのでおわかりいただけるかどうかはわかりませんが、第一緒糸がかなり太い糸です。第二緒糸はやや細めで、どちらかというと手芸用にお使いいただくような太目の糸です。
 こういった種類の糸を、少ないですが何とか供給させていただきながら、今、チャレンジさせて いただいている最中です。
 今の長引く不況やデフレを克服するため、高付加価値製品の開発に向けた動きがどうしても必要かと思います。私どもも、今、目方でいうとわずかな生産量になっております。また、日本の製糸も全国で月に300俵もいきません。ウエイトとしては何%の世界になってきていると思います。
 しかし、各社各様いろいろな糸にチャレンジしております。何とか皆様方とのご協力の中で、蚕糸業の火が消えませんようにお願いを申し上げまして、大変整いませんが私の話を閉じさせていただきます。大変ありがとうございました。(拍手)

進行(関川):どうもありがとうございました。まさに多品種少量ということで、ニーズに合わせた生糸の取り組みをしておられるというご報告でした。
 あっという間に4時間が過ぎてしまいました。皆様、いかがでしょうか。最初の基調講演から6人の講師の方に改めて大きな拍手をしていただきたいと思います。(拍手) どうもありがとうございました。


総合討論

進行(関川):大分時間ということで追いましたので、ぴったり予定通り終わりました。最終までに若干時間がありますので、講師の方も言い足りないなど、不満足ではあると思いますが、またお聞きになられた会場の方が、ぜひこのことはちょっと質問してみたいとか、実はこういう取り組みを密かにしているとか、そういうご披露があれば、せっかくの場ですので、ちょっとお手を挙げてお話しいただけたらと思います。全国からお集まりですので、今、6人の方のご報告にもありましたように、生糸の世界、シルク消え入るということを大変恐れながらも、新しい光が見えているということが、力強く読まれたと思います。是非どなたかご質問などありませんでしょうか。勇気ある方、お手を挙げていただけたら。はい、どうぞ。所属や県名、お名前をおっしゃってください。

農業生物資源研究所・北村:先ほどのお話をずっと聞いておりまして、神奈川県というと今でも田名や相模原、厚木では養蚕農家がたくさんあると思います。例えば、先ほどの椎野さんのお話からいくと、非常に優れた養蚕から染色までの一貫した技能を日本は持っております。それが地域の中で一つ一つまとまっていくような形で、お互いが元気を出し合っていくことが大事ではないかと思います。
 そういった養蚕農家との連携については、どの程度の取り組みをなされているのか、もしやっておられたらご紹介いただきたいと思います。

進行(関川):ただいまの質問がありましたが、いかがですか。小泉先生。

小泉勝夫シルク博物館博物館部長:私よりも、経済連ではなくなりまして、全農になった平塚顧問が見えていますので、平塚顧問から回答していただければと思います。突然のご指名で恐縮ですが、よろしくお願いしたいと思います。

進行(関川):では、どうぞよろしくお願いいたします。

全農・平塚:ただいまのお話で、相模原という地名が出てまいりました。神奈川県の養蚕農家は、本年の場合20戸足らずで、半数の約10戸が厚木市です。具体的に申しますと、本年度(平成15年)に、先ほどおっしゃられた相模原で実際に飼育した農家は2戸だけです。
 現在農協の単位では、伊勢原、厚木、愛川町、津久井郡、相模原、座間という6カ所に絡んでおります。全体で20戸程度になってしまったという状況です。養蚕農家で従事する方も高齢でして、年々減っていくという状況です。

進行(関川):ありがとうございました。ただいまのような状況だそうです。確かに年々減っているのは事実です。

農業生物資源研究所・北村:例えば、いい技術があっても、糸は中国から入れたらいいではないかということになってしまうと、製品の出発点の顔が見えなくなってしまいます。そういうものに頼ってモノを作っていくだけでいいのかどうか。やはり顔の見える人が作った繭で、顔の見える人が糸を引き、顔の見える人が織っていく、染めていくというふうにしないと。先ほどの話では、初めの方がもやもやとしていて、後ろの方はしっかりとした連携ができているような話に感じたので、そういう取り組みがあればと思いまして。

進行(関川):どうそ、須藤さん。

須藤盛夫社長:お答えになるかどうかはわかりませんが、今ご案内のように養蚕家は大変高齢化してきております。ただ、中には大変養蚕に力を入れている青年の養蚕家も、各地区で出てきております。私どもも是非そういった人を育てていかなければならないと思います。
 顔が見える糸ということで、地域限定の糸を最終的に生産者につないでいきたいという取り組みをしております。今、山梨県の繭も頂戴しておりますが、山梨の甲斐の糸ということで、限定品をお送りします。また、栃木県の一部の生産者だけの糸のみをまとめて、今回一部京都の方へ流す予定にしております。
 生産者の顔が見えるというのは大切なことです。今、食品関係もすべて顔が見えるということに消費者が飛びつくわけですし、チップまでつけて商品を流そうという時代です。そういった意味で、やはり我々もそれはやらなければいけません。できるだけ養蚕者を限定させていただき、お客様からフィードバックしていただく、商品的にご批判をいただくという形がつくれればと思っております。
 ただ、全部の商品をそういうわけにはいきませんので、一部はそういう取り組みもさせていただいております。

進行(関川):どうもありがとうございました。神奈川県は大変少なくなっているということですが、今はほかの県の話がありました。そのほかの県は。どうぞ。

会場:私は真綿から紬の糸をつくっております。今、皆さんは生糸ばかりおやりになっておられますが、カジュアルの服に使えばものすごい量があります。例えば、一口100キロの糸でも、織物にすると100メートルです。服にしたら25着です。機屋さんの単位になりません。これが現状で、皆さんは養蚕家につくってもらえればいいけれども、中国から買えば2,000円です。こういう値段で買ってきて、生産地につなぐといってもつながりません。
 生糸までの段階は国産だけれども、生糸から離れたら全部外国産に頼っています。日本の生糸は世界的に有名なのだから、変わったことをしなければいけません。そういう考え方でやらなければいけないと思います。椎野さんのようにまるきりよその世界で見えた方が見えるので、もう一度、その辺についてよくお話を承りたいと思います。

進行(関川):どうぞ、椎野さん。

椎野英聰代表取締役:別に私がこの世界を何かするということはなかなか難しいのです。先ほど須藤さんがおっしゃっていましたが、私は最初に日本のいい糸を探していたのです。それで、6〜7年前だったと思いますが、群馬県の蚕業試験場に行って、日本のいい糸はどこに行けば買えるのかを質問しました。
 そうしましたら、確か四国のどこかにすごくいいところがある。作ったらすごくいいものがあって、エルメスが買おうと思ったけれども、高くて買えなかったという話を聞いたのです。それをくれということで、糸を追いかけていました。とにかく、皆さんの世界は、ご指摘のように生産者が誰なのか、何をしているのか全然資料がないのです。だから、よそ者が来たときに、一体どこで何を作っているのか、何も資料がないのです。
 それで、しようがないから蚕業試験場などに行って、とにかく外国の糸ではなくてもいいと言いました。ところが、どこに行ってもブラジルの糸がいいとか、これがいいとか、そういう答えばかりです。ものを作ったときにクレームをつけられるのがいやなので、均一でクレームが少ないものを紹介されます。日本の一番いい糸で一番いい織りをして、一番いい染色をして一番いい縫製をしたものを作って、どうだと言いたいということを我々はやりたかったのです。だから、糸の点につきましては大変不満がありました。
 今回、これも実話ですが、須藤さんのところでおやりになった「はくぎん」の糸をちょっと作っていただいて、製品を作ってみました。ところがうまくいかないのです。それはなぜなのかわからない。しかし、私が聞くと素人が聞いてもわかるはずがないとみんなが言うのです。わからないから教えてくれればいいのに、だれも教えてくれません。
 そこで、今日あそこに見えている中澤さんという織りをやっていらっしゃる先生に参画していただいて、製糸をした段階で、商品化していいものを作ろうという感じで製糸をしていなかったのだと、やっと先週わかったのです。それで作ってもいいものができるはずがないというのが、作ってからわかるのです。作って失敗してからわかるのは、ちょっとおかしいのではないかと思います。
 先ほど山本先生がおっしゃったように、今年作った糸でやったものはすごくいいらしいのです。何がいけないかというと、捺染の乗りが悪いとか、つなぎが出てきていけないとか、いろいろな問題が出ます。しかし、それは元々高品質のものを作ろうと思ってしていなかったものが回っていたのだというのがわかるのに、半年以上たって、失敗してからわかるのです。
 ですから、そういう意味では、多分情報がディスクロージャーされていないのだと思います。要するに、生産農家が何軒あってどういうものを作っていて、それはどういう値段でどういうことになっているのかというものが、皆さんがご存じなだけで、皆さん以外の人にはわかりにくいのです。
 それから、先ほど言ったように、ファッションの世界の人が品質や技などを全く軽蔑しているのです。はっきり言います。話していて気持ち悪くなるぐらいに軽蔑しています。とにかく有名人、パリコレ、ミラノコレなどに載せて、騙して売ろうという世界ですから、皆さんのようにまじめにものをつくった人の評価ができないのだと思います。だから、ああいう人たちをまずは抹殺しなければいけません。抹殺してしまうと商売が成り立たないのかもしれませんが、なかなかそういうことができない世界なのだなということが、やってみてわかりました。
 そういう提案のあるもの、こういうものがあるのだけれども、何か作れないかということが、真っすぐ出てこない世界のように感じるのです。それをおっしゃっているのだと思います。
 生産者が作ったいいもの、あるいは野心的なものが、私などはいろいろ蚕糸研究会などに行くと、先ほどの黄色い繭も、山本先生も作っておられますね。それで、どちらの方が黄金に近いのかなどと言って見ている人もいるのです。その人は全然業界外の人で、私は全然素人で外の人間ですが、非常に興味があって見ています。
 最初に色の出た繭などを見たときも、色は不変かということを最初に聞いたのです。漂白すると落ちないかと聞いたら落ちますと。やはりそうかと思いました。それでは騙しではないかという話になりました。そういうことを言えるような場が、長い歴史の中で消えてしまっているのではないかと思います。余りにも、皆様の業界が伝統的に歴史もあり、それとある時期大変儲かったからだと思います。大変儲かった後には、必ずそういう現象が起きます。
 ですから、豊かだったがゆえに欠けてしまっている部分が、残念ながら今のようなご発言になって出てくるのだと思います。何かそういう機会をお作りになれば、多分もっと違う世界からの要求があるのではないかと思います。今までのパリコレ、ミラノコレを世界だと思っているところからではないところで、そういうものの要望が私は出てくると思います。
 ご承知かもしれませんが、先ほど言った裏原宿の連中の素材などは、すごいです。パラシュートの素材で洋服を作ってしまったり、洋服のポケットなどが全部別になっていて、別々に組み合わせると洋服になるようなものを作ってしまうとか、そういうことを平気でしています。そういう世界の人たちは知りませんから、新しい素材を見たときに、これはいけるという素材が、実はごろごろしているのではないかという気がしています。
 残念ながら、そういうものを私が調べた範囲では、非常に見つかりにくかったのです。また、聞いてもわからない。先ほどデータが読めない、ないと言ったのは、そういうことです。ですから、何かやろうとしたときにそういうことができなかったのです。
 私どもが今作って販売しているものは、2〜3万円のものです。ですから、単価でそれほど厳しい追いかけをしなくても、特徴があれば、その特徴を製品化できるという考えをしていました。
 ところが、どうしても糸屋さんや生地屋さんの段階から来ると、無難なものを勧められます。そうすると、そういう話がどんどん消えていって、現在あるものの中で一番安定供給できるものだけが我々に来るということになっています。ですから、もうちょっとシステムが変われば、あるいは私のような不良がほっつき歩けば、少しはそういうところに風穴があくような気がいたします。それだけ立派な業界であったということで敬服しております。

進行(関川):どうもありがとうございました。大変厳しいお話も出ましたが、是非今日のこのサミットでいろいろな方が懇親会でもお知り合いになると思います。先ほど6人の方の中で、同じようなコンセプトで出てきましたのが、日本人の技能力のすばらしさやニーズの再リサーチ、あるいは流通や製造過程の単純化など、そういうものをこれからクリアしていかなければならないのではないかと思います。それから、若者の文化に無関心ではいけないということが、これからの大きな課題ではないかと思います。
 私は素人で、このような進行をしましたことを大変申し訳なく思っております。しかし、私は、消費者の立場からしか、今まで絹とは対峙できませんでした。しかし、きょうのお話を伺っていまして、やはり最初のご挨拶にありましたように、絹は繊維の王様だということをおっしゃっていました。この王様は平和でないと王様としての力を発揮できないのではないかと思います。21世紀は限りなく平和になって、文化、ゆとりなどというもので、特に女性の経済力などを高めていき、日本のみならず世界に、日本のシルクが躍進していくことをもう一度考えていく時代ではないかということを、大変僭越ですが、思いました。
 今日は本当に、素人の私によく皆様ご協力いただきまして、ありがとうございました。6人の方々、言い足りない部分は、懇親会で少し発散していただければと思います。
 暮れなずむ横浜港を横目に見て、第1日目のサミットを終わらせていただきます。どうもありがとうございました。6人の方を限りない拍手でお送りしていただきたいと思います。(拍手)

司会(高林):それでは、事務局よりご連絡申し上げます。6時から懇親会を用意してございます。懇親会に参加される方は、この会場の横にレストラン「英一番館」がございます。そちらで行いますので、6時にご参集いただきたいと思います。
 あすはこの会場におきまして、朝9時からシルク・サミットの第2日目を行います。11時まで各地の活動事例報告を行いますので、ぜひお集まりいただきたいと思います。
 それでは、以上をもちまして第1日目の日程を終了いたします。どうもありがとうございました。(拍手)


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