(山形県)

松ヶ岡開墾場
松ヶ岡開墾記念館・庄内農具館

住所:羽黒町大字猪俣新田字松ヶ岡(〒997-0152)

開館時間/休館日: 9:00〜16:30/毎週月曜日(祝祭日が重なった場合は休みません)・年末年始

入場料: 一般 450円、学生 350円、 小中学生 150円

案 内: 松ヶ岡開墾地は、明治5年(1872)旧庄内藩士3000人が開いた広大な畑地のある一帯です。明治になる前、慶応年間に東北地方でも「みちのく戊辰戦争」と呼ばれる、薩長軍との激しい戦争がありました。庄内藩もこれに巻き込まれ、破れた庄内藩主酒井忠篤は、一旦は謹慎処分を受けますが、その後弟忠宝の家督相続が認められます。庄内復帰を願う酒井と明治新政府の間で70万両の献金をすることで妥協が成立し、庄内に戻り大泉藩を興します。政府は諸藩の武士団を解散させようとしていましたので、大泉藩中老菅実秀は、廃藩置県・藩兵解隊に先んじて、大規模な養蚕製糸事業の創設と、開墾による桑園造成を企画し、士族集団を挙げてこれを実行することとし、松ヶ岡開墾が行われました。
 松ヶ岡では、明治7年までに311ヘクタールの桑園を造成、明治10年までに大蚕室10棟(明治8年4月に4棟、9年4棟、同年冬に2棟)を建設して養蚕事業を開始し、鶴岡に明治20年、製糸工場を、昭和10年に絹織物工場を建設しました。上の写真は、こうした先人の偉業顕彰のため、昭和58年に、1番蚕室を使って開設した松ヶ岡開墾記念館です。これらは、旧西田川郡役所や旧鶴岡警察署等の設計施工にあたった棟梁高橋兼吉の作で、上州島村の田島家の蚕室(上州島村式)を模したものといわれています。1階には養蚕や織物関係の道具類が、2階には、田中正臣、田中正佐兄弟が収集した日本全国の郷土玩具コレクションが展示されています。「松ヶ岡開墾記念館」と書かれた門柱は、旧庄内藩主酒井家第16代酒井忠良公の書の集字によるものです。

 
左:1階内部に展示された蚕具等、右:2階の郷土玩具

 

4番蚕室の庄内農具館は、明治8年に建てられた蚕室の一つで、乾田馬耕や稲の品種改良の資料、昔の農作業を模した風俗人形が展示されています。また一室には、土に生きる生活文化として農耕儀礼や収穫祭などの時に用いるアフリカ・インドネシアの楽器等も展示されています。

 
左:庄内農具館、右:松岡蚕種梶i旧酒井家蚕室)

 新徴屋敷(旧匹田家住宅)は、庄内藩が江戸取締りの任にあたっていた時の配下の浪士組織「新徴組」が庄内に移住した時に建てた住宅の名前で、その内の約30軒を明治8年頃に松ヶ岡開墾の組小屋として移設したもので、やがて、開墾士の住宅となったものです(下写真の手前)。収蔵庫(下の写真の奥)には1990年に重要有形民俗文化財に指定された「庄内の米作り用具」1,800点が収納されています。

その他の情報: 松ヶ岡開墾記念館(TEL:0235−62−3985)、ギャラリーまつ(TEL:0235−62−2173)


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