農村工学研究所

農村工学研究所メールマガジン

メールマガジン第8号(2010年11月号)

目次

1)トピックス

■高校生の見学相次ぐ ‐山形県と茨城県から‐

11月17日に、日本で最も歴史のある公立高校として知られる山形県立米沢興譲館高等学校の生徒38名が、また、11月19日には、茨城県下で有数の進学校である県立土浦第一高等学校の生徒9名が、相次いで来所されました。

米沢興譲館高は、「農業水利施設と生態系保全関連の研究について理解を深める」を、一方、土浦第一高は、「研究活動について知見を深め、将来のキャリアについて考察を促し、社会貢献する気持ちを醸成する」を、それぞれ見学目的としていました。

両校の生徒の皆さんは全員とても積極的で、説明に立った職員は、生徒たちの熱心な質問に感心しながら受け答えしていました。この中から、将来の日本を背負う科学者が輩出されることを期待しています。

企画管理部 情報広報課長 古澤祐児

■奄美大島の集中豪雨災害 ‐研究職員を派遣‐

鹿児島県奄美大島で農道が被災し、現地調査(11月8~9日)を行うので専門家を派遣してほしいと、農林水産省農村振興局防災課から当所に支援要請が入りました。農道被災の原因となった山地崩壊の状況等を調査し、農道の復旧方法を検討するため、施設資源部土質研究室の松島健一主任研究員を派遣しました。

農研機構は災害対策基本法に基づく指定公共機関です。地震や豪雨災害に関わる技術支援の要請があった場合には、直ちに当所の職員を現地に派遣し、災害調査や応急・復旧支援等に対応しています。

企画管理部 防災研究調整役 木下勝義

■IPCC特別報告書の執筆者会合に査読編集者として出席

10月25日~29日に、スイス・ジュネーブの世界気象機関(WMO)において、IPCC特別報告書「気候変動への適応推進に向けた極端現象及び災害のリスク管理」(通称SREX)に関わる第3回主執筆者会合が開催されました。

この特別報告書は、地球温暖化に伴う極端現象や災害への対応に焦点を絞り、平成23年11月の完成を目指しています。今回の会合から査読編集者が加わり、各種の査読コメント、第2次原稿執筆分担、章間の重複や不整合などへの対応と調整に当たりました。私は第6章「国レベルの気候変動に伴う極端現象へのリスク管理」の査読編集者として分科会と全体会議の討議にも加わりました。

参加者は、全世界から120名程度で、日本人の参加者は7名でした。次回第4回目の会合は、来年5月に、オーストラリア・ゴールドゴーストで開催されることになっています。

農村総合研究部 地球温暖化対策研究チーム長 増本隆夫

<一口メモ>

IPCCとは、気候変動に関する政府間パネル(IntergovernmentalPanel on Climate Change)のことで、政府間で地球温暖化問題の対策を検討するため、国連環境計画と世界気象機関が1988年に共同で設立した会議。

(関連資料)会合の概要:http://www.naro.affrc.go.jp/nkk/mail_magazine/files/mm08_01-03-01.pdf

■バイオマス研究の出前授業 ‐次世代環境教育の試行実践‐

つくば市立谷田部中学校の2年生105名を対象に、バイオマス研究を題材にした授業を担当しました。中学生が50分間の授業に集中できるよう、先ず生徒の緊張感をほぐし、コアの授業の後には、バイオマスに関わるクイズ大会を行うなど、工夫を凝らしました。

筑波大学では、教育委員会、教諭、市民団体、研究機関などと連携し、小・中学校の総合学習を念頭においた次世代型の環境学習活動プログラムを作成しています。この活動は、同大学の山中勤准教授らが組織したWGによって企画・運営されており、今年度は試行的に、つくば市内の6校で実践授業を行います。私は山中先生とはPTA等を通じてご縁があり、WG構成員以外から初めての講師派遣となりました。

生徒から「なんてもったいないことを今までしてきたんだろう。これからは少し意識して利用できるよう努力したい」、「バイオマスってすごい。これからどんどん活用させてほしい」といった感想が聞かれ、私のメッセージをしっかり受け止めてくれたようでした。

農村総合研究部 資源循環システム研究チーム長 柚山義人

(関連資料)

2)イベントのご案内

■TXテクノロジー・ショーケースinつくばの開催

12月24~25日に、つくば国際会議場において開催されるこのイベントは、産学官の横断的な交流を促進し、新たな研究やベンチャー企業の契機になるよう、出会いとひらめきの場となっています。当所からは、農村総合研究部農業施設工学研究チームの奥島里美上席研究員が「水熱源を活用した施設園芸用ヒートポンプシステム」を出展・発表します。興味のある方は是非お越し下さい。

技術移転センター 移転推進室長 丸茂伸樹

3)新技術の紹介

■減量通水状態における水路トンネルの点検調査手法

独立行政法人水資源機構が管理している水路トンネルの多くは、農業用水以外に工業用水や上水にも供用され、通年通水を行っています。

このような重要な施設が機能不全に陥ることがないよう、定期的に機能診断を行うことが必要です。しかしながら、点検調査のためには、内を空虚にして人と機材を入れる必要があり、長時間の断水は利水者に大きな影響が及ぶことから、水路トンネルの機能診断はこれまで進んでいませんでした。

ただし、断水が困難な水路トンネルの中には、調整池等の弾力的運用等により、短時間とはいえ、減量通水が可能なものもあります。減量通水状態でトンネルの点検調査を行うことができれば、利水者の取水に影響を与えることなく、トンネルの点検調査を定期的かつ効率的に行うことが可能となります。

そこで私たちは、減量通水状態において水路トンネルの点検調査ができるように、調査機器を搭載して自走するトンネル調査台車を開発しました。今後は、この点検調査手法を活用して、水路トンネルについても適切な施設保全管理に取り組んで参ります。

独立行政法人水資源機構総合技術センター
水路グループ 大津太郎 様

(関連資料)http://www.naro.affrc.go.jp/nkk/mail_magazine/files/mm08_03-01.pdf

■しなやかな底樋 ‐ため池の安全性向上技術の開発‐

全国には21万個のため池があり、そのうちの約2万個は補修や改修が必要と言われています。ため池には、一般に、堤体の上流斜面に取水用の斜樋を、その取水を堤体の下流側に導くため堤体下部に底樋を、二つ一組みにして設置しています。

古いため池では、この底樋の周辺が漏水やパイピングで浸食を受けていることが多く、災害の原因となっています。管路の回りをコンクリートで巻立てた剛構造の底樋では、地盤沈下や地震等が起こると、底樋に過大な応力が発生し、地盤との間に隙間を生じて堤体に重大な影響を与えるおそれがありました。そこで私たちは、堤体と馴染みの良い柔構造の底樋の研究開発に取り組みました。

開発した柔構造底樋は、大きな伸縮・屈曲性と離脱阻止性を備えた継手管路を使用しているので、堤体の変形、(軟弱)地盤の沈下、地震による地盤変形に追従でき、堤体との密着性が保たれます。また、剛構造底樋工法に比べて、施工性、経済性にも優れています。底樋の改修を検討される場合にはご相談下さい。

施設資源部 土質研究室長 掘俊和

<一口メモ>

パイピングとは、堤体内の浸透流によって土中の細かい粒子が洗い出され、堤体内にパイプ状の水みちを形成し、これが上流へ及び、遂には粗い粒子をも流し出す現象。

(関連資料)

4)最新の「農工研ニュース」より

■パイプラインの地震被害が集中する構造物周辺の減災対策

農業用水路のパイプラインは、水管橋を除いてほとんどが地中に埋設されています。そのうち、地表面の浅い位置に埋設されるパイプラインは地震時に被害を受けやすく、地表面から5m程の表層地盤の特性が管に大きな影響を与えます。

パイプラインの地震被害は曲部に集中します。曲部には、そもそも内水圧によって大きな不平均力が作用するので、曲管部分が移動しないように、通常、スラストブロックで固定します。平常時には、不平均力とブロック背面の受働土圧が釣り合っていますが、地震動によってブロック背面の地盤が軟化や液状化すると、ブロックが大きく移動してしまうので、ブロックに接続しているパイプ(直管)が離脱し大きな災害になるのです。

このようなスラストブロックによる従来の曲管部分の施工方法に変えて、ジオグリットと砕石による新しい工法を開発しました。これによって、地震安全率は10倍向上すると考えています。

施設資源部長 毛利栄征

(関連URL)

5)農村工学研究所の動き

■農研機構の堀江理事長が国営神流川沿岸地区を視察

堀江理事長ら本部の幹部3名と農工研職員10名が、10月28日に、関東農政局神流川沿岸農業水利事業所を訪れ、事業現場を視察し、農村工学分野の研究成果がどのように受け渡されているか等について関係者と意見を交わしました。

一行は、事業所の志野所長らのご案内で、神流川(かんながわ)頭首工の改修やコンクリート水路の補修の工法について説明を受け、地域住民のワークショップの結果が盛り込まれた羽根倉調整池を見学し、新児玉幹線水路ではシールド工法による最新のパイプライン改修工事を視察しました。また、農業水利施設の維持管理を行っている埼玉北部土地改良連合の方から、この夏の猛暑で、かんがい用水不足が起こり、公平な水配分に苦労された話をうかがいました。

視察を終えて堀江理事長には、農業の基本は水であり、それを支える施設や水管理に関わる研究は今後とも重要との認識を深めていただきました。

企画管理部 業務推進室 研究員 瑞慶村知佳(ずけむらちか)

(関連資料)

■農村研究フォーラム開催報告

11月19日に、秋葉原ダイビルにおいて開催(第9回)しました。今回は、「農業・農村の持続性と再生可能エネルギーの利活用」をテーマとし、6名の講師から、太陽光、水力、ヒートポンプといったエネルギー利用技術の紹介や、導入にあたっての技術面や制度面の課題等について話題提供を頂きました。来場者数は約260名にのぼり、総合討論の際には、会場の参加者から発言が相次ぎ、活発な議論がなされました。

企画管理部 業務推進室 企画チーム長 吉永育生

(関連資料)

■日韓共同シンポジウム開催報告 ‐地下ダム編‐

11月1~4日に、地下環境の調査・評価に関わる日韓の研究者36名が沖縄県に結集し、研究発表会を行うとともに、世界でも有数の規模を誇る地下ダムの現場を視察調査しました。

ダム、水路、トンネルなどの基礎地盤は、施設の安全と安定を確保するため、予め地質や地下水などの地下環境を正確に把握する必要があります。そのため、基礎地盤の物理探査技術や数値解析手法は、高い精度を求めて常に改良され、日進月歩で新技術の開発が進んでいます。今回のシンポは、双方の研究水準のレベルアップにつながる有意義な交流となりました。

農村総合研究部 地球温暖化対策研究チーム 研究員 吉本周平

(関連資料)

■農地の有効活用で食料自給率向上を目指す ‐研究プロジェクトの始動‐

我が国の食料自給率を2020年に50%まで向上させることが新たな食料・農業・農村基本計画(2010年3月)に掲げられました。この政策に農村工学分野の研究から貢献するため、「高機能型低平地水田と地域用排水施設の一体的整備・運用技術の開発」という運営費交付金による研究プロジェクトをこの9月に立ち上げ、2年半で研究成果を産み出す予定です。

このプロジェクトでは、農地の利用率や多様な生産性が十分発揮できていない低平な大規模水田農業地域に焦点を当て、(1)水田を畑としても利用したい、(2)限られた水資源を有効利用したい、(3)農地排水の水質を保ち、地区内の用水として再利用したい、などの要望を実現する技術開発を行います。

開発される技術の評価指標として作物の生産性が関係することから、農工研の他に、同じ農研機構内の中央農業総合研究センターの関東東海水田輪作研究チーム及び東北農業研究センターの東北水田輪作研究チームと連携・協働します。研究の進展状況は、当所のホームページ等を通じてお知らせ致します。

農地・水資源部長 中達雄

■農業水利施設の性能設計手法の確立を目指して ‐研究プロジェクト「防災性能照査」の始動‐

国際化の急速な進展において技術基準もその対象となり、全ての国内の技術基準が国際規格(ISO)との整合性と性能に基づいた設計手法(性能設計)への変更が義務づけられています。この流れに農村工学の研究面から貢献するため、「基幹施設の豪雨・地震時における性能照査および限界状態リスク評価手法の開発(防災性能照査)」という運営費交付金による研究プロジェクトをこの10月に立ち上げ、2年半で研究を実施する予定です。

このプロジェクトでは、農村総合研究部、農村計画部、施設資源部の3研究部の研究チームと研究室がそれぞれ主要な基幹施設を対象とした研究を分担し、基幹施設の自然災害に対する工学的リスクを明らかにします。また、施設群の安全性を総合的に検討するため、社会科学的な面からもリスク評価を実施する計画です。

プロジェクト終了時には偶発的な豪雨や地震に対して、農業水利施設の破壊(終局限界状態)や使用できない状態(使用限界状態)を定量的に予測し評価する手法を開発し、自然災害に対する施設の被害リスクの算定が可能な性能設計手法の確立を目指します。研究の進展状況は、当所のホームページ等を通じてお知らせ致します。

施設資源部長 毛利栄征

6)こんにちは農業・農村

■埼玉北部・平成22年夏の陣 ‐水稲の高温障害との戦い‐

埼玉県北部は、熊谷市に代表される特に暑い地域として知られています。その原因は、(1)秩父山地からフェーン現象よる高温の風が吹く、(2)内陸に向かう東京湾からの海風が、東京のヒートアイランド現象で熱風となって流入する、(3)海からの風と山からの風がぶつかって無風になる、という3つの現象の相乗作用と考えられているようです。

埼玉県と群馬県の県境になっている神流(かんな)川の右岸には、水稲と野菜等を組み合わせた複合経営を展開する農業地帯が、本庄市・児玉町・上里町・岡部町・神川町・美里町にまたがって広がっています。これを支えているのが、国営事業で建設された神流川頭首工から取水するかんがい用水であり、かんがい施設は埼玉北部土地改良連合によって管理されています。今年の夏は記録的な猛暑で少雨であったことから、例年にもまして苦心した水管理が行われました。

この一体の農家が、8月20日以降に、水稲の高温対策として有効と言われている掛流しかんがいを一斉に始めたことから、パイプラインのあちこちの給水栓から水が出なくなりました。そのため、連合の職員は、末端まで公平に水が行き届くように、直ちにパイプラインの流量制御を行い、さらに8月下旬から9月下旬まで番水に踏み切りました。

一方、事業所では地元の要望に応じるため、河川管理者と取水パターンの変更協議を行いました。その記録の一部をご紹介します。

関東農政局 神流川沿岸農業水利事業所長 志野尚司 様

<一口メモ>

神流川の名前は、神(カム)の川が神名に転じたことに由来しています。神流川流域は干ばつの常襲地帯で水争いが絶えず、雨乞いの最も盛んな所でした。

(関連資料)

【編集発行】

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(独)農業・食品産業技術総合研究機構 農村工学研究所 
企画管理部 情報広報課 Tel:029-838-8169

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