生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2006年度 事後評価結果

受精卵と核移植卵の相同性:クローン固体作出への応用

(近畿大学農学部 角田 幸雄)

総合評価結果

当初計画どおり推進

評価結果概要

(1)全体について

健全なクローン牛を効率よく作出する技術が実用化されれば、畜産業への寄与度が高いことは論を俟たず、また、遺伝子組換え動物作出法の革命をもたらすなどその応用可能性は計り知れないほど大きい。しかし、胚発生を担うゲノムの遺伝子発現、とりわけエピジェネチックスの状態が胚発生の過程に影響を及ぼしていることは疑いのない事実であり、それらに発生の進行に伴う経時変化があることを加味すれば、関係知見の全貌を1研究グループが短期間で記載することは不可能と言わざるを得ない。
したがって、本研究では、これまでに得られた知見の中から、「実用的見地」から貢献度の高い要素を選び出し、ウシ胚に応用した場合に有意の改善が認められる成績を提示することを目指した。その成果は「受精卵と同等の発生能」には程遠いが、相対的にこれまでの技術を相当程度改良した可能性は高く、更なる改良研究の出発点としては評価されよう。中でも、ウシ卵子中に核の初期化誘導能と関連するタンパク質を同定し、その活性化ペプチドと新しいレシピエント卵染色体除去法を用いて、流産率が低く正常な個体への発生能の高い体細胞クローン胚作出技術を開発しつつある。
一方、体細胞クローン胚の正常性に係わる遺伝子解析からクローン胚の選別技術を提示したが、所期の目的を達成するレベルに達しなかった。同様に、ES細胞を亜集団に分画したマーカーを用いて特定の分画から正常胚への発生能の高いドナー核の選別を試みたが、これも直ちに実用に結びつくような成果は得られなかった。しかし、取り組んだ課題の全てが整合して所期の目標を達成するには至らなかったものの、部分的であっても今後の展開に期待を持たせる萌芽的な成果も少なくなく、当該学術分野に一定のインパクトを与えたことは十分評価されよう。将来、クローン個体作出技術の画期的な改善の第一歩を記したことの評価を得る可能性も十分考えられる。

(2)中課題別について

中課題A「受精卵と相同な能力を持つ核移植卵の作出、選別に関する基礎的研究」
(近畿大学農学部 角田 幸雄)

核移植に関わる基礎的部分、特に初期化因子に関する広範囲な研究が展開され、活性型(リン酸化)TCTPを予め取り込ませたウシ体細胞を用いた核移植によって、導入しない体細胞を用いるより、少なくとも見かけ上の受胎率が高く、流産率が低く、正常分娩子が増加する傾向を実際の実験で確かめた。一方、TCTPが「初期化因子」として働き、以後の一連の過程が正常化されると期待されたが、このような手法で正常化するためにはさらに幾つかの因子を同定する必要があることを示す結果となった。したがって、「実用化レベルで改良に成功した」というよりは、クローン個体作出技術の確立に、大きな「第一歩を踏み出した」と評価するべきであろう。
また、ミトコンドリア・キメラが核移植卵の胚への発生率に影響しないことを明らかにしたことは、将来のクローン技術の安定性や食品としての安全性を担保しうる成果として評価できる。
ウシ骨髄間葉系細胞由来SP細胞の利用や胚の正常性に係わる遺伝子の解析による選別技術については新しいコンセプトを提示したものの所期の目的を達成するレベルに達しなかった。

中課題B「未分化細胞等の分化・発生能の評価技術の開発」
(独立行政法人農業生物資源研究所 徳永 智之)

核移植に適した細胞の選別技術の確立に資するため、マウスES細胞を中心にマーカーを組み合わせた細胞株の分画や未分化細胞の分化・発生能に関与する遺伝子の探索に取り組んだ。「ES細胞は不均一な細胞集団で、その中に、正常発生能を有する亜集団が存在する」との仮説はおそらく多くの研究者に信じられ、そのような亜集団を実際に分画するという技術的試みは、それなりのインパクトを持って学会に受け入れられていると考えられる。ただ、機能未知ながら分化能に関わるとして選び出した数個の遺伝子は、理論上、細胞株の選別に利用できるとしているが、そのうちどのような組み合わせなら所期の目的が達せられるかというような実用レベルまで研究は到達しなかった。
しかし、マウスES細胞の遺伝子発現解析、エピジェネチック状態の解析は基礎研究としては興味深いものであり、マウスの発生工学研究に新しいコンセプト、あるいはきっかけを与えたものとしての意義も見られるので、今後の地道な努力に期待したい。