果樹研究所

一押し旬の話題

2015年9月15日

待ち焦がれていたこと


「ぽろたん」の結実状況
「ぽろたん」の結実状況

毎年、この時期になると、「今年こそは!」と思っていたことがある。
それが、今年ようやく叶った。

ニホングリ(以下、クリ)は、通常、品種名で売られることがなく、単なる「栗」としてしか売られていない。少なくとも、私が行くいくつかのスーパーではそうだ。
当然のことながら、クリにも品種があり、我が国で一番栽培されているクリは、「筑波」という品種だ。次いで、栽培されているのが「丹沢」という品種であり、どちらも農研機構果樹研究所(以下、果樹研)で育成した品種だ(農林水産省の調査では、2012年度で両品種合わせて46%の栽培面積)。

他の果物は、ほとんどが品種名で売られているのに、どうしてクリは品種名で売られていないのか?
それがどうしてかはわからないが、たぶん、通常、生果(なまか)で食べる果物は、味や外観等で品種の違いをストレートに感じることができるのに対して、クリは品種の特徴をアピールしにくく、見た目の違いもわからない。つまるところ、秋を感じる食材としての位置づけしか、与えられていないためではないか。(単に、クリとして食べればいい?)

 
「ぽろたん」と「筑波」
  「ぽろたん」                  「筑   波」       

果樹研では、渋皮の剥けるクリ「ぽろたん」を育成し、2007年に品種登録した。栽培面積は年々増えてきており、上記の調査では、2012年度の栽培面積は160ha近くになっている(1位が熊本、2位が埼玉、3位が茨城と宮崎)。
「ぽろたん」がスーパーに出回るようになれば、単なる「栗」ではなくて、「ぽろたん」として品種名で売られることになるだろうと期待していた。何故なら、渋皮が剥けるという優位性をアピールして販売すれば、他のクリとの差別化ができ、高値販売が可能だからだ。ようやく、クリも品種名で売られる時代が来ると思っていた。
毎年待っていて、今年になって初めて、近所のスーパーで地元茨城産の「ぽろたん」を見かけた。「栗」の隣に、「ぽろたん」として並べられていた。残念ながら、「渋皮の剥ける」というPOPはなかったけど。

果樹研でのクリの品種改良は1947年に開始された。品種改良の目標は、品質が優れており多収なことであるが、開始後まもなく、外来侵入害虫であるクリタマバチに抵抗性の品種を育成することが、最優先の目標となった。
その結果、上記の「筑波」、「丹沢」および「石鎚」(2012年度栽培面積5位)が、1959年に育成され、クリタマバチの被害を軽減することができた。クリタマバチに大打撃を受けた日本のクリ生産は、これらの品種によって救われたといっても過言ではないと思っている(この業績で、昭和47年度園芸学会功績賞を受賞)。 渋皮の剥けるクリの育成は、クリの品種改良に携わる研究者にとって、長年の悲願だった。渋皮が剥けるチュウゴクグリ(天津甘栗を思い浮かべて下さい)のようなクリを作りたいという思いは、常に研究者の頭の片隅にはあったのだと思う。

 クリ品種に求められる形質
クリ品種に求められる形質
チュウゴクグリは果実重、収量性、クリタマバチ抵抗性が劣り、栽培困難

 
左:チュウゴクグリ、右:ニホングリ
左:チュウゴクグリ、右:ニホングリ    


品種改良が開始された1947年から、クリタマバチ抵抗性の品種育成と平行して、チュウゴクグリを片親に使った交配も行われ、1990年代までにその交配組み合わせは70にも及んだ。それらの交配で、合計して約1,400個体の実生(いろんな品種を掛け合わせて得られた子供たち)が得られたが、残念ながら、それらの中には大果・高収量で渋皮が剥けやすい系統はなかった。そのため、チュウゴクグリを交配親とした渋皮の剥けやすい品種の育成は困難、と判断された。

その当時、渋皮剥皮性の評価は、焼き栗作製機で焼き栗を作って行われていた。この方法だと、1系統の評価に1時間を要し、多くの系統の評価は困難だった。 それを打開するきっかけとなったのは、上司にお呼ばれされ料理で出てきた渋皮付きの揚げグリだった。「クリの渋皮が、かすかに剥けやすくなっているのでは?」という話になり、クリの剥皮性が系統によってわずかながら違うことを経験的に知っていた研究員達は、飲み会そっちのけで検討し、新しい評価法として使えるのでは?との結論に至った。確かに、油で揚げるだけなら、1系統の評価が2~3分ででき、多くの系統の評価が可能になる。

 
従来法:焼きぐり作製機
1試料/1時間

そして、そのアイデアは渋皮剥皮性の評価法として確立され(2001普及成果情報、高温の食用油に浸漬して行う効率的なクリの渋皮剥皮法)、その方法で果樹研にあるクリの在来品種及び交雑実生の網羅的な調査が行われた。その結果、見つかったのは、のちに「ぽろたん」と名付けられることになる1系統だけだった。
チュウゴクグリとの交雑から始まった渋皮の剥けるクリの育成は、60年かかって日の目を見ることができた。それに携わった何人もの何人もの研究者達の長年の願いが、ようやく成就した。
4月の小欄で紹介した「清見」同様に「ぽろたん」の育成も、奇跡の字を修飾に使っていいかと思う。あの上司のお呼ばれがなかったら・・・。
研究のアイデアは、どこにでもころがっている。あとは、それに気がつくかどうかのセンスの問題だ。

「ぽろたん」の渋皮剥きは、本当に簡単だ。鬼皮に傷をつけて、電子レンジでチンするだけ。
初めての「ぽろたん」の渋皮剥きは、実に感動ものだった。「え~!。これで、渋皮が剥けてしまうの? 栗ご飯を作るため、あんなに苦労した渋皮剥きは何だったの?」と、つい思ってしまった。たぶん、この思いは誰もが共感できるはずだ、「ぽろたん」の渋皮剥きの簡単さを経験すると。
クリの渋皮煮は確かに美味しく、それを見いだした先人の知恵には敬意を表するが、アク抜きに要するあの時間と手間暇を考えると、「ぽろたん」で甘露煮を作った方がいいのでは?と思ってしまう。
栗ご飯でも甘露煮でも、「ぽろたん」なら、むき栗とは違って外側の襞(ひだ)のシワシワが付いたままの本来のクリの果実を、味わうことができる。
今まで、誰もが見たことのないシワシワのクリの果実、それが「ぽろたん」だ。

ちなみに、9月4日付日本農業新聞に、9月の売れ筋商材の記事があった。記事のもとは、クックパッドデータサービス「たべみる」のデータだ。記事によると、9月の食材・料理検索ランキングで、クリが食材では1位、料理では栗ご飯が2位、栗の渋皮煮が3位、栗の甘露煮が5位となっている。
秋の味覚としてのクリは、いまだ健在だ。
日本全国のどこでも「ぽろたん」が普通に購入できるようになるには、まだ時間がかかるかと思うが、「ぽろたん」という名のクリを見かけたら、是非とも購入することをお勧めする。
本当に、渋皮剥きが簡単なんだから。