果樹研究所

一押し旬の話題

2016年1月20日

マルチがもたらしたもの

マルチ栽培の様子
マルチ栽培の様子

マルチとは、作物の株元をポリエチレンシートなどで覆うことをいうが(野菜栽培でよく見かけませんか?)、ウンシュウミカン(以下、ミカン)を中心にカンキツ栽培でもマルチ栽培が行われている。マルチの効果は地温上昇や雑草防止などいろいろあるが、カンキツでは主に糖度上昇を目的にマルチ栽培が行われている。
カンキツでは、果実が肥大する夏秋期に水分ストレス(土壌乾燥)を与えると、果実の糖度が上昇することから、その時期にマルチを圃場に敷いて雨水の浸透を遮断し、水分ストレスを与える栽培が行われるようになってきた。

マルチ栽培で、ミカンは甘くなった。勿論、マルチをしなくても、適切な着果管理や樹勢管理を行うことで、あるいは傾斜地や乾きやすい土質などの園地条件により、甘いミカンを作ることができる。でも、マルチをすると、確実に糖度が上昇する(効果を引き出す適切な用い方が必要だが)。また、非破壊光センサーによる果実選果も進み、一定基準以下の品質のミカンは、はじかれるようになった。その結果、市場には糖度ののった美味しいミカンがより多く出回るようになっている。「糖度○○%」というPOPも、よく見かける。
昔は、ミカンを食べると、たまに「酸っぱい」だけのミカンにあたることがあった。しかし今では、マルチと非破壊光センサー選果のおかげで、そんな外れ(はずれ)のミカンに出会うことがなくなった。糖度が高いと、酸が多くても濃厚な味になるが、糖度がそれほどでもないと「酸っぱい」ミカンとの印象になる。 実は、上記の時期に水分ストレスを与えると、糖度は上昇するが酸の減少が遅くなり、酸高の果実になることが多い。最近の研究成果によると、酸高の果実とならないためには、水分ストレスの与える時期が重要であることが明らかになっている。
(成果情報:高糖度カンキツ果実生産に必要な乾燥による水分ストレス付与の時期(2012年))

ところで、マルドリという言葉を知っていますか?
マルドリとは、「周年マルチ点滴灌水同時施肥法」の略称であり、マルチと点滴(ドリップ)から、「マルドリ方式」と称されている。1900年代終わりに四国農業試験場(四国農試、現:近畿中国四国農業センター、近中四農研)で開発された技術で、2003年にはマニュアルが公表されている。
上記のように、マルチ栽培はミカンの糖度上昇に効果があるが、毎年、果実の生育に合わせて夏秋期の適切な時期に、マルチの敷設と撤去を行うことは大変な労力である。生産農家のこのたゆまぬ努力がミカンの味を押し上げてきた、とはいうものの、その作業が負担となっていたことも事実である。
そんななか、四国農試の研究者による「それなら1年中マルチを敷きぱなっしにして、水分供給は点滴灌水を利用してはどうか?」、「ついでに、肥料も液肥で与えてみてはどうか?」との大胆な発想のもと、生まれた技術がマルドリ方式である。
最初は、ミカン対象の技術として開発されたが、最近では中晩柑類も含めカンキツ全般への適用が進んでいる。

マルドリ方式の基本設備
マルドリ方式の基本設備

この技術の普及に際して、ネックとなっていることがいくつかある。その一つは、資本投入(資材費)であり、マルチシート、点滴灌水装置、液肥混入装置などの購入が必要となる。これについては、低価格化の検討が進められており、またシステムの改良も行われている。
そして、もう一つの大きい問題が、水源確保である。点滴灌水を行うためには、当然ながら一定量の水を確保することが必要であるが、近場(ちかば)に水源のない樹園地も多く、そのことがこの技術の普及を妨げてきた。この問題の抜本的な解決には、用水供給ができる大規模な園地整備が必要であるが、当面の解決方法として雨水の貯留・利用の技術開発も進んでいる。
マルドリ方式の詳細については、近中四農研のサイト(技術情報マニュアル:果樹関連)をご覧あれ。

ミカンは、糖度が上昇すると、機能性成分であるβ-クリプトキサンチンの濃度も上昇することが明らかになっている。つまり、甘いミカンには、β-クリプトキサンチンも多く含まれるということだ。
β-クリプトキサンチンとは、体内でビタミンAに変換されるカロチノドの一つであり、数々の生理作用を持つ。その効果の範囲は広く、一定量のミカンを毎日食べている人は、糖尿病、肝機能障害、動脈硬化などの生活習慣病や女性の骨粗しょう症の発症リスクが低いことが、果樹研の疫学調査でわかった(摂取の目安は、毎日ミカン3個)。
β-クリプトキサンチンは、脂溶性で体内蓄積ができることから、冬場にミカンを食いだめした人は、そうでない人に比べ夏でもβ-クリプトキサンチンの血中濃度が高く、上記生理作用の効果が期待できる。
ミカンを毎日3個食べて、健康を維持しましょう。

マルチ栽培は傾斜地でも行われている
マルチ栽培は傾斜地でも行われている

しかし、考えてみれば、マルチのような技術はミカンにとっては迷惑なだけの話かもしれない。ストレスを与えられた環境下での生存を、余儀なくされているのだから。
ついでに、それをいうなら、このような栽培技術のみならず品種改良も同じかもしれない。どちらも、人間にとって有益かどうかだけが判断基準であり、植物にとってみれば本来の姿がいろいろといじられているだけなので。その最たるものは、種なしだろう。生物のDNAには、本来、種族の存続が最優先のプログラムとして組み込まれているはずなのに。
植物に情けをかけるなんて発想はないかもしれないが、今度種なしの果物を食べる時には、そんなこともちょこっと考えながら、美味しく食べてもらうと、果物も本望(ほんもう)かもしれない。