九州沖縄農業研究センター

堆肥脱臭による臭気低減化と窒素付加堆肥の製造

1. はじめに

畜産経営に起因する苦情発生件数で悪臭関連は全体の64%(平成14年度)を占め、大きな問題となっています。臭気問題の多くは糞尿に起因するもので、地域住民からの苦情や環境汚染を招きますので、悪臭を防止し生活環境を保全することが求められます。糞尿を堆肥化する過程で高濃度の臭気が発生しますが、好気的に堆肥化させることで硫黄化合物や低級脂肪酸等の発生をかなり抑制できます。しかし、糞尿中の脂肪やタンパク質等が分解する時にアンモニアが発生しますが、アンモニアの発生自体を抑制することは困難です。アンモニアは水に溶けやすく、大気に揮散したアンモニアは雨に溶けて地上に降り注ぎます。土壌に吸収されたアンモニアは、土壌微生物である亜硝酸菌及び硝酸菌によって酸化され亜硝酸及び硝酸になり、環境汚染の原因となります。従って、堆肥化では高濃度のアンモニアなどの臭気を低コストで効率よく脱臭することが重要になります。しかし、既存の多くの脱臭方法は設備費やランニングコストが高額であるため、農家等が脱臭装置を導入する際の妨げになっています。つまり、既存の化学脱臭の場合、設備費は比較的安価でも薬液代や廃液処理等のランニングコストが高くなり、一方、生物脱臭の場合、ランニングコストが安価でも設備費が高額になってしまいます。

そこで、設備費やランニングコストが比較的安価で管理作業も容易、しかも脱臭費用の一部回収も期待できるローダー切返し方式を対象とした堆肥脱臭システムを九州沖縄農業研究センターと(財)畜産環境整備機構で開発しました。

表1脱臭方法の特徴と管理上の留意点

2. 堆肥脱臭の概略

'出来上がり堆肥(2次発酵の終了した堆肥)'には臭気を吸着する能力があります。そのため、'出来上がり堆肥'に臭気を通過させるという簡単な方法で、脱臭を低コストに行えます。牛糞とオガクズを堆肥化する場合、1週間毎に切り返しを行う方式では、1tの原材料から約1kgのアンモニアが発生します。特に最初の2週間で全体の9割が発生しますので、1、2週目に発酵槽からの臭気を'出来上がり堆肥'で処理すれば低コストで効果的に臭気を減らせます。'出来上がり堆肥'が吸着したアンモニアは、堆肥中の微生物によって硝化され無臭化されます。また、脱臭に用いた堆肥は窒素濃度が増加しますので、肥料としての価値が高まり、速効性の有機質肥料として減化学肥料栽培用の堆肥としても利用できます。

図1堆肥脱臭システムの概要

3. 脱臭方法

  • 密閉構造の堆肥化1次発酵1、2週目槽からの排気をターボブロワで吸い込み、1次発酵槽と同程度の大きさの悪臭吸着槽に吹き込みます。
  • 悪臭吸着槽には、堆肥化原材料と同体積の"出来上がり堆肥"を入れ、1、2週目発酵槽の臭気を床面から吹き込みます。システム立ち上げ時には活性汚泥を約2%混合し、その後、吸着堆肥の入れ替え時には、使用済み堆肥を5%割程度混合します。
  • 発酵槽からの排気温度が高く水分を多く含んでいるため、臭気を送る配管内にアンモニア濃度800ppm程度の結露水が発生します。結露水は、夏期には堆肥化3、4週目の材料、冬期には吸着堆肥に混合し有効利用できます。結露水量は材料の初期重量1t当たり冬期6L/週、夏期2L/週程度ですが、配管の断熱施工でそれぞれ1L/週、0.2L/週程度まで減らすことができます。
  • アンモニアを吸着した堆肥を無臭化槽で弱く通気し好気状態にすると、好気性の硝酸化成菌により約1週間でアンモニウム態窒素は硝酸態窒素に変換されます。更に、数ヶ月間好気状態にすることで有機態窒素に変わり、無臭化された堆肥は窒素分を多く含んだ良質の堆肥として利用できます。また、吸着用堆肥として脱臭に利用することも可能です。

図2悪臭吸着システム写真

4. 脱臭能力

堆肥による脱臭は、アンモニア及び硫黄化合物を効率良く除去できます。アンモニアの除去率は97%で、季節による除去率の変動も少なく、年間を通じて安定して除去することができます。アンモニアの次に多いメチルメルカプタンについても95%程度を除去することができます。低級脂肪酸に関しては、プロピオン酸をのぞき50~60%程度を除去することができました。プロピオン酸についても、堆肥化は好気発酵ですので大きな問題となることはほとんどないものと思われます。

図3各悪臭物質の堆肥脱臭による平均除去率

冬期間における堆肥舎1次発酵部分からの初期堆肥化材料1t当たりのアンモニア揮散量を示しています。

表2堆肥脱臭の堆肥化1次発行全体のアンモニア揮散への影響

堆肥脱臭の堆肥化1次発酵全体のアンモニア揮散への影響アンモニア揮散量は堆肥化開始後2週間までが顕著で、1次発酵槽全体からの揮散量は925g/t(冬期)でした。堆肥脱臭で1、2週目発酵槽からの臭気を吸着処理すると、大気へのアンモニア揮散量は19g/tとなり、98%という高い除去率になりました。したがって、発酵槽1、2週目からの臭気を処理するだけでも悪臭問題の多くを回避できるものと思われます。また、アンモニアを吸着した堆肥の全窒素濃度は、脱臭槽への入気アンモニア濃度及び通気量を測定することで推定できます。全窒素濃度は脱臭槽の横断面方向では濃度差があまりありませんが、縦断面方向では濃度差が大きくなる傾向があります。そのため、堆肥として利用する場合、縦断面方向の全窒素濃度の差に注意し、均一することが必要になります。

5. 吸着済堆肥の2次揮散防止

堆肥脱臭に用いた堆肥はアンモニアを高濃度に吸着していますので、無臭化し2次的な揮散を防止する必要があります。堆肥を好気状態に保つことにより約1週間で90%のアンモニウム態窒素が微生物により硝酸態変換され、無臭化されます。また、硝酸態になった窒素は、数ヶ月間好気状態におくことで有機態窒素に変わります。その際、含水率が50%程度と低いことから、堆肥を好気状態に保つだけで脱窒は起こらず回収した窒素成分をほぼ100%利用できるようになります。なお、高温硝酸化成菌の増殖が進みますと、脱臭と共に硝酸化成も同時に進行しますので、無臭化槽が不要になる場合もあります。

6. 窒素付加堆肥の窒素放出特性と放出率

窒素付加堆肥の窒素放出特性を室内実験で試験しました。その結果、窒素付加堆肥の窒素形態が主に硝酸態であるため、硫安よりも速効性であることがわかりました。通常、堆肥から放出される窒素は気温や降水などの影響を受けます。しかし、窒素付加堆肥はこれらの影響が少なく、化学肥料のような利用も可能で、スターターや追肥に適した堆肥と言えます。コマツナの栽培を行った試験では、作物体中の硝酸態窒素が減少する傾向がありました。品質面にも影響するのかどうか、今後、更に調べる必要があります。

堆肥からの窒素放出率(窒素放出率=初期無機態窒素割合(%)+有機態窒素の無機化率(%))も調べました。牛糞堆肥(T-N=1.8%)、窒素付加+牛糞堆肥(T-N=3.8%,重量比1:1)及び窒素付加堆肥(T-N=5.6%)の3種類(風乾重5g)を黒ボク土(風乾重25g)と混ぜ、ガラス繊維濾紙及び遮根シートに包み、深さ10cmで9月4日から12月11日まで圃場に埋めて試験を行いました。ガラス繊維濾紙で包んだ埋設試験での窒素放出率は、牛糞堆肥が14%、窒素付加堆肥が70%で、約5倍の違いがありました。また、混合堆肥(高窒素:牛糞堆肥=1:1)の窒素放出率は60%で、60日間程度持続して窒素が緩やかに放出され、窒素流出が少なく確実に肥料効果のある有機質の元肥としての利用が期待できました。

図4土壌中における堆肥からの積算窒素放出率

7. 設備費等

既存の脱臭装置に比較して設備費やランニングコストは安価です。減価償却費やランニングコストを含めた1kgのアンモニア回収にかかる費用は319円で、既存の希硫酸洗浄600円、生物脱臭500円の1月2日~2月3日の費用ですみます。乳牛100頭用の堆肥舎(1600万円)を想定した堆肥脱臭システムの設備費は432万円と試算しています。

図5実証施設平面図

8. 施工上の留意点

1)1次発酵槽の1週目と2週目の悪臭を出来上がった堆肥に吸着させるには、1次発酵槽と同様の大きさの吸着槽が2槽必要になります。1、2週目発酵槽は臭気を集められるように密閉構造としますが、壁面が湿った状態になりますので、軽カル板など水を通過しない丈夫な部材を用いて施工することが必要になります。

2)悪臭吸着槽を設置する場合、配管内部に生じる結露水を少なくするため、出来るだけ発酵槽から吸着槽までの通気配管を短くし、通気配管を断熱施工するように設置します。

3)悪臭吸着槽における床面の通気溝部分にも結露水が生じます。そのため、結露水を外部へ排出しタンクなどに集めるような構造にします。

4)臭気を発酵槽から吸着槽へ送る配管は、通気量が発酵槽通気量の4倍程度になりますので管径の大きなものを用い、通気抵抗を小さくします。また、臭気を吸着槽へ送るターボブロワは、連続運転しますのであらかじめ抵抗計算を行い、適正な消費電力のブロワを選定することが必要です。

9. 運転上の留意点

1)悪臭吸着に用いる堆肥には、最初の立ち上げ時に活性汚泥などを2%程度添加します。2回目からは、吸着済み堆肥を約5%程度混合したものを使用します。

2)吸着に用いる堆肥は窒素成分が増加しますので3~4ヶ月毎に交換するようにします。なお、悪臭吸着に用いた堆肥の含水率は、最初の頃よりも若干減少します。

3)吸着システム配管等から出てくる結露水はアンモニアを多く含んでいますので、夏期には堆肥化3、4目材料に、冬期には吸着済み堆肥などに混合して有効に利用します。

10. 窒素付加堆肥の肥料価値

窒素付加堆肥の窒素肥効率は牛糞堆肥の30%よりも高く、70%程度です。窒素濃度2%のオガクズ牛糞堆肥の価格を乾物換算で約7000円/tDM(現物3500円/t)とすると、有効窒素1kg-N当りの価格は牛糞堆肥1167円/kg-Nとなります。窒素付加濃度堆肥4%および6%の有効窒素1kg-N当りの価格は、それぞれ479円/kg-N、471円/kg-Nとなります。堆肥への窒素付加は堆肥化臭気の脱臭によるもので、脱臭経費を窒素付加濃度の堆肥販売(耕種農家負担)で100%計上(窒素価格471~479円/kg-N)した場合には、現在市販されている有機質肥料よりは安価になりますが、化学肥料価格(硫安250円/kg-N、硝安347円/kg-N)よりは高くなってしまいます。窒素付加堆肥は硝酸態窒素を多く含んでいますので、化学肥料の硝安(硫安17%、硝安17%)と比較すると、約1.4倍の価格になります。そのため、脱臭経費を更に低く抑えることが重要になります。

しかし、脱臭のための経費は畜産業を営む上で必要経費という側面もあります。例えば、耕畜連携により(脱臭経費=窒素付加経費)を50:50の割合で畜産側と耕種側で負担すると想定した場合、有効窒素1kg-Nの価格は窒素濃度4%および6%でそれぞれ236円/kg-N、239円/kg-Nとなり化学肥料の硫安250円/kg-Nよりも安価な有機質肥料となります。この場合、窒素付加堆肥は耕種農家と畜産農家の双方にメリットのあるものとなります。

また、オガクズ牛糞堆肥には平均でリン2.3%DMやカリウム2.6%DMが含まれています。化学肥料の過燐酸石灰と塩化カリウムでこれらの成分を施肥する場合、2008年7月の調査では成分価格はリン480円/kg-P、カリウム210円/kg-K程度です。有効窒素1kg-N相当量の牛糞堆肥に含まれる有効リンと有効カリウムの化学肥料換算価値は、窒素濃度2%,4%および6%でそれぞれ1923円、412円および275円となります。これらから有効窒素1kg相当量の堆肥に含まれる三要素肥料成分(N,P,K)の化学肥料換算価値(堆肥の有効窒素価格+リン、カリウム価格)は、窒素濃度2、4および6%でそれぞれ3090円、891円および746円となります。一方、化学肥料相当価格(硝安、リン、カリウム価格)は窒素濃度2、4および6%でそれぞれ2270円、759円および621円です。したがって、有効窒素1kg相当量の堆肥に含まれる三要素肥料成分の価格は窒素濃度2、4および6%でそれぞれ化学肥料の1.36、1.17および1.20倍程度の価格となります。

通常、堆肥の流通はt単位で扱われることが多いので、牛糞堆肥(7000円/tDM)に窒素付加コストを加算した堆肥の乾物重1t当たりの価格は4%および6%でそれぞれ13400円/tDM、19800円/tDMになります。堆肥の窒素、リン、カリウムの化学肥料換算価値は2、4および6%でそれぞれ13617、21240、26091円/ tDMであり、堆肥の販売価格は化学肥料の51~76%と安価になります。しかし、カリウム等を過剰に含有する堆肥は利用しにくいことが多いので、畜産農家サイドとしてはカリウム濃度が低く比較的成分バランスの良い良質な堆肥を生産することが重要になります。

なお、表4の堆肥価格と化学肥料換算価格は、畜産農家と耕種農家がで取引価格を決定する際の参考になるものと思われます。

表4オガクズ牛ふん堆肥に窒素付加した場合の堆肥化学肥料換算価格

11. 作物栽培への適用性

化学肥料を使用せず元肥・追肥ともに窒素付加堆肥を用いた人参・キャベツ・スイートコーン・結球レタスの栽培試験では化学肥料と同等以上の収量で、栽培跡地の成分への影響も、化学肥料と同等という結果が得られています。従って、窒素付加堆肥を化学肥料の代替に利用することが可能と考えられました。しかし、窒素付加堆肥は極めて速効性でもりますので、適用作物については更に試験を行う必要があります。

12. 課題と展望

九州沖縄農業研究センターが開発した堆肥脱臭システムは、堆肥発酵中に発生するアンモニア'出来上がり堆肥'に吸着させるもので、脱臭による無機態窒素成分を多く含有する窒素付加堆肥の生産が可能です。しかし、化学肥料のように肥効時期をコントロールできるまでには至っていません。この堆肥を高窒素濃度有機質肥料として更に利用しやすいものとするためには、窒素濃度、窒素の形態および肥効時期などの制御技術を確立する必要があります。堆肥脱臭システムは熊本県菊池市(石井牧場)、合志市(合志バイオX堆肥センター)、山鹿市(山鹿バイオマスセンター)などに導入活用されており、平成21年に全農の堆肥センター(茨城県)でも導入しています。