生物系特定産業技術研究支援センター

《こぼれ話10》ゲノム編集で健康によいトマトが誕生

2020年8月3日号

SDGs目標3.すべての人に健康と福祉をSDGs目標9.産業と技術革新の基盤をつくろう

高血圧の予防効果が期待できる高GABAトマト

狙ったDNA配列を意図したとおりに書き換えることができる「ゲノム編集技術」を用いて、ストレス緩和や血圧の上昇を抑える成分として知られるγ (ガンマ) -アミノ酪酸 (GABA) を多く含むトマトが誕生しました。1日2個のミニトマトをおかずに添えるだけで高血圧を予防する期待がもてる新しいトマトです。

ゲノム編集技術とクリスパーキャス9

ゲノム編集技術とは、生物がもっているゲノム (遺伝情報) のうち、特定のDNAを狙って切断し、それが修復される過程で遺伝子の働きに変化を起こす技術です。その中でも最も実用性が高く、ノーベル賞の候補と注目されているのが「クリスパー・キャス9」といわれる技術です。これは書き換えたいDNA配列を探し出す役割を担うガイドRNAと、DNAを切断するハサミ酵素 (キャス9) がセットで働くしくみです。

世界的な規模で健康増進に貢献

クリスパーキャス9の技術を活用して、GABAが豊富に含まれる「高GABAトマト」(写真1) の開発に成功したのは筑波大学の江面浩 (えづらひろし) 教授らです。もともとトマトにはGABAが含まれていますが、その量を4~5倍に増やしたのが高GABAトマトです。

GABAは、GABA生合成酵素 (GAD) の働きでグルタミン酸から作られますが、その酵素の働きをゲノム編集技術で活性化させて、通常の4~5倍の量のGABAをつくり出すことに成功しました。

通常のトマトでも水不足などのストレスを与えるとGABAは増えますが、逆に収量が減ってしまいます。

このゲノム編集トマトは収量を低下させずにGABAを増やすことができます。

また、GABAが増えることによって、他の栄養成分が減っているかどうかも調べられていますが、ほかの栄養成分は従来のトマトと差はありません。

トマトは世界中で栽培されているため、日本で生まれた高GABA品種が世界へ普及して栽培されれば、世界中の人が高GABAトマトを食べることができるようになります。世界保健機関 (WHO) によると、世界には高血圧症に苦しむ人たちが10億人以上いるといわれています。日本発の国産ゲノム編集技術が世界の人々の健康向上に貢献する可能性も十分に考えられます。

写真1 : 高GABAトマト (実験系統)
(筑波大学提供)

従来の品種改良と変わらず審査は不要

高GABAトマトは、狙ったDNAの部分を切っただけで外部から遺伝子を挿入していません。外来の遺伝子が残存していないことも確かめられています。このように外来遺伝子を組み入れていないゲノム編集食品は、外来遺伝子を組み込んだ遺伝子組み換え食品とは異なり、従来の育種と比べて遺伝子の変化に差がないため、審査は不要です。農林水産省と厚生労働省への事前相談と届け出を経て、市場に登場することになりますが、2020年度中の試験販売を目指しています。

γ-アミノ酪酸 (GABA)

4つの炭素骨格からなるアミノ酸の一種。脊椎動物の中枢神経系では主に海馬、小脳、脊髄などに存在します。動物では抑制性の神経伝達物質として働き、ストレス緩和や血圧上昇を抑える機能性成分として知られています。血圧の低下作用やリラックス効果は海外も含め、人を用いた複数の試験で確かめられています。食品ではトマトのほか、ジャガイモ、温州みかん、玄米、ケール、キムチなどにも含まれています。

事業名

戦略的イノベーション創造プログラム (SIP)「次世代農林水産創造技術」

事業期間

平成26年度~平成30年度

課題名

ゲノム編集技術等を用いた農水産物の画期的育種改良

研究代表機関

筑波大学


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