生物系特定産業技術研究支援センター

SIP

第2期 スマートバイオ産業・農業基盤技術

研究インタビュー

第6回

2020年は「食のサスティナビリティ」社会実装の姿を明確にする年に

第6回 小林 憲明 プログラムディレクター

SIP第2期「スマートバイオ産業・農業基盤技術」は、2020年度、折り返し地点となる3年目を迎えます。小林憲明プログラムディレクターに、これまでの振り返りと、2020年度の抱負を語っていただきました。

「スマートフードシステム」でコンソーシアムをつなぎ一体化

――SIP第2期「スマートバイオ産業・農業基盤技術」の、5年間のうち2年が終わりました。まずは、この2年間の振り返りをお願いします。

小林:「スマートバイオ産業・農業基盤技術」は、名前の通り「バイオ」と「農業」という2つの大きなテーマが1つになったものです。1年目はコンソーシアムが「食」「農業」「ものづくり」「データ連携」という4つの分野に分かれており、その間の関連性が明確でなかったのが大きな課題でした。2019年度は「サスティナビリティ」を軸としてそれぞれの活動をつなぐ「スマートフードシステム」という概念を提示することができました。次の段階として、これが5年後にどう実を結び、何を実現するかという具体的な実装の姿を描いていきたいと考えています。

一方で、それぞれの活動が連携していくためには、協調領域と競争領域を確立することが重要になります。中でも、特に協調領域として重要な「データ連携」の確立が、2019年度はやりきれませんでした。データ連携すると良いことがある、という部分は皆さんご納得いただいても、実際にどのように進めていくかの道筋がまだ見えていません。

原因は、連携することで自社のデータ資源がどのように他社に提供されるのか、また自社にないデータ資源をどのように活用していくかといったことを、参加される企業がイメージできていないことだと思います。なので、実際にデータ連携するとなったら、何を登録すればいいのかわからないし、具体的なニーズも出てこないというのが悩みです。まずは一つ、成功事例をお示しすることが大事だと考えています。

――「スマートフードシステム」の円環の図ですが、なぜこの形になったのでしょうか。考え方の道筋と、小林PDご自身の思いを語っていただけますか。

小林:4つの分野を1つのプログラムとした時、私たちは何を目指しているのか、Society5.0、あるいはSDGsの視点から私たちの活動を一言で説明できる言葉が必要だと考えました。そのために内部でディスカッションを重ねましたし、他のSIPのプログラムの活動についても学ばせていただきました。社会問題とも照らし合わせてたどり着いたのが、「サスティナビリティ」というキーワードでした。

次に、サスティナビリティというキーワードに対し、プログラムの各コンソーシアムの研究テーマをその上に配置するとしたらどんな形になるかを考えました。コンソーシアムのメンバーが納得し、見る側も納得できる形を考えて出てきたのが、最終的に循環を表す円環の形になりました。

それぞれのコンソーシアムの研究はもちろん重要なのですが、ではそれは一体何のためにやっているのか、プログラム自身の意味が円環にまとめることでよりシャープになったと思っています。どんな研究でも、事業でもそうなのですが、意義があってはじめて成果が出るし、やる熱意もわいてくる。そんな思いを込めています。

2019年7月に参画機関を集めて開催したActivation Dayでの発表では、この円環を使って、研究の位置づけを説明していただいたコンソーシアムもありました。皆さんの意識を一つにしていくという意味では、成功だったと思っています。

若い人に負債を残さないための、食のサスティナビリティ
小林 憲明 プログラムディレクター

――円環は、コンソーシアムをつなぐ、プログラム全体の一体感を形作る上で重要な役割を果たしているということですね。一方で、サスティナビリティを軸にしたスマートフードシステムは、一般の生活者である国民に何をもたらすとお考えですか。

小林:現状を説明する時に、しばしば「日本の農業が今のままでは数十年後に日本では野菜サラダが食べられなくなるかもしれません。」と申し上げています。農業従事者の方が高齢化し、後継者も減って、さらに日本の農産物の特徴である多様性も失われてしまう。そんな事態にならないよう、農家が持続し、多様性を持続させることがまず一つあります。

もう一つ、農業というと、環境にやさしいイメージを持たれている方が多いかもしれませんが、やはり人間の事業活動ですから、何も考えずに行えば環境にダメージを与えてしまいます。持続可能にしていくためには、意図的に環境へ配慮する必要があります。

あと、「開発」としてゲノム編集や品種改良に取り組んでいるのは、地球温暖化というトレンドの中でもサスティナビリティを維持するためです。気候変動によって、従来の日本の作物がそのままでは食べられなくなってしまう。品種を改良し育種する研究は、そのような事態にならないよう、日本の農産物の多様性を維持するためであることを理解いただきたいと思っています。

このまま問題を保留しておいては、若い人たち、特にミレニアム世代の人たちに大きな負債を残してしまうことになる。「食のサスティナビリティ」を言い換えると、食がもたらす負の部分をカバーして、環境を残していくためのプログラムなんです。

――とても深刻な現状であり、切実な思いですね。

小林:そうですね。私自身も、プログラムディレクターとして向き合うまでは、正直、理解していませんでした。例えば日本でみかんが余っているのにオレンジジュースの原料は輸入しているという矛盾についてはもちろん知っていましたが、そもそもお金を出しても「食べられなくなる事が起きるかもしれない」という認識はなかったように思います。

スマートチェーンの取り組みから食の安全保障へ
小林 憲明 プログラムディレクター

小林:もう一つ、「スマートバイオ産業・農業基盤技術」は、食の安全保障への取り組みでもあると思っています。米については自動化も土地の集約化も進み、比較的少ない労力でも生産できるようになっていますが、問題は露地野菜と果樹です。様々な要因から自動化や効率化が進みにくく、産学官あるいは各地の関係部門でこれまでもいろいろ取組まれていますが、課題も多く存在し現在の生産量を確保するための更なる打ち手が必要です。

――野菜や果樹は、どんどん作られなくなってしまう。

小林:だからといって、コスト競争力をつけるための施策だけを打てばいいかというと、これもちょっと違うところがありますね。お米であれば、自動化や農地集約でコスト競争力を追求するのは経済的に合理性があり、間違ってない。でも、中山間地の野菜や果樹には合致しないところがある。

なぜかというと、日本の場合、地域による野菜や果樹は多様性があって、一つ一つの規模が小さいんです。「規模が大きくできなければ高付加価値を付ければいい」と言うのは簡単ですが実際には難しい。さらに、農家の方の高齢化も進んでいる。しばらくは自動化で支えることができても、やがて廃業されてしまえばその先は続かない、という状態です。

ではどう対策するかといえば、例えば5Gを活用し、離れた都市部から農業に興味のある方達が遠隔操作の分身ロボットで中山間部の農家のお手伝いをし、不足する労働力をカバーする、あるいは一部行われているようですが副業として会社員が週末に農業を手伝えるような仕組みを整備していくようなことが考えられます。あるいは、海の上に野菜工場を作る、都心の虫食いに空いている土地を使って小型の植物工場を作り、地域の高齢者の方に世話をしていただくというのもあるかもしれません。

スマートフードチェーンで、最初は根菜、それから果樹の生産性向上に取り組みましたが、そこから透けて見える日本の「食の安全保障」というのはとても大きな問題です。SIP第2期の5年間が終わった後、課題として継続的に日本で取り組むとすれば、「スマートバイオ産業・農業基盤技術」がその先駆けとして問題提起すべきだと思っています。

5カ年計画が終わる時の姿が明らかになる年
小林 憲明 プログラムディレクター

――では、2020年度、「スマートバイオ産業・農業基盤」の活動についてお聞かせください。

小林:最初に申し上げた通り、2019年度に十分できなかったデータを中心とする協調領域の創造への取り組み、そして社会実装のイメージを描くということに取り組みます。

プログラム全体からすると3年目である2020年度は、とても重要な年になります。5年目に社会実装するためには、3年目にはイメージができていなくてはいけないからですが、すべてのコンソーシアムがそれを意識できているかというと残念ながらそうではない部分もあります。そこを明確にして、2020年度が終わった時点で、すべてのコンソーシアムでSIP第2期終了時点での社会実装のイメージができていることを理想とします。

一方で、それが難しいテーマについては、3年で終わりにしようということも一つの方針として持っています。なぜ3年かというと、企業のCTOをやってきた経験から、一つの研究開発テーマに取り組むための最低限のタームは3年だと考えているからです。

2018年度からずっと、コンソーシアムを精査して集中と選択を、ということは言われてきているのですが、研究内容をシャープにしていく、あるいは体制を見直すということはしても、もともとあるコンソーシアムの廃止はしませんでした。これはやはり、取り組みを始めたら3年間は続けることが必要と考えていたからです。なので、3年が経過した今年度の終わりには、しっかりとプログラムディレクターとして評価し、各コンソーシアムの存続を検討していきます。

――具体的にどのタイミングでどう評価をしていく予定ですか。

小林:3月末にコンソーシアムから提出いただく研究計画の中に、社会実装についての指標を記入いただく欄を設けています。まずは、そこにしっかりとコンソーシアムの考えを示していただき、研究計画を精査し、1年間モニタリングをします。

――2020年度にはさまざまな研究成果が出てくると思っているのですが、どんなものが出てきそうですか。

小林:資源循環のところで、生物を使ったものづくりについてはいくつか形が見えてきそうです。あと、スマートフードチェーンについては、もう仕組みそのものは動き始めていますので、先ほど申し上げたような「参入者を増やす仕組み」を示せると思っています。メディアの方からも、就農希望者が多いことは聞いていますし、実数として年間5~6万人の新規就農者もいらっしゃいます。その方々がもう少し農業を始めやすくなること、また実際に新規就農者のうち3割の方はやめてしまっていますので、その原因を少しでも減らす道筋を示したいと思います。

WAGRI-DEVについては、第1期の公的データに加えて、さらに民間のデータを横につないでいくことで、最終利用者である農家がより使いやすいものにしていくことが重要だと思っています。農家の方との対話を2019年度から少しずつ始めているのですが、2020年度はもっと増やしていきます。

――最後に、2020年度、「スマートバイオ産業・農業基盤構築」のここに注目して欲しい、というところを一言でお願いします。

小林:循環、サスティナビリティという概念に注目して、スマートフードシステムを多くの方に知っていただきたい。そのためにも、2020年度はより積極的にプログラムから情報発信していきたいと考えています。

小林 憲明(こばやし・のりあき)

キリンホールディングス(株)取締役常務執行役員

1983年三重大学工学部卒業。同年キリンビール(株)入社、1998年国際ビール事業部(中国・東南アジア担当)、2004年経営企画部部長代理、2010年キリンビバレッジ(株)ロジスティクス本部生産部長、2014年キリン(株)執行役員R&D本部技術統括部長、2017年キリン(株)取締役常務執行役員兼キリンホールディングス(株)常務執行役員。2018年SIPスマートバイオ産業・農業基盤技術プログラムディレクター就任、2019年キリンホールディングス(株)取締役常務執行役員、内閣官房 イノベーション政策強化推進のための有識者会議 バイオ戦略有識者