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マルチオミクス解析により農業生態系のデジタル化に成功 作物生産における土壌有機態窒素の重要性を解明

掲載日 : 2020年6月23日(火曜日)

理化学研究所(理研)バイオリソース研究センター植物-微生物共生研究開発チームの市橋泰範チームリーダーらの共同研究グループは、農業生態系における植物-微生物-土壌の複雑なネットワークのデジタル化に成功したことを発表しました。これにより、熟練農家の経験として伝承されてきた高度な作物生産技術を科学的に可視化できるようになり、複雑な農業環境を工業的手法で再現する「農業環境エンジニアリング」への道が拓けたことになります。本成果は、科学雑誌『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)』の掲載に先立ち、オンライン版(日本時間2020年6月9日)に掲載されました。
関連する研究テーマ:
  • 持続可能な循環型社会を実現する『農業環境エンジニアリングシステム』の開発

成果1:生産技術の科学的な可視化

手法には、複数のオミクス解析(解析対象を網羅的に検出・解析する手法)による得られるデータを統合した解析手法である「マルチオミクス解析」を用いました。具体的には、農業生態系を構成する作物、微生物、土壌の各階層それぞれを対象としたでオミクス解析で得られるデータを統合データ行列として扱い、相関ネットワーク解析などのバイオインフォマティクス解析を行うことで、各階層間のつながりや相関関係を可視化しました。

本研究では、有機農法で用いられる土壌の「太陽熱処理」による作物の成長促進効果に着目しました。同じ圃場内で堆肥もしくは化学肥料の施肥と太陽熱処理有無による試験区を設置し、作付前の土壌と収穫後の土壌について、核磁気共鳴(NMR)法による代謝物質のプロファイリングと次世代シーケンサーを用いた土壌および根圏における細菌叢の解析を行いました。これらの情報をすべて統合した相関ネットワーク解析により、農業生態系は作物が示す特定の形質(収量や品質など)と特定の微生物種や土壌成分で構成されたモジュール(相関の強い測定項目群)が複数組み合わさってネットワークを形成していることが明らかになりました。

成果2:太陽熱処理による収穫量増加効果の作用機序の解明

可視化したネットワークより、土壌中の有機態窒素が作物の収量に関わる多くの測定項目と相関があることが検出されたことで、有機態窒素が太陽熱処理によって誘導された有機物と根圏細菌叢の相互作用の最終産物として、植物の成長促進にかかわっていることが示唆されました。

この結果をもとにコマツナの無菌培養系により有機態窒素の添加実験を行い、アミノ酸のアラニンと栄養素のコリンが、生理活性物質として収量を増加させることが明らかになりました。また、同位体標識をしたアラニンの添加試験により、アラニンが栄養源として根から直接吸収され代謝されることがわかりました。

新たな農法技術の開発への期待

マルチオミクス解析による農業生態系のデジタル化は、これまで農家により伝承されてきた有用な作物生産技術などを科学的に可視化する新しい手法として有効であることが示されました。今後の農学分野における解析アプローチの主流になると期待されます。

また、本研究の手法により、有機物と根圏細菌叢の相互作用がもたらす農作物への効果が強く示唆されました。これにより、有機物から分解する有機態窒素や根圏細菌を利用した、新しい農法技術が開発されることが期待されます。

今回の成果により、農業環境エンジニアリングシステムのプロトタイプ開発に必要となる、作物・微生物・土壌に関する農業環境データの網羅的取得とバイオインフォマティクス解析技術およびビッグデータ解析手法が確立されました。また、本手法による農業生態系の理解に基づき、微生物を活用した新たな営農法開発の可能性があることが示されました。

本研究は、SIP「スマートバイオ産業・農業基盤技術:持続可能な循環型社会を実現する『農業環境エンジニアリングシステム』の開発」および科学技術振興機構(JST)PM育成事業「21世紀の緑の革命に向けた環境共存型栽培技術の形式知化」、同戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)「植物-マイクロバイオータ超個体の生命活動ネットワーク解明」の研究成果です。

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