動物衛生研究部門

豚流行性下痢

掲載日:2013年11月26日

はじめに

豚流行性下痢(Porcine Epidemic Diarrhea; 以下PED)は食欲不振と水様性下痢を主徴とする豚の急性伝染病で、家畜伝染病予防法により届出伝染病に指定されている。すべての日齢の豚が罹患するが、特に若齢豚で症状が重篤化しやすく、哺乳豚での死亡率は時に100%に達する。症状は同じく届出伝染病に指定されている伝染性胃腸炎(Transmissible gastroenteritis;以下TGE)と酷似しており、診断には病性鑑定が不可欠である。

近年のPED発生状況 (最新情報はこちら 外部リンク:農林水産省消費・安全局)

1)海外における発生状況

  • アジア:中国では1970年代、韓国では1980年代より発生が確認されている。両国でPEDは常在化し哺乳豚下痢の原因の一つとなっており、時として流行も報告されている。2005~2008年には中国、韓国、ベトナム、タイ、およびフィリピンでPEDの流行が確認されている。また、2010年以降、中国各地で7日齢以下の哺乳豚を中心とする発生が増加し、PEDによる被害が深刻化している。
  • 北米:米国では、2012年まで抗体陽性豚も発生も確認されていなかったものの、2013年4月にPEDを疑う下痢の発生が確認され、5月にPEDと診断された。発生は急速に拡大、4月には1州計2件であったが、6月には12州計218件、8月には17州計479件、11月には19州計1,373件(11月24日現在)の発生が報告され、現在も発生は継続中である(図1)。発生当初は肥育豚と種豚での発生であったが、現在では哺乳豚、離乳豚を含むすべての発育ステージの豚で発生が報告されている。カナダでは、1980年にPEDを疑う下痢の発生が確認されているが、その後のPEDの発生報告はない。
  • 欧州: PEDは主に離乳豚や肥育豚の下痢として散発的に発生するのみであり、低い割合で抗体陽性豚は確認されているものの、大きな流行には至っていない。

図1 米国におけるPED発生拡大の推移

2)国内における発生状況

国内では、1980年代前半より散発的に発生が確認されていたが、1990年代より大規模な発生が相次ぎ、特に1996年には約8万頭が発症、哺乳豚を中心に4万頭の死亡が報告されている。その後も散発的に発生が報告されたが、2006年の1件以降、7年間発生は確認されていなかった。

3)2013年沖縄県と茨城県における発生状況

  • 沖縄県における発生状況:母豚80頭規模の繁殖農場において、PEDの発生が確認された。2頭の母豚で嘔吐と下痢が確認され、その後、妊娠豚で食欲不振が広がり、種雄豚においても下痢と食欲不振が確認された。その後、分娩舎の哺乳豚のみで嘔吐と黄色水様性下痢が発生、4週間で約50%の哺乳豚が死亡した。離乳豚における下痢は通常の下痢発生状況と同程度であった。なお、周辺農場において下痢の増加などは確認されていない。
  • 茨城県における発生状況: 11月上旬には茨城県の母豚150頭規模の繁殖肥育一貫経営農場においてPEDが発生した。分娩舎の母豚の下痢と嘔吐が発生、その後症状を呈した母豚より生まれた哺乳豚が生後2日以降に下痢と嘔吐を呈した。発生後10日目までに分娩舎の母豚21頭、種雄豚2頭、哺乳豚165頭に下痢と嘔吐が確認され、哺乳豚の約80%が死亡している。

病原体

1)ウイルス

  • コロナウイルス科(Coronaviridae)、アルファコロナウイルス属(Alphacoronavirus)に属するPEDウイルス(図2)。ウイルス粒子は直径約95~190nmの球形または不定形で、エンベロープの表面に放射状に突き出たスパイクを持つ。ゲノムはプラス一本鎖RNAである。なお、PEDウイルス株間での抗原学的差異は報告されておらず、血清型は単一と考えられている。同じアルファコロナウイルス属のTGEウイルスとはウイルス中和法や蛍光抗体法による交差反応性はない。
    ウイルスは感染豚の腸上皮細胞で増殖し、糞便中に排泄される。感染実験例では、感染極期に解剖した豚の小腸乳剤を1億倍に希釈してもなお豚に感染できる量のウイルスが検出されている。ウイルスは環境中で比較的安定しており、糞便中では気温40°C湿度30%~70%では最低7日間ウイルス遺伝子が検出可能であり、飼料中では室温で少なくとも28日間、-20°Cのスラリー中でも少なくとも28日間、豚に感染性を持つことが明らかになっている。

図2 PEDウイルスの電子顕微鏡写真

2)遺伝学的分類

  • 遺伝学的解析により、本ウイルスは2つの遺伝学的グループ(Group IおよびGroup II)に分類される(図3)。
    Group Iは主に1970~1990年代の欧州、日本および韓国分離株、日本、韓国および中国のワクチン株、近年の中国および韓国野外株の一部で形成される。Group IIは主に2006年以降のアジア諸国での流行株、2010年以降の中国流行株、そして2013年米国流行株で形成される。
    今回の沖縄発生株および茨城発生株はGroup IIに分類され、2010年以降中国流行株および2013年米国流行株と遺伝学的に近縁であった。なお、沖縄発生株および茨城発生株の国内ワクチン2株に対する塩基配列一致率は3つの遺伝子領域(S遺伝子、M遺伝子、およびORF3遺伝子)において94.5%以上である。

図3 PEDウイルス スパイク(S)蛋白遺伝子部分的塩基配列に基づく分子系統樹

疫学

糞便中へ排泄されたウイルスは主に経口感染により伝播する。PEDの発生は豚の導入や出荷後4~5日で起こることが多いとされ、清浄農場への伝播は、ウイルス感染豚、ウイルスに汚染された輸送車両、衣類および履物などによって起こると考えられている。ウイルス伝播後、抗体陰性農場では爆発的に流行する(流行型)。頻繁な種豚導入を行う農場や大規模一貫経営農場などで感受性豚が連続的に供給されるためウイルスが農場に常在することがある(常在型)。

臨床症状

PEDの主徴は水様性下痢であり、その臨床症状はTGEと極めて類似する。下痢はすべての日齢の豚で起こるが、発症率と致死率は哺乳豚で高く、日齢が進むに従って低下する。発症豚の日齢や症状は農場毎、そして発生毎に異なり、哺乳豚が無症状の場合と下痢をする場合とが確認されている。常在型では、新たに離乳舎や育成舎へ移動した豚が移動後2~3週間で下痢を呈することが報告されている。

1)哺乳豚

  • 嘔吐と水様性下痢が認められる(図4)。特に10日齢以下の豚では黄色水様性下痢を呈し、急速に脱水状態となり削痩する(図5)。発病豚は3~4日の経過で死亡することが多く、致死率は50%前後、時に100%に達する。

図4 未消化固形物を含む黄色水様性下痢

図5 PED発病哺乳豚

2)繁殖母豚

  • 母豚では食欲減退や元気消失、下痢および嘔吐が認められる。また泌乳の低下や停止が認められることがあり、哺乳豚の病勢悪化の原因となる。

3)肥育豚、育成豚

  • 肥育豚や育成豚では食欲減退と元気消失、水様性下痢が認められるが、約1週間程度で回復し、死亡することはまれである。また、感染しても発症しない豚も多い。

診断

臨床症状はTGEや豚ロタウイルス病、大腸菌性下痢などと極めて類似することから、病性鑑定が不可欠である。正確な診断のため、発症して間もない豚複数頭を検査することが必要である。

1)臨床症状

  • 哺乳豚における水様性下痢、繁殖母豚における食欲減退や下痢が特徴的である。

2)疫学的観察

  • 発病豚の日齢、発病率、致死率、伝播力、導入との関連、過去の類似疾病の発生有無、TGEおよびPEDワクチンの使用状況などを確認する。

3)組織学的検査

  • 肉眼病変として、胃の未消化凝固乳の滞留と膨満、小腸における未消化凝固乳の貯留ならびに腸壁の菲薄化と弛緩が観察される(図6)。組織学的には小腸腸絨毛の萎縮と粘膜上皮細胞の空胞化、扁平化、壊死および脱落が観察される(図7)。

図6 PED発病哺乳豚の肉眼的所見。
胃の膨満、小腸の菲薄化と弛緩。

図7 PED発病哺乳豚空腸の組織所見(HE染色)
絨毛の萎縮が観察される

4)病原学的検査

  • RT-PCRによるウイルス遺伝子の検出:糞便または腸内容物中のウイルス遺伝子をRT-PCRにより検出する遺伝子検査は迅速であり、TGEとの鑑別に有効である。
  • 免疫組織化学染色によるウイルス抗原の検出:発症初期の小腸、特に空腸下部から回腸にかけてのホルマリン固定・パラフィン包埋切片を用い、免疫組織化学染色によるウイルス抗原の検出を行う(図8)。
  • ウイルス分離:Vero細胞に糞便または腸内容物を接種し、10μg/mlの濃度でトリプシンを添加した培養液で培養する。しかし、細胞変性効果(図9)が確認されるまで数代継代が必要であるばかりでなく、ウイルスが分離できないことも多い。

図8 PED発病哺乳豚空腸の免疫組織化学染色所見
粘膜上皮細胞にPEDウイルス抗原が観察される

図9 PEDウイルス分離株(NK94P6)感染Vero細胞、
正常細胞(左図)および分離株感染細胞に
おける細胞変性効果(CPE、右図)。

5)血清学的検査

発病期と回復期のペア血清で中和抗体価を測定し、回復期の抗体価の有意な上昇から感染の有無を判定する。

予防と対策

PEDの伝播は感染豚の糞便を介した直接的あるいは間接的な経口感染が主であり、ウイルスは豚の移動、ヒトの出入り、そして糞便に汚染された器具などによって伝播する。したがって、ウイルスの伝播を断ち切るような衛生管理を日頃から実施することが重要である。清浄農場では、ウイルスの農場への侵入防止、農場内の被害増大につながる分娩舎への侵入防止、そして農場内での蔓延防止を多重的に行う必要がある。また、日常的な健康状態の観察を行い、病気の早期発見にも努める。

1) 農場へウイルスを入れないために

  • 農場への車両、ヒト、豚の出入りを管理する。具体的には、車両は消毒槽の通過および噴霧消毒を実施する。特に豚の運搬車両は荷台の消毒を強化する。訪問者は農場専用の履物と衣類を着用する。導入豚は農場から離れた場所または農場内の隔離された検疫豚舎で2~4週間健康状態の観察を行う。

2) 繁殖分娩舎へウイルスを入れないために

  • PEDは哺乳豚に大きな被害をもたらすことから、農場内では繁殖分娩舎へのウイルス侵入防止を図ることが重要である。作業者は専従とするか、ワンウェイの作業を行う。繁殖分娩舎では専用の衣類と履物を着用する。また、定期的に豚舎を洗浄・消毒する。

3) 農場内にウイルスを蔓延させないために

  • 農場内でのウイルス蔓延防止のために、繁殖分娩豚舎と肥育豚舎で管理者と作業動線を完全に分ける。いったん発生した場合には、早期診断によってその拡大防止を図り、子豚の損失を食い止める。発病豚群を完全に隔離するか、可能であれば、発病豚はすべてオールアウトして徹底的な消毒を行い、2週間の空舎期間を設ける。発病豚は保温し、自由飲水させ必要であれば電解質の投与により脱水症状を緩和させる。また、分娩前1~2週の豚は別に確保した豚舎に移動させ、ウイルスが伝播しないよう、履物と衣類は専用とし、作業者は専従とするかワンウェイとして飼養管理を行う。
    発病豚の糞便や腸内容物を妊娠母豚に投与して乳汁免疫を刺激し、哺乳豚での発病を予防する方法が海外で紹介されている。しかし、この方法は、(1) 農場内のウイルス量が爆発的に増加するためにウイルスの蔓延と常在化をもたらす、(2) 材料によっては免疫が不十分となる、(3) 免疫が成立する前に分娩した豚では効果が期待できない、(4) 他の病原体による病気を誘発する、などの危険性が大きいことから、決して行うべきではない。

4) ワクチン接種

  • 国内では乳汁免疫の誘導を目的とした母豚接種用ワクチンが市販されている。具体的には分娩前の妊娠豚にワクチンを接種することにより、分娩後の乳汁中にPEDウイルス抗体の分泌を誘導する。哺乳豚は抗体を含んだ乳汁を不断に吸飲することにより腸管粘膜面を抗体で覆い、腸管へ侵入したウイルスを中和し感染量を低減させる。このように、ワクチン接種の効果は受動的であることから、ワクチンの使用に当たっては、母豚と哺乳豚の飼養管理に加え、ウイルス侵入防止対策を始めとする衛生管理対策を確実に行うことが不可欠である。

文責 : 宮崎 綾子 (ウイルス・疫学研究領域)

参考情報

家畜の監視伝染病 届出伝染病 豚流行性下痢
家畜疾病図鑑 豚流行性下痢 (PED)